召喚された少女達にしか救えない世界 ～先生っ、もう止めてぇ～！

第78話 熱戦

「せいっ！」

　踏み込みざまに斬り下ろした薙刀が、曲刀で絡めるように脇に逸らされ、姿勢を立て直す前に炎槍の連撃が降り注ぐ。

　ぎりぎりで直撃を避けてはいるものの、徐々に身体の方々が痛みで引き攣れて動きを鈍らせていた。大きく技をためる間など無い。ぐいぐいと踏み込んで曲刀で斬りつけられ、受け流して隙を誘おうにも、まったく姿勢を乱さずに、どんな距離からでも炎槍を撃ち放ってくる。

（どうする・・どうしたら良い？）

　必死に考えながら、ぎりぎりで曲刀を弾き、できるだけ大ぶりにならないよう薙刀を槍のように使って距離を保とうと退く。

　その時、重々しい金属音が背後で鳴った。

　慌てて振り返ったそこで、リコが円楯ごと殴り潰されるようにして地面に片膝をついていた。巨大な戦斧を手にした天空人の大男が愉悦の表情で再び戦斧を振りかぶる。

「どこを見ている？」

　低い呟きは、ヨーコの耳元で聞こえた。

（し・・しまった！）

　戦いの最中に、敵対する相手から注意を逸らしてしまった。

　絶対にしてはいけないことを・・。

（くそぉっ！）

　曲刀の一撃を浴びる覚悟で、ヨーコは間近に迫った天空人めがけて体当たりにぶつかっていった。

　熱い痛みが脇腹を抉った。

　だが衝突で曲刀の根元付近に当たったらしく、深手にはならなかった。なにより、ヨーコの薙刀の柄に相手が触れていた。

　直後の動きは夢中のものだ。

　何も考えずに身体が勝手に動いていた。

　力任せにぶつけた薙刀の柄が真白く発光し、激しい高熱を噴き上げていた。柄を握る自分の手も灼けている。だが、至近に迫ってとどめを刺そうとしていた天空人は何も分からぬままに高熱を全身に浴びて炎に包まれていた。

「せやあぁぁっ！」

　腹の底から声を振り絞った気合いを薙刀にのせて、灼かれて動きを止めた天空人を、唐竹割りに頭から股間まで真っ白に白熱した刃が断ち斬っていた。

　直後には、天空人が高熱に灼き尽くされて灰となっていた。

（あ・・私・・）

　ヨーコが呆然と見つめる先で、灰色の石がぽつんと転がっていた。

「やった？・・やったよっ！　私、やったよぉ！」

　ヨーコは薙刀を振りかざして声をあげていた。歓喜が爆発し、抑えきれない思いが涙となって顔を濡らしていた。

　その時、

　バギィ・・ン・・

　異様な音が鳴って慌てて振り返った。

　リコが危なかったのを思い出し、助けに行こうと思ったのだが・・。

（ぇ・・？）

　リコが頭を龍に変えた異様な姿で立ち上がっていた。

　その牙の並んだ口がボリボリと咀嚼しているのは、天空人が持っていた戦斧だった。

「ば・・馬鹿な・・貴様」

　ヨーコを代弁して、天空人の大男が呻いていた。

「飛んでれば良いのに、のこのこ地面なんか歩いてさ・・・なめてんの？」

　ペッ・・と口中の金属片を吐き捨て、リコが元の少女の顔に戻った。

「おのれぇ、小娘がぁ・・」

　天空人が両手の拳を握って、青白い光の塊を作り始めた。動きをとめて両脚を踏ん張ったままである。

（馬鹿ね・・）

　リコの魔技の大半は、自身の"眼"を利用して指定する座標を狙い撃つものだ。動き回っていれば当て難いのだが・・。

「雷蛇昇天」

　リコの指が天空人の足元からなで上げるように上へと跳ねあがった。

　直後、天空人の踏みしめている大地から、無数の雷撃が噴き上がって巨躯を貫き徹していった。

「ぁ・・が・・」

　全身から白煙をあげ痙攣しながら身を傾ける。その足めがけて、リコが無表情に長剣を振り下ろした。乾いた枯れ木のような音を鳴らして足が折れ飛び、横倒しに倒れ込んだ天空人が恐怖に眼を見開く。その顔をリコの長剣が深々と貫き、地面に切っ先を埋め込んでいた。

「友達のっ・・みんなの分だっ！」

　リコが叫ぶようにして両手を振り上げて天空人めがけて振り下ろした。

　地面に黒々とした魔法陣が生み出されて天空人を囲むなり、赤黒い火炎が円柱状に噴き上がって空を焦がさんばかりに猛り狂ってから鎮まっていった。

「・・ヨーコ、待たせた。ごめん！」

　眼鏡を掛けながらリコが振り返った。

「行こう」

　ヨーコも頷いて、サナエ達が戦っている丘の向こうへと走り始めた。

　そちらから、先ほどから激しい戦闘音が続いている。

　サナエの魔法はどうしても時間がかかる。それをエリカが埋める動きをしているはずだった。

　丘を駆け上がって戦況を一瞥するなり、

「ヨーコは前で抑えて、サナエのガードは私が」

　リコが指示を出した。

「分かった！」

　即座に頷いて、ヨーコが全力で疾走する。

　リコはサナエの方へと向かう。

　この辺りは、互いの信頼関係だ。それが生まれるくらいに、一緒に鍛錬をし、戦闘を繰り返してきた。

「ぎゃあぁぁぁぁーーー」

　大袈裟な悲鳴をあげて、サナエが吹き飛ばされて地面をごろごろと転がる。

　蛾を思わせる翼と羽毛の生えた身体をした妖女が空をふわりふわりと飛びながら、空から赤光を放っていた。その一つがサナエに命中したのだ。

　周囲の地面が陥没しているのを見れば、それが大袈裟とは言い難いが・・。

「痛っいなもぉ・・」

　頭を擦りながら起き上がったサナエは、ほぼ無傷だった。

　攻撃用の魔法や魔技は発動が遅いのだが、治癒は瞬間発動できるのだ。しかも、固有の特性で常時魔法防御が発動している。魔力を使った攻撃は、サナエの身体に届くまでに、かなり威力を減衰されてしまう。

　・・ビシュゥゥゥーーー

　いきなりの貫通音が鳴って、蛾の妖女を脇腹から肩口にかけて黒矢が貫通して抜けて行った。

　妖女がそちらへ視線を向けた時には射手は消えている。

　さらに、今度は真上から黒矢が放たれて、妖女の頭を射抜いて顎下へ鏃を覗かせて止まった。

　妖女が、その矢を掴んで乱暴に引き抜いて捨てる。

「効いてない・・再生阻害が無効なの？」

　呟いたリコの真横に、エリカが姿を現した。

「聖・光・毒を付与してある。でも駄目なんだ。なんか、おかしい」

　囁くように言って再び姿を消したエリカだったが、その横顔が酷く憔悴していた。

（エリが・・こんな短時間で疲労？）

　有り得ないことだった。一歩間違えば即死しかねない瞬間移動の技を鍛えるために、気が遠くなるような時間を費やしている。その努力を目の当たりに見てきた。失敗をして半身を失いかけ、歯の根が合わないほどの恐怖で震えながら、それでも泣き言を言わずに繰り返し跳んでいた。その優しげな容貌からは想像がつかないくらいに負けん気が強く、弱ったところを他人に見せたがらない。そんな彼女が疲れた顔を見せていた。

（おかしい・・？　そう言ってた）

　リコは魔法防御を張り巡らせつつ、周囲の分析を始めた。

（毒・・じゃない。なんだろう・・なにかある？）

　"眼"に映ったものに意識を向けようとした時、赤光がリコを襲って激しい衝撃と共に噴き飛ばされていた。

（・・なるほど）

　歪んだ眼鏡を捨て、新しいものを収納から取り出しながら、リコは駆け寄ろうとするヨーコを制した。

「あの赤い光は当たった相手の命力を吸うよ！　それから、ここら一帯に埃みたいなものが舞ってる。これが私達の体力を吸ってるんだ」

「えぇぇ・・そんなの、どうするのぉ～？」

　サナエが大慌てで赤光を避けながら泣き声をあげる。まあ、あれは９割方が嘘泣きだが・・。一番神経が図太いのが彼女だ。学校は違ったが幼なじみだ。あの性格は、嫌と言うほど見知っている。

「決まってるでしょ！　吸われた以上に削るのよ！　さっさと回復撒いて！　疲労抜きもよろしくっ！」

　指示しながら割れた円楯を掲げて赤光を受け、リコはヨーコとエリカに頷いて見せた。

「回復をサナエに任せて削るよっ！」

「分かった！」

　ヨーコが薙刀を白く輝かせながら斬撃を飛ばした。嫌がった妖女が舞い上がって避けようとする、そこを黒矢が狙い撃った。

「エリ・・あいつ止める！」

　リコは蛾の妖女を睨みながら短く呪を唱えて両手を胸の前で交差させた。四つの魔法を同時に操って妖女の直上で発動させるのだ。

「うん！」

　エリカが大きく息を吸いながら、長弓を構えて地面に片膝を着いた。

　さんざん黒矢で射られて苛々していたのだろう、妖女がようやく姿を晒したエリカに向かって特大の赤光を手に宿らせて振り上げた。

　それを狙い澄まし、

「四方結界壁」

　リコが魔法を発動させた。

　分厚い魔法の結界を四方に張り巡らせる・・用は結界の板で箱を創って閉じ込めただけだが、抜群の足留めになる。

　エリカの長弓による"螺旋渦"に、ヨーコの薙刀による"十字衝"が連続して放たれた。

　胴の中央を抉り貫かれた妖女を、防御力を無視した打撃が襲う。どちらも溜めが必要な技で、動きながら発動するのは難しいのだが、リコの結界が必要な時間を生み出してくれる。

　そこへ、

「ホォォォオーーリィィィィーーー」

　妙な気合い声と共に、サナエがその場で思いっきり跳び上がった。

「スタァァァァーーーンプッ！」

　勢いよく両脚で着地する。

　四方結界壁の内側で苦悶しながらも再生をしつつあった妖女が、光を感じて黒い複眼で上方を振り仰いだ。

　直後に、頭上から純白に輝く巨大な足の裏が降ってきて、妖女を踏みつぶしていた。