第79話 決着

「サリーナはあそこからよ?」


 巨大な光る足で踏みつけにされる様子を横目に、リーラが呟いた。


「貴方の方も・・まだ手の内を伏せているのでしょう?」


 額当ての庇の下で、リーラの双眸が鋭く尖る。

 

(馬鹿を言え・・いっぱいいっぱいだ)


 俺は切り傷、刺し傷で全身を血に染めた姿で細剣を構えていた。


 呼吸は乱していない。身体の動きは落ちていない。まだまだ戦える状態である。


(だが・・どうやる?)


 これまでに培ってきた様々な戦法を試した。武技を織り交ぜた攻撃も再三に渡って繰り出していた。しかし、ほぼ完璧に受けられ、回避されてしまっている。

 

 収穫と言えば、細剣技:12.7*99mm が6発ほど甲冑ごとリーラの身体を貫通したのを確認したくらいだ。


(だが、楯には弾かれた。あの円楯・・相当な代物だな)


 手持ちの武技は、細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 しか残っていない。だが、この技は足を止める時間が長すぎる。剣技で押し込まれ、優位に動かれている現状では使い所が難しい。


(ゾエ・・まだいけるか?)


『問題御座いません。御館様』


(よし・・しばらく、修復せずにいてくれ)


『心得ました』


「俺の我流とはものが違う・・か」


 嘆息するように声を漏らして、俺は細剣を左右へ鋭く振って風鳴りさせた。


「我流と片付けるには、些か危険な剣筋ですが・・・」


 リーラが円楯を前に、右手の剣を後ろへ引いて手元を隠す。

 この戦いでお馴染みになった構えだ。


 俺は自分の楯を収納した。


「細剣1本・・・潔いと褒めるべきでしょうね?」


 リーラの双眸が細められる。

 その眼前で、俺は細剣を直立させたまま僅かに顔を俯けた。


「我、鬼ノ化身ナリ・・・血ヲ啜ル鬼ナリ・・肉ヲ喰ラウ鬼ナリ・・」


 俺の呟きを耳にして、リーラが顔色を改めた。


「させるかっ!」


 それまでにない、焦った様子で長剣を構えて肉迫してくる。


 ほんの僅かな差違でしか無い。しかし、長剣を握る手に無駄な力を入れたために大ぶりになった。その手首を内から細剣で刺し貫いていた。最短距離を、真っ直ぐに・・。

 狙って心構えていた俺と、咄嗟に動いたリーラの動きの質が、一瞬だったが2人の力量差を埋めた。俺の細剣が初めて、まともに手傷を与えていた。

 

 眼を怒らせ、殴りつけてくる円楯を腕を貫いたままの細剣の柄頭で受け、強引に身を捻りながら空けていた左手をリーラの喉元めがけて突き出した。


 魔技:吸命・爪・・・


 鬼鎧の籠手から真っ赤な爪が短刀のように生え伸びてリーラの喉を襲う。


 右手を細剣で貫かれ、左の楯を柄頭で弾かれ、無防備な姿勢となったリーラには身をよじるしか逃れる術は無い。


 そう思えたが・・・。


「ハァァァァッ!」


 鋭い掛け声と共に、唐突にリーラの全身から爆風が巻き起こって、俺は遙かな後方へと噴き飛ばされてしまった。


(魔技か・・)


 せっかくの好機を潰されてしまったが、ようやく一矢報いることができた。


「呪言闘身を囮に・・釣られましたか」


(呪言・・そういう名の技か)


 自己暗示による自身の強化、変貌を操る技だ。

 まあ、先ほどのはただの見せかけの呟きだったが・・。


 あれほど焦った様子を見せるということは、リーラの方にも余裕が残っていないという事だろう。今以上に俺が力を増すことを怖れている証だ。


 長剣を握るリーラの右腕は傷こそ塞がっているように見えたが・・。


 俺は細剣を構えて突いて出た。

 リーラが円楯で受け流し、逸らしながら長剣で牽制するように突き出して来る。


(・・よし!)


