第45話 治療

「・・・なるほど」


 俺は以前にリアンナ副支部長から貰った書状に眼を通していた。


 図抜けた力を身につけた者は安穏とは生きられない。ある程度の穏やかな時間を持ちながら暮らしたいのなら、国や教会など、他の組織が無茶な横槍を入れられない組織に身を置くか、そうした組織から友好的に取り扱われる実績を積む必要がある。そういった内容を、なぜそうなるのか、どうやったら回避できるのか・・例示を交えながら記してあった。


 

 この世界には、"勇者"と称される者が二種類居る。

 

 一つは、その行動・・勇気に満ちた行い、振る舞いを称える呼称としての"勇者"だ。


 もう一つは、勇者の資質を血に宿しているとされる血統としての"勇者"だ。


 一般的に、後者の血統としての"勇者"の方が世間での通りが良い。


 強さは血に顕れると信じられていて、競走馬などと同じように、"血統"と"血統"の交配によって優れた血統種が生まれてくるとうのが社会通念として定着していた。


 王侯貴族の大半は、そうした勇者の血筋を引き継いだ者達・・・ということになっている。遠い昔に、魔物に立ち向かい、その王である魔王を倒した者、すなわち"勇者"の血統だからこそ、国を治める王侯貴族になれるのだと。


 だが、代を重ねるごとに血は薄まり、力は弱まり、血統そのものの価値が揺らぐ。

 それを防ぐために、召喚の儀を行う。

 異世界から"勇者"の純血種を招き、旧種の血をひく王侯貴族と交配させることで、"勇者"の力を取り戻すために・・。



 より強い力を示した者は、より高い価値のある血統を示したことになる。

 当然、全世界の王侯貴族からその血を狙われ、求められる。

 もちろん、対価に満足して受け入れるなら問題は無い。当人が納得した上でのことなら、それはそれで幸せなことだ。しかし、納得しない者、嫌悪する者は必ず出てくる。


 なにしろ、1人で魔物を斃せるほどに強い力を持っているのだ。

 束縛されず、自由に生きたいと思う方が自然だろう。


 だが、1人で自由気ままに生きたいのなら、人間社会との接点を全て断ち、山や洞窟に籠もるしかない。中途半端に人の世に関わると、接触をもった人間が不幸に見舞われることになる。宿に泊まれば、泊まった宿に迷惑がかかり、物を買えば買った店が災難を被る。言葉を交わしただけの人間まで不幸な目にあう。

 それが繰り返される。


 そうした事を思い悩んで世を捨て、山野に引き籠もった勇者候補は数多くいるそうだ。


 もしも、そうした過去の悲劇を知った上で、なお自由に、束縛されない生き方を求めるのなら・・・。


***


 まず、突き抜けた強さを身につけなさい。

 大国の王侯貴族を相手に名声だけで威圧できるほどに。

 貴方の知り合いに危難が降りかかったら、報復で国が滅びるのだと理解させなさい。

 信義でもお金でも無い、絶対的な恐怖、禁忌の念を骨の髄まで叩き込みなさい。

 関わることが破滅を予感させるほどの、絶望的なまでの力の差を見せつけなさい。

 

 それが、貴方が自由になる唯一の道です。


***


 リアンナ副支部長の流麗な文字で、そう締めくくってあった。



(なるほど・・)


 確かに、それしか道が無いような気がする。


 いや、俺はこの理想形を・・理想の縮図をすでに目撃していたではないか。

 魔界との境界線をせめぎ合う南境、南方の最辺境において、女帝と呼ばれる存在を・・。その存在を近隣の王侯貴族の誰もが知っているのに、誰1人、手出しができずにいるという存在を・・。


(さすが、リアンナさんだ)


 さすがは俺の心の師だ。

 迷っていること、心でくすぶっていることを見事に見透かし、真っ直ぐに射貫くようにして導いてくれる。

 

 このところ、召喚された少女達に関わるようになって俺の中に妙な迷いが生まれていた。


 このまま関わりを持ち続けるべきなのかどうか・・。

 どこまで関わるのか・・。

 半端に関わるぐらいならたもとわかつべきなのではないか・・。

 召喚国との争い事になるのは目に見えているのに・・。


 初めは、自分達で生きていけるように手ほどきをしようと思っただけだった。

 それが、天空人という半端な魔人の出現で乱れた。

 死なせた少女達を見て、頭に血が昇った。それで、つい深入りしてしまった。


 迷っていたのだ。

 どこまで付き合うべきなのか。

 すでに手ほどきの域を超え、少女達に本格的な鍛錬をさせてしまっている。

 逆に、少女達はこの先のことをどこまで考えているのか・・。

 纏まらない思いが頭の中で整理できずに悩んでいた。

 

