第47話 呪い断ち!

「何やってんだ?」


 俺の声に、両手足を鎖でつながれた大男が低くうめき声を漏らした。

 子供の胴くらいもありそうな太い鎖で、石壁に手足を繋がれて、ボロ雑巾のように全身を刺傷、切り傷で覆われ血を流している。

 オリヌシであった。

 場所は、城館の尖塔の地下だ。


 俺は手足の鋼の枷を突き斬ると、崩れ伏せるオリヌシの巨体を抱きとめた。

 清浄の魔法をかけてやる。


「ゆっくりで良い、ついて来い」


 俺はオリヌシの巨体に埋もれるようになりながら背負いあげると、後ろに居る3人の女に声をかけた。

 全員がまだ若い女である。他にも居たのだが、すでに骸になっていた。3人の女達も生きているというだけで、顔や頭に火傷痕があり、ほぼ裸の身体は裂傷や殴打痕で元の肌の色が判らない。激痛に身体を痙攣させながらも、声をあげずに壁に縋りながら懸命に歩いている。


「ぢ・・ヂンか」


「すぐ手当してやる。少し我慢しろ」


 俺はどでかい図体を担ぎ上げて狭い石段を上った。

 破壊された扉を横目に、屋敷の裏庭に出ると、そのまま歩いて館の中にオリヌシを運び入れた。後ろから、3人の女がついてくる。


 遠くで、小さく鐘の音が鳴っていた。

 すでに真夜中である。鐘のなるような時間では無い。いわゆる警鐘である。


「ヂ・・ン、おんだ・・まじやぐの」


「町役の妻女と娘は助けた」


 この人の好い大男は、町役の妻女が領主の兵士に陵辱されそうなところに居合わせて、兵士達を殴り殺してしまったのだ。何の義理立てか、抵抗せずに鎖に繋がれて拷問を受けていたらしい。

 尖塔の上に幽閉されていた女達からその話を聴いて、俺はエリカ達と別れて先に地下へとやって来たのだった。


「ぅお・・お・・ヂン」


「とりあえず、その場で見かけた連中は始末した」


「・・ず・・ずまな」


「とりあえず、体を治す。その後は手伝ってもらうぞ」


 俺は広間の絨毯にオリヌシを横たえると、ついてきた女達を見回した。


「お前たちの治療もする・・が、ここで、おれを見たことは忘れてもらうよ?」


 俺の視線を受けて、女達が疲れた表情のまま頷いた。


「頼る身寄りが他の町に居るのなら、町を出たほうが良いと思うけど・・まあ、町役は味方してくれるだろう。戻ったら相談してみたらいい」


 再び、女達が頷いた。頷きながら、落ち着きなく広間の戸口に視線を向け、物音に耳をすませている。派手な戦闘音が響いていた。ヨーコ達が暴れ回っているのだろう。


「守護総代のモイーブ、息子のフェルドは亡くなった。回りにいた子飼いの兵士達も死んでしまったらしい」


 水瓶を運びながら、世間話でもするように俺は状況を話して聴かせた。


「不幸な事故だ。ああいう死に方はしたくないね」


 俺の話を聴きながら、女達が互いに顔を見合わせ小声で囁き合う。


「だれか調べに来るかもしれないけど・・・どうだろうなぁ」


 話しながら、俺は水瓶で薬瓶の中身を薄めながら、オリヌシの巨体へかけていた。染み入るようにしてコバルトブルーに輝く液体が傷を癒やしてゆく。わずかな回復しかしないが、それでも何もしないよりはマシだ。


 そこへ、リコが駆け込んできた。


「来たか」


「治療します」


「頼む」

 

 短いやり取りの後、リコがオリヌシの体に触れたまま治癒魔法を使用した。

 途端、やや離れて見守っていた女達がどよめいた。

 割れていた頭蓋も、潰れていた眼も、切断された四肢の腱までが治ってゆくのだ。凄まじい光景であった。


「しかし、さっき偶然に書き付けを見てしまったんだが、どうも・・モイーブ総代は捕まえた女達を、甥のフェルドを仲介に、他所から来る奴隷商人に売り渡そうとしていたみたいだ。その辺りで、何か揉め事があったという・・・そんな感じの筋書きが良いかもな」


 俺は女達に清浄の魔法を掛けながら独り言のように呟き聴かせている。

 

 オリヌシの巨躯から傷という傷が薄れて消えた。青黒くなっていた打撲の痕まで消えていた。すでに癒えた両眼が大きく見開かれて、オリヌシが俺の顔を凝視していた。


「演習中に魔物に襲われたとか、奴隷商に会いに出かけて命を落としたとか。そんな噂が飛び交っても面白いか」


 一息ついたリコが、俺の方を見て頷いた。


「立ってみろ」


「お、おう・・」


 まだ体が痛みを記憶しているのだろう。ゆっくりとした仕草で手足を動かしながら、オリヌシが立ち上がった。腱を切られて動かせないはずの手足が自分の意思で動くのだ。


「う、動くぞ!」


「礼は、そのリコに言え」


「お、おう、リコ殿か・・感謝する! 助かった!」


 吼えるように言って床に両手を着いて頭を下げた。


「み、耳がぁ・・」


 リコが両手で耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。

 今ので騒音耐性がついたかもしれない。


「よし、大丈夫そうだな。あれで、水を汲んで来てくれ」


 俺は水瓶を指差した。


「おう!」


 力強く応じて、オリヌシが軽々と大きな水瓶を抱えて広間から出て行った。

 見送って、俺は女達を見回した。


「薬が臭う。ここの兵士に薬物を使われたのだろう?」


 問いかけに、女達が俯いて唇を噛んだ。


「臓腑を痛める薬もあるし、体に残すと良くない物もあるそうだ。リコともう一人、治癒師が来る。毒素は綺麗に抜くから心配いらない」


 俺は扉を見た。オリヌシが水瓶を抱えて姿を見せた。

 リコは水術の使い手だ。水が豊富にあれば、サナエに匹敵するくらいの治癒の技が使えるようになる。


「汲んで来たぞ!」


「この女達を治療する。何度か汲んで来てもらうぞ」


「任せろ!」


「で、呼ぶまで外に居ろ。女達の服を脱がさないといけない」


「よし、水がいる時は呼んでくれ!」


「美味い酒を探しておいてくれると助かる」


 俺の言葉に、オリヌシが破顔した。


「おう、任された!」


 ずしずしと床石を踏み割りそうな足音を立てて、オリヌシが部屋から出て行った。


「さて・・糞野郎どもの後始末をやるか」


 小声で毒づいて、俺は女達の前に立った。


(ゾエ・・)


『御館様・・?』


(この女達、何かおかしいよな?)


 尖塔の上にも囚われた女達が居た。なのに、この女達だけは別にされて湿っぽい地下に幽閉されていたのだ。


『獣人・・そう呼ばれる種族ですね』


(・・耳も尻尾も無いみたいだけど?)


『斬られております』


(・・非道いな)


 俺は思わず眉をしかめてしまった。


「先生?」


 表情に気付いて、リコが心配そうに声をかけてくる。


「この人達、獣人らしいんだけど・・」


 俺は、耳と尻尾が斬られていることを伝えた。途端、リコも形相を一変させて怒り始めた。


「先生?」


 エリカが姿を現した。


「エリ、サナを連れて来て」


 リコが険しい表情のまま言った。

 リコの治癒術では、ここまで欠損した部位は治らない。だが、サナエなら完全に治すことができるのだった。

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