第76話 真打ち!?
怪我人、病人の治療は三日間に渡って行われた。
旅宿での丁寧なもてなしと清潔な寝台、静かに眠れる夜・・。
そして、こんなにあるのかと驚くほど種類豊富なお茶の数々、夢に出そうなくらいに大量の焼き餅・・。
大満足の報酬を得て、4人の少女達は久しぶりに伸び伸びと明るい気分を味わえた。
サナエの聖光術による治療と、リコの水療による治療の合わせ技だ。小さな乳飲み子の発熱から、老人の腰痛まで綺麗さっぱりと根治である。
町中から歓待されたのは言うまでも無い。
だが、一番の功労者は、拗れそうだった最初の架け橋を取り持ったお茶屋の女主人だ。一歩間違えば、町が地上から消えていたかもしれなかったのだから・・。
「もう行っちまうのかい?」
その女主人が不満そうに訊ねる。
町を出る前に、挨拶に立ち寄った。
「世話になった。いろいろと助かったよ」
「何言ってんだい。迷惑かけたってのに、こっちが世話になりっぱなしだよ」
「俺は、シン。苗字無しの、ただのシンだ」
「ヨーコです」
「エリカです」
「サナエですぅ」
「リコです」
「あんた達、町の人の治療をしてくれて本当にありがとうね! そっちの物騒な色男が嫌になったら、いつでも戻っておいで。うちも部屋は余ってるからね、ちゃんと匿ってあげるよ」
笑いながら、女主人が一人一人の手を握っていく。
俺は軽く手を振って店を出ようとした。背中から、
「あんたも、佳い男なんだから気をつけな。妙な女なんかに引っかかるんじゃないよ! 佳い子見つけたら連れて来な! あたしが見てやるからっ!」
女主人が自慢の大きな声をかけて送り出す。
「はは・・俺なんか奴隷商だって狙わないよ」
俺は苦笑しつつ通りへ出た。
「ありゃあ、自分がどんだけ良い物件か、本気で分かって無いんだね。うちの娘達はみんな片づいちゃったし・・孫は男ばっかりだし・・」
女主人が太い腕を組んで唸った。
少女達がそっと顔を見合わせながら後を追って外へ出て行く。ぐずぐずしていると、今度は少女達に飛び火しそうである。
「あんた達も、安っぽいのに騙されるんじゃ無いよ! 口先だけの生っ白いのに捕まったら、苦労するばっかりだからねっ! ちゃんと甲斐性があって、性根の真っ直ぐな奴を捕まえるんだよ! 」
通り中に響き渡るような大声で送られて、少女達が真っ赤になりながら逃げるようにシンの背中を追いかけた。
そのシンが通りの行く手に向けて視線を据えていた。神眼を使っているらしいと気付いて、少女達も鑑定眼を起こして通りに眼を凝らした。
「あの子だ」
呟いたのは、ヨーコだった。
「・・前に尾行してきた子だね」
「サリーナさんと別れた後だったね?」
「ニールス・オーランス? 苗字持ちなんだ」
「先生、どうするんだろ?」
まさか、いきなりの撲殺だろうか。前回は、縛ってそのまま置いてきた。2度目の今回は、ちょっと駄目かもしれない。奇跡は何度も続かないのだ。
「エリカ」
「は、はいっ」
「あいつを連れて来てくれ。話を聞いてみよう」
「え・・・あ、ああ、はいっ、行ってきます!」
直後に、消えたエリカがニールスという少年の横に姿を現した。少年は軽く驚いた顔をしていたが小さく頷いて、抵抗する様子も無くエリカと共に歩いて来た。
「用件を言え」
「ロートレンの密偵だ」
少年が俺を睨み付けたまま言った。
「ロートレンは始末した」
「俺が残ってる」
「お前は、天空人だ。レジン・オーン」
俺の口から天空人という言葉が出た瞬間、少女達の雰囲気が変わった。
「・・・すべて見えるのか。化け物め・・」
少年が鋭く舌打ちをした。
「少し話をしようか」
俺が正面に立ち、周囲を少女達が囲む。
「もうさぁ、言っちゃった方が良いよぉ~? 隠したって仕方がないじゃん」
「うちらを殺しに来たの? なら戦おうよ。ね?」
「しつこく、ねちねち追いかけ回してくるとか気持ち悪いよ、天空人ってみんなキモい奴ばっかりなの?」
「不死の我々を殺せるつもりか? お前たちのような小娘がっ・・!?」
言いかけた瞬間、少年の胸元を引き裂いて鋭い鉤爪が生え伸びた。龍手に変えたサナエが背から貫き徹したのだ。それがただの人であれば、すでに即死しているだろう左胸を貫いている。
「いつでも、思い出せるよぉ? あの時の気持ち・・イサミ・・サキ・・マコちゃん・・タエちゃん・・・みんな、あの天空人に殺されたんだよぉ・・あたしがグズだったから・・上手くできなくて倒されちゃったから」
「ねぇ・・」
ヨーコが少年の頭に手を置いた。
「ぎぃっ・・」
少年が苦鳴を漏らす。その頭蓋をヨーコの指が鷲掴みにしていた。放っておけば、そのまま握り潰すだろう。それだけの握力がある。
「やるの? やらないの?」
「先生、街の外へ飛びましょうか?」
エリカが俺を見た。
「まあ待て」
「先生?」
不審そうに、リコが見つめている。それへ、ちらと笑みを向けて、とにかく待てと繰り返し伝えた。
「サリーナが持ち出した品に、天空人に関する文献や秘法具がいくつかあった」
それを奪うために追って来たのが、あの時の天空人だろうと考えていた。
「カレナド島に古くから棲み着いていた天空人・・・ザリアス・モーダル・オーン」
囁くように聴かせながら、俺はしゃがんで苦痛に顔を歪める少年の目を見据えた。
「あの天空人は罪人だった。天空人の社会で犯した罪によって、カレナド島を監獄として封じられていた」
百年、二百年・・と封獄されたまま、やがて天空人達の間でも記憶が風化し、カレナド島という監獄島の存在すら記録上から消えてしまった。守人として住まわされた人間達だけが子孫代々封印を守り続けてきたのだ。
その島で何かがあった。
そして、封じられていた罪人、ザリアス・モーダル・オーンが外に出た。
サリーナがとぼけて語っていない秘事がその辺にある。
あの天空人は、サリーナ達を追って来たのだ。それは間違い無い。
「レジン・オーン・・・お前が、あいつと同じオーンの名を持つのは偶然では無いだろう?」
俺の指が少年の喉を掴んだ。
「・・き、貴様は何だ?」
「訊いているのは俺だ。おまえは、ただ答えれば良い。レジン・オーン・・なんでも、天空人というのは、名前の数が位を表すらしいな?」
「貴様・・」
「ザリアスとか言う雑魚は、3つ名だったが・・レジン・オーン、おまえは少し少ないようだな?」
「う、うるさいっ!俺は・・俺こそが、オーン家の当主だっ!」
「家督を継げるのは、3つ名以上だと・・カレナド島の連中は記憶していたようだが?」
「黙れっ!」
「・・ここまで文献通りだと笑えてくるな」
レジン・オーンの眼を見据えたまま、俺は嘲るように笑みを浮かべた。
「サリーナに何を吹き込まれた?」
「・・カレナドの墓守が隠し持っていた我等が秘宝を・・き、貴様等が奪ったと」
答えるレジン・オーンの口から血が溢れていた。貫かれている胸の傷がいつまで経っても治らないのだ。
「秘宝?」
「魂移し・・の・・秘具・・祖先の・・血魂を宿す・・」
意思の消えた瞳を向けたまま、呟くようにして吐露していく。
皮肉にも、同じオーン家の天空人、ザリアス・モーダル・オーンが遺した"操辱・指"という魔技による尋問効果だった。
「おまえは、俺達を追って、ここへ来たんじゃない。この町が目的で訪れていた・・そうだな?」
「・・あの女に、この町で・・もう一つの秘具を渡す・・と・・」
「サリーナか? リーラか?」
「りーら・・」
「なるほど・・」
俺の神眼・双が土塀へ向けられた。誰も居ない、ただの土塀だ。
しかし・・。
「グインダースの神具・・これを見破る眼がこの世にあるのですか」
低い女の呟きが聞こえて、何も無かったはずの場所からサリーナの護衛役だったリーラが姿を現した。
「リーラ・ターエル・・いや、アインジ・ラウと呼んだ方が良いのか?」
俺は、掴んでいたレジン・オーンの首を握り潰した。灰となった体から転がり出た白い血魂石を手刀の一閃で両断する。
イギィァァァァァァーーーー
「雑魚は死んでも雑魚だな」
薄らと嗤う俺を前に、リーラを名乗っていた天空人の女が怒りに眉間を白くした。
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加除修正:4/8
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