第46話 出入りだっ!
「どうかね?」
宿の女主人が心配そうに訊ねてくる。
頼まれていた病人の診察を終えたところだ。
背丈はさほどでは無いが、がっちりと横幅のある逞しい体躯の男だった。この女主人の夫だという。
「呪いだとは思うけど・・サナエ?」
治癒は、サナエが専門だ。
「小さな棘が食道と胃にいっぱい・・これが呪詛の元かもぉ。ゆっくりと命を削るものですねぇ」
サナエが半眼になって意識を集中しながら呟いた。
「な、治るのかいっ?」
「もちろんですぅ。でも、この呪詛はここで消しても消しても・・またしばらくしたら戻ってしまいますよぉ」
「どうしたら、いいんだいっ?」
「呪詛の元を絶たないといけません」
そう言って、サナエが顔をあげた。聖術の名残で、まだ金色の光彩を残している双眸が部屋の壁に沿って巡らされ、一点を見つめるようにして止まった。
「この方角に、何がありますかぁ?」
サナエが壁を指さした。
「何って・・そっちは裏の花屋さんに・・その向こうは通りを挟んで靴作りの」
「ずうっと遠くですぅ」
「遠く・・まさか、領主の・・お城があるけど」
「旦那さん、そのお城に行きましたぁ?」
「あ、ああ・・十日くらい前だったけど。鍛冶のことで呼ばれて出掛けてたよ」
「先生ぇ・・」
サナエが俺の顔を見た。
ここから先は、この土地の領主と事を構えることになる。そういう雰囲気だ。
「やろう」
俺は迷い無く頷いた。
「あんた達・・」
女主人がぎょっと目を見開いた。
「今からですか?」
「早い方が良いだろう?」
「では、仕度します」
全員が大急ぎで部屋へと駆け込んでいった。
「城に呼ばれた用事は?」
俺は細剣と小楯を取り出しながら訊いた。
「それが詳しくは聴いて無いんだよ。でも・・この人、鍛冶の仕事を断ってたからね」
「それは昨日今日の事じゃないんでしょ?」
「うん、まあね・・ああ、河向こうの国からお客さんが来ているって話だった。その関係じゃないかって・・うちの人は言ってたんだけど」
「ふうん・・」
脳裏に、ちらとオリヌシという大男の姿が浮かんだ。
あの時は聞き流していたが、それらしいことを言っていたようだった。
「お待たせしました!」
完全武装のヨーコ達が駆け戻って来た。
「サナエ、目標が見えるか?」
「私に見えるのは呪術の糸ですぅ。これを辿って根源を破壊すれば大丈夫ですぅ」
サナエが虚空を見つめたまま言った。
「よし・・そういう訳だから。これで宿は引き払うよ」
「あ、ああ・・でも、それじゃ御礼のしようが・・」
「俺達のことは忘れないと領主の兵士が押し寄せるよ?」
「・・でも、だって・・あまりにも、申し訳無いじゃないか」
「大丈夫ですよ。私達って、とんでもないお金持ちですから!」
リコが鼻息荒く胸を張った。
「家がいっぱい買えちゃいそうなくらいなんです」
エリカが笑った。
「これも修行です。任せて下さいっ!」
ヨーコが拳を握って見せる。
俺はちらとサナエを見た。視線に気付いたサナエが小さく笑いながら、
「あっちですよぉ」
呪詛の方角を指さした。
「まあ・・俺達も色々と事情を抱えててね。知らない振りをして貰えると助かる」
言いながら、俺はゾエに命じて真っ黒い鬼の鎧を身に纏った。兜の面は開けて目元を覗かせている。ヨーコ達が言うには、どうやら兜の額から二本の角が伸び、面頬は牙がずらりと並んだ鬼面の意匠になっているらしい。
何かを言いかけた女主人が、声を失って仰け反った。
「エリカ?」
「行けます」
エリカが頷いた。
それを合図に一斉に兜の面頬を閉じた。全員が鳥のクチバシのような形をした兜を被っている。顎の辺りから上に跳ね上げられる仕組みのようで、かなり手の込んだ造りだった。鎖帷子に鈍色をした板金の鎧、背には厚地の短マントという姿だ。エリカは二本の短刀、ヨーコはナギナタ。リコは長剣と円楯、サナエは棍棒の先に鎖で鉄球をぶら下げたものを握っていた。
「よし・・頼む」
俺はエリカの肩に手を置いた。
他のみんなもエリカの背や肩に手を置いた。
直後、周囲の景色が一変し、涼しい夜風が吹き抜ける丘に立っていた。
振り返ると、町の灯火が遠くにちらついている。
「ずいぶん、跳べるようになったな」
「時々失敗して、サナちゃんのお世話になってますけどね」
エリカが笑った。
出現場所に失敗して、体が木や石と同化しかかった事もあるらしい。
足を失いかけたり、顔を岩に埋め込んだりと・・・エリカが一番死にかけている気がする。それだけ、扱いに難しい技能なのだろう。驚くのは、それが魔法では無く、武技だという点だった。
「見えてる所なら簡単なんですけど・・見えない所へ行くのは結構怖いんです」
「・・・だろうな」
「なので、リコに代わりに視て貰ったんです」
エリカが悪戯めいた笑みを浮かべた。
「ん?」
「リコの魔技です」
「私、遠い場所を空から見下ろすことができるんです。そして視ている風景を他の人にも見せることができます」
リコが自分の能力を説明してくれた。
「凄いな・・」
色々な技能があるものだ。
「リコはもっと遠くまで見えるんですけど、私が安全に跳べるのはこの辺までです」
「なので・・」
リコが遠くに聳えて見える領主の城館を眺めた。その手をエリカが握っている。
「リッちゃん、もうちょっと手前・・うん」
俯いていたエリカが小さく頷いて顔をあげた。
「行けます」
「頼む」
エリカの肩にみんなの手が置かれた。
今度は硬い石床の上に降り立った。
凹凸のついた城壁の上が見渡せる。回廊部分に着地したようだった。
俺が何か言う前に、ヨーコが地を蹴って前に出るなり、歩哨らしい兵士の襟首に手刀を叩き込んでへし折っていた。もう1人は、真横へ跳んだエリカが短刀で喉元から掻き切っている。
倒れ込む兵士を音が立たないよう受け止め石床に寝かせながら、2人がリコを振り返った。
「大丈夫、ちょうど向こう側に歩いて行ってる」
リコがどこか遠い眼差しをしたまま呟いた。
他の歩哨は、城壁に沿って反対側の方を歩いているらしい。
かなり立派な城だったが、長大な城壁上をわずか4人で見回っているというのは・・。
「呪いの糸はあっちからですぅ」
サナエが中央の城館から
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