第77話 アインジ・ラウ
「カレナド島に封じられていたのは・・あの赤ん坊だな」
正確には血魂石にされた天空人だ。魔人のものとは違い、天空人のそれは虚命晶と呼ばれるらしい。
サリーナ自身は人間だった。リーラも人間だった。
少なくとも、漂流先の島で生活をしていた時までは・・。
今は、天空人であることを隠そうともしていない。
「俺の失態だ・・サリーナとリーラに気を取られ、赤子に注意を向けていなかった」
「仮に鑑定眼を使っていたとしても、あの方の因子は見えやしないわ。複数の神具による封印をされていたのだから」
別人のように厳しい目付きをしたリーラが手に持っていた外套ふうの布地を手元から消し去った。この女も収納魔法を使うらしい。
「もしかして・・・私の名前が見えているのかしら?」
滲み出る殺意を隠そうともせず、リーラが虚空から剣と盾を取り出した。
「アインジ・ラウ・リューダス・リーラ・ターエル・・と見えるな」
「・・呆れた。神眼使い・・それも、単眼じゃないわね。偽装の神具が台無しだわ」
「五つの名持ち・・天空人では最高位だと、カレナド島の文献には書いてあったが?」
「高位ではあるけれど・・最上位は九つよ」
「そうか・・」
俺は、ようやくざわつき始めた町の人達を一瞥した。
「おまえが天空人だとは見抜けなかった。あの時は・・」
「神薬で完全な人の身と化していました。神眼を防ごうとすれば気取らますから・・上手くいったようですね。ただ、貴方は一瞬たりと我々に気を許さなかったわ。サリーナの蠱惑も効かず・・自由に動けるザリアスは討たれ、こちらは動きを封じられてしまった。人に聴かせる話では無いわ・・場所を変えましょう」
そう言って、リーラが地を蹴った。高々と宙へ跳びあがり、町を囲んでいた石壁を越えて外へと降り立つ。
当然のように、俺達もすぐ近くに着地していた。俺はもちろん、少女達全員が不意の動きに余裕で追随できている。
リーラが、ロートラン傭兵団が殲滅された丘を指さして歩き出した。
「その子達をどうする気なの?」
「どうとは?」
「召喚国から追っ手がかかるわ。召喚国以外の国は、引き込むために手を回してくるでしょう」
「そうかもな」
「今は良いでしょう。しかし、いずれ精神的に参ってくるはずよ。保護者面している貴方だって、いずれ重荷に感じるようになる」
「そうか?」
「何かの奇跡にでも期待しているのかしら?・・・この世界には送還の魔法など無いのよ? 神世の道具、遺跡・・いかなる手法をもってしても元の世界には戻れないわ。永遠にこの世界で生きなければならないの。そして・・生きている限り、世界中から追い回されるのよ」
「ふうん?」
「まったく・・愛想が無いわね。少しは興味を持ちなさい」
「敵の話に興味を持ってどうする?」
「ったく、貴方という存在がどこまでも私達の計画を狂わせる。後ろの女の子達は興味津々耳を貸してくれてるけど?」
「まだ、こうした戦いに不慣れなんだ。良い訓練になるだろう。礼を言う」
「・・やれやれだわ。五つ名を前に、ここまで余裕を持たれちゃ立つ瀬無しね」
「お前が手強いのは分かっている。ただ、どうであれ、やることは変わらない。お前達の事情で、こいつらは仲間を殺された。遊ぶようにして殺された。おまえの言葉に惑わされる事はあっても仲間を殺された事を忘れるほど、こいつらは腑抜けじゃ無い」
「天空人そのものを憎むとでも?」
「討つべき対象は天空人じゃない。サリーナとリーラ、あの赤子の3人だ」
「・・そんなことまで、貴方が決めてるの? まるっきり奴隷扱いね」
「あくまでも俺が討つべき対象者だ。こいつらがやるかやらないかは問題じゃない」
俺は鬼面を閉じた。細剣の鞘を払い、鞘を収納へ入れる。
「貴方に恨まれるような事でもしたかしら?」
リーラが髪留めを解くようにして頭を振った。黄金色の髪が溢れるように背へ広がり落ち、同時に純白の羽根で覆われた翼が背から生え伸びる。
「あの時、俺はこいつらを助けると決めていた。その直後だ。半数を死なせてしまったのは・・間抜けな俺が貴様等を拾い上げに行っている隙に・・・俺はまんまと釣られたわけだ」
「・・砂浜での半魚人共との戦いを見せつけられたからね。まともにやり合う愚は避けるわよ」
俺を正面に見据えながら、リーラが白銀色の額当てを取り出して頭に被った。
「サリーナに・・新顔も居るか」
翼を生やした天空人達が、上空から弧を描きながら舞い降りて来ていた。
「多対一で貴方達とやり合うほど馬鹿じゃないわ」
「三つ名が2人・・サリーナは四つ名か。数が合わないな?」
俺達は5人。天空人は4人・・。