 欺し手による一刺しで、剣技の技量差を埋めて攻防の釣り合いを拮抗させた。

 明らかに長剣の圧が落ちている。今なら互角の勝負ができる。

 だが、間を置けば右手を回復されるだろう。

 天空人の能力は分からないが、俺の方は魔力を消費しながら天狼の魔技で跳び続けているのだ。いつまでも空に居るわけにはいかない。


 角度を変えての三連突き、さらに身を沈めて下から上への三連突き・・。


 リーラが巧みに円楯を使って防ぎ止め、右へ左へ飛翔しながら刺突の打撃を流す。

 見た目ほど軽い一撃ではない。30㍉の鋼板くらいなら軽々と貫通できる威力を込めた刺突なのだ。


(くそ・・ここまでやられると)


 もう感心するしかない。冷静に俺の攻撃を見極めて、舞うようにして円楯で受け流している。先ほどの乱れはもう期待できない。


(ゾエ・・回復だ)


『畏まりました』


 返事と共に損壊していた鬼鎧がみるみる修復されて元通りになっていった。

 俺は無限収納から楯を取り出して左手に握った。


 その間に、リーラが大きく距離を取って翼を拡げて上空へと舞い上がった。


(む・・?)


 楯を構えて攻撃に備えたが、すぐにリーラの狙いに気が付いて俺は眼下で戦闘を続けている少女達を見た。巨大な蛾人間となった妖女を相手に、文字通りの死闘を繰り広げていた。満身創痍とはこの事だろう。かなりの出血で、サナエやリコの治癒も追いついていない。それでも、龍鱗で身を包んだヨーコが仁王立ちになって身体を楯に、薙刀の武技で食い止めていた。やや離れた位置に、胸元から血を流したエリカが仰向けに倒れていた。その手には2本の短刀を握られている。


 蛾の化け物となったサリーナも、触覚を失った頭部から青緑色をした体液を滴らせ、襟巻きのように膨らませた首回りの繊毛には幾つもの黒矢が突き立っていた。剥き出しの腹部には、無数の切り傷が刻まれて臓腑がこぼれかけている。


 リーラの翼が黄金色に輝いた。

 陽の光のように降り注ぎ、サリーナの巨体を包み込むようにして身体の中へと染みいっていく。その直後から傷が徐々に塞がり始めた。


「ちっ・・」


 俺は舌打ちをして、リーラめがけて跳んだ。

 治癒魔法というより、光を浴びせた相手を徐々に回復させる類いの魔技らしく、一瞬の照射を終えれば、後は自在に動けるらしい。

 厄介な技だ。


 長剣を手に、リーラが切りつけてくる。

 真っ向から斬り結びながら、俺は滾る憤懣のままに、


「立てぇぇーーーっ!」


 死闘する少女達めがけて怒鳴っていた。


「立ち上がって戦えっ!」


 鞭打つような怒鳴り声が、地上の少女達に降り注ぐ。


「エリカぁっ! ヨーコぉっ! リコぉっ! サナエぇっ! 諦めるなっ! 立って戦えぇーーーーーっ! 命ある限り立って戦えーーーーっ!」


 龍の咆哮のように天空を震わせるような大音声が大気をビリビリと鳴動させて荒野と化した山地を噴き荒れる。

 その時、俺の身体から真紅の光が放たれて辺り一面を染め上げていった。

 真紅の大光が陽光のように空を染め、雲を染め、風を染め、大地を染め・・そして、奮闘する4人の少女達の全身を紅色に染め上げる。


「こ、これは・・そんな・・」


 うめき声をあげて、リーラが上空を振り仰いだ。


 真紅に染まった中天に満月が浮かぶようにして、鬼面の紋章が浮かび上がっていた。


 

 紅蓮に染め上げた天空を背景に、黒々とした双角の鬼面が牙を剥いて嗤っている。

 地上全てを睥睨するように・・。

 


 鬼鎧ゾエを身に纏うことで得た固有特性"血河征旗"・・・敵対者には絶望を、旗に集う者達には奮い立つ勇気と漲る生気が与えられる。


 俺の肉体に充ち満ちた命の力を傷つき倒れた仲間達へ注ぎ込んで強制的に立ち上がらせる鬼王の特性を体現した荒魂の技だった。


 蹲っていたリコが、サナエが双眸に真紅の輝きを宿して立ち上がり、ヨーコが噴き上がる命力のままに勇声を上げて薙刀を振りかぶった。そして、倒れていたエリカが立ち上がった。双の短刀を手に地を蹴って舞い上がった。


 直後に、数十というエリカの分身が蛾の妖女を押し包むように出現して、短刀を手に乱れ飛んだ。数百数千という斬撃が蛾女の巨体を斬り裂き、抉っていく。


「行くよぉっ!」


 ヨーコが一声かけて、巨大な光る刃を宿した薙刀を振り下ろした。


「天地を喰らえっ! 龍牙縛っ!」


 リコの渾身の魔法が放たれ、地面から持ち上がった巨大な龍頭が蛾女の下半身を牙に捉えて噛み砕いていた。


 ギャァァァァァァーーーー


 妖女の絶叫が放たれる。


 そこへ、


「ホォォォォォ~~リィィィィ~~ キィィィッ~スゥゥゥゥゥ~~」


 サナエの声が響き渡った。軽く尖らせた唇で小さくキスをする光るサナエの姿がそこら中に出現して、傷ついたエリカの頬に、ヨーコに、リコに・・そして、上空でリーラを抑えている俺の鬼面に、チュッ・・・と柔らかい音を残して消えていった。


 その効果は劇的だ。

 柔らかに包み込むような聖光と共に疲労が消え去り、体力と気力が湧き上がるようにして回復していく。

 

「漲ってきたぁぁぁぁーーー」


 ヨーコが咆哮をあげた。


「サリーナ!」


 悲痛な声をあげたリーラに隙ができた。すかさず空を蹴って突進するなり、俺は楯を手に渾身の力で殴りつけた。

 リーラも気配を感じて慌てて防ごうとしたようだったが遅すぎた。


 鈍い破砕音を残して、上空から地上へ、白い羽を散らせながらリーラの身体が凄まじい勢いで落下し、地面に地響きを立てて激突した。


(ここで決める)


 細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 を脳裏に思い浮かべる。


 *** M830HEAT-MP-T ***


 紐付くようにして現れるイメージをそのまま受諾し、細剣を構えたまま上空からまっしぐらに降下した。


 ガチンッ・・


 重たい金属音が脳裏に響いた。


 躊躇無く打ち放った。

 轟音が轟き渡り、細剣から炎煙が噴出して視界を埋め尽くす。

 腹腔を抉るような重爆音を感じながら、次を準備する。


 ガチンッ・・


 金属音を聴くと同時に、再び打ち放つ。


(次だっ!)


 さらに、1発、2発・・。


 打てる全てを打ち込んで、俺は爆炎を引き裂くようにして地上に横たわるリーラめがけて細剣を構えて突っ込んだ。

 無惨なまでに肉体が損壊し、下半身は千切れて転がっている。

 しかし、



 オォォォォォォーーーー



 絶叫と共に半身を起こしたリーラが上体だけで長剣を突き上げてきた。

 ここが勝負と突っ込んだ俺の細剣が、下から突き伸ばされた長剣を弾きながらリーラの眉間を貫き徹して後頭部へ抜けた。リーラの長剣が鬼鎧の脇を削って背へと抜けている。


「・・良い・・勝負で・・した」


 虚ろに言って、リーラが双眸を和らげるように閉ざして事切れた。直後に、膨大な力の奔流が俺の身体に流れ込んできた。

 灰となって崩れ去る女騎士の傍らで、俺は力なく膝を着いてしまった。

 本当に、死力を尽くした末の勝利だった。


「でぃ・・でぃーーーらぁぁぁ」

 

 異様な声が聞こえて顔を向けると、巨大な蛾となった妖女が這いずるようにして虫腕を伸ばそうと地面の上で藻掻いていた。その複眼に何を映していたのか・・。


 上空から放たれたエリカの長弓技:螺旋渦 がその頭部を貫き粉々に砕いていた。


 再び、力の奔流が身体に流れ込んでくる。


「・・よくやった」


 俺は上空に見えるエリカに声をかけ、地面に崩れるようにして仰向けに転がると大きく息を吐いた。



 痺れるように霞んだ脳裏に、


 *** M829A3 ***


 新しい技が浮かんで消えていった。



「遅ぇ・・」


 俺は青々と晴れ渡った空を見上げたままぼやいていた。



======


誤用発覚につき、、フレンチキス → キス に修正。

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