 しかし、ただ待っているだけの少女達では無かった。

 夕食の場で、やり方はともかく、自分達の思いをはっきりと口にし、要望を声に出して頭を下げてきた。

 あの歳頃の少女が口にすることだ。明日には、ころっと別のことを言っているかもしれないが・・。


(だけど、それならそれでも良いけど)


 例え、それが少女達の刹那的な思いつきだったとしても、もう俺の中には小さな火がともってしまった。


 あの子達は確かに強くなった。

 ただ、それは常識的な・・世間の一般的な兵士に比べての話だ。

 世の中には非常識な存在が数多くいる。

 そいつらが王侯貴族に雇われて襲って来れば、少女達だけでは簡単にねじ伏せられて、また首輪付きの交配要員だ。

 それでは、彼女達の言う"尊厳"は守られない。


 どこまで考えたのかは知らないが、少女達の危機感は正しく的を射ている。

 今、あの子達の友人知人を含めた知己の中で、俺以上の切り札は存在しないのだ。

 だから、手放したくない。

 近くに置いておきたい。

 そう考えた。


 当然の・・そして、正しい判断だった。


(うん・・)


 悪くない。ずいぶんと上等な判断だ。

 

 俺はリアンナ女史から貰ったもう一通の書状を開いてみた。


 こちらは謎だった。

 宛ては、レンステッズ導校となっている。

 他は空白だ。

 何も書かれていない。


(・・このレンステッズ導校というのに持っていけば何かあるのか?)


 表裏をしみじみと見返すが、これといって仕掛けは無さそうだ。

 導校というくらいだから学校なのだろうか?


(そこで学べ・・と?)


 そうも思ったが、あのリアンナ女史は回りくどいことはしないだろう。

 学べということなら、学べ・・と書くはずだ。


(これは、しばらく仕舞っておこう)


 レンステッズ導校というのをもっと知ってから判断した方が良さそうだ。

 

『御館様』


(ん・・?)


『完了致しました』


(分別は?)


『それぞれ人数分、等分にして袋に入れてあります』


(見事な配慮だ、ゾエ)


『勿体なき御言葉!』


 少女達から預かった半魚人の死骸を、ゾエが肉とそれ以外に分別し、袋詰めをやってくれていたのだ。この黒い粘体の凄いところは、寄生虫の類いも綺麗に食い尽くして完璧な処理をするところだ。


 俺は扉を開けて宿の廊下へ出た。


 そこに、ずらりと4人が待ち構えていた。


「分別が終わった」


 そう言って、俺は袋を取り出して並べて行った。自分で出しながら驚いたことに、鱗、骨、爪牙、ヒレ、胆石と五種類に分けてあり、しかもそれぞれの袋に各人の名前が書いてあった。


「それぞれ価値を確かめながら売った方が良い。土地で値が変わったり、思わぬ価値を持っていたりする物もある」


 俺の説明を聴きながら4人が何度も頷いた。

 それぞれ名前を確かめながら収納していくのを待って、


「さっきの返事なんだが・・」


 俺は切り出した。


 途端、一気に少女達の目付きが熱を帯びた。胸元で拳を握りしめ、目を見開いて食い入るように見つめてくる。

 廊下で待っていたのは、半魚人の分別じゃ無い。夕食の場で持ち越しになった俺の返答を聞くためだ。


「二つ、俺の方から条件を出したい」


「じゃ、じゃあ、受けてくれるんですねっ!?」


「・・うん、だから、条件を呑んでくれるならね」


 迫りくる少女達に気圧されつつ俺は言った。


「なんです?」


「何でも言って下さいっ!」


「一つは、俺達の約束事を誓約文として神殿で取り交わすこと。もう一つは、その取り決めの一つに、誓約者の総意が無ければ解消できない旨を・・書き加えて欲しい」


 俺が提案した直後、決して広く無い宿の中に、黄色い歓声が響き渡った。

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