「そのためにロートレンの魔人と二つ名のお子様を呼んでおいたのだけど・・」
「ああ・・そういう事か」
俺は左右に展開する少女達に向かって声を放った。
「エリカ・・サナエと一緒にサリーナを抑えろ。ヨーコ、リコで新顔を一匹ずつだ。どちらも三つ名持ち、島に来た奴と同程度だと思え」
「はいっ!」
「そして、貴方が私の相手をして下さるわけね? 光栄だこと」
長剣を右手に斜め下へ切っ先を向け、大ぶりな円楯を左手に半身を隠すように構える。
「シン・・苗字無しの、ただのシンだ」
俺は、細剣を眼前に立てた。楯を腰元へ引きつけて背筋を真っ直ぐに正し、正面にリーラの双眸を見据える。
「アインジ・ラウ・リューダス・リーラ・ターエル・・元近衛騎士、剣のターエルの意地を見せましょう」
正対して名乗り合った直後、吸い寄せられるようにどちらとも無く地を蹴って間合いを詰めた。
喉元を突いて出た俺の細剣をリーラの円楯が受け流して斜め上へ逸らす。同時に斜め下へ太股とを突いてきた長剣を方形楯で打ち払い、さらに間合いを詰める。
互いに腰を落として楯を前にぶつけ合う。
直後に一閃されたリーラの長剣を、俺の細剣が柔らかく巻くようにして跳ね上げ、方形楯の鋭角な先端を振って膝頭を狙う。互い違いに足を踏みかえ、横殴りに円楯を振ると見せかけて、円楯の影からリーラの長剣が鋭く突き出された。
同時に、踏み込んで俺も細剣の刺突を繰り出す。
チッ・・ヂィッ・・
互いの切っ先が兜の側頭部を削って火花を散らせた。
リーラが横殴りの斬撃へ繋ぎ、俺は楯で受けながら距離を詰めて刺突を繰り出す。
一転、リーラが姿勢を低く屈むように沈めてから、長剣の突きを連続して繰り出してきた。
俺も楯の表面に受けつつ、右へ回り込みながら細剣で突いて出たが、円楯で完璧に防ぎ止められていた。
「飛べるのでしょう?」
不意にリーラが声を掛けてきた。
「ああ・・」
「なら、続きは空でやりましょう」
「・・いいだろう」
浮かび上がったリーラを追って空へと跳んだ直後、ヨーコが対している天空人が火炎の魔法を使ったらしく、地平を火炎の奔流が埋め尽くして拡がっていった。
少女達の戦いぶりを見られるほどの余裕が無い。
まだ、互いに何の武技を使っていない。それでも、油断ならない凄みを感じる剣捌きだった。
「今ひとつ測れませんね」
「技は稚拙、動きは単調、猪突猛進で先が読みやすい・・・よく言われたが?」
「・・技が稚拙というのはそうでしょう。剣技としての修練を経ていませんね。動きが単調に見えるのは、読みにくくするという過程を捨て去っているからでしょう。細剣という武器を持つ者は虚実の駆け引きを得意とするものですが・・」
呟くように語りながら、リーラが円楯をやや前に突き出し、長剣を楯の後ろへと隠すように構えた。
防ぐための楯、殴るための楯、視界を遮るための楯・・楯の扱い一つで剣が生きる。
「剣の華を咲かせてご覧に入れましょう」
そう呟いた直後、リーラの総身を青白い光が包み込んだ。
(暗示・・自己暗示か?)
こちらに聴かせるというより、自身に対して呟いたような声音だった。
あの筋肉ダルマがよくやる手だ。自分は不死だと言い聞かせて自分自身に信じ込ませることで、その通りの不死の肉体と化すのだ。あれは、笑えない技だった。
(間に合わない・・か)
前に出るにも、後ろに下がるにも半瞬判断が遅れてしまった。
(なら・・)
前に出るだけだ。
楯を前に、強引に圧して出る。
まだ手元に細剣を引きつけたまま、細剣技:5.56*45mm を発動しつつ、そのまま細剣を繰り出す。
リーラもまた、円楯に身を入れるように半身になりながら、長剣を振り下ろしてきた。
俺の細剣技が円楯の表面に弾けて火花を散らし、細剣の切っ先が初めてまともにリーラを捉え白銀の額当てを削った。
直後に、
(ぅ・・・あ!?)
上下左右から、長剣を構えたリーラが斬りつけてきた。
右手の二の腕、左膝の側面、後ろ腰にも激しい衝撃が走った。咄嗟に身を捻った分、深刻な傷にはならなかったが・・。
「やはり・・再生持ちですか」
冷ややかな声音で呟いて、リーラが円楯を前に大きく接近してきた。
(俺の再生度合いを測ったのか・・)
手強い相手だった。
(・・俺の細剣技:5.56*45mm なんか歯牙にも掛けてない様子だな)
手持ちの付与を全て載せてあるのだが・・。あの連撃が見えているようだった。
(勢いだけじゃ勝てないか)
俺は、軽く細剣を振ってから、再び眼前に立てて構え直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます