第44話 夕食

「乾杯ぁ~い!」


 サナエの音頭でそれぞれがカップを持ち上げた。


 通りから一本裏手に入ったところで見付けた食堂である。店内は調理場と立ち飲み用のカウンターだけ。食事を頼む客は、テーブルを通りに並べて座っている。

 俺達もテーブルを一つ借りて座っていた。


 皿の上には、分厚い肉が無造作に置かれ、横にある平鍋には大きな魚の煮物が横たわっていた。


「まさか、冒険者になるとは・・」


 俺は呆れていた。冒険者というのは、食い詰めて他にやれる事が無い者が就く職業なのだ。


「だって、他にできる仕事が無いじゃないですか」


 飲み物の注文をしていたエリカが席についた。


「身元保証は、カリーナ神殿がしてくれるって聴いたけど?」


「でも、不審者じゃないってだけですよ?」


「・・まあ、そうか」


「魔物を狩って素材を売るのはできるかなって思ったんですけど・・」


「けど?」


「解体するのがどうも苦手で・・」


 血だの肉だの内臓だの・・その手の生々しい作業自体は慣れたのだが、肉から皮を剥がしたり、皮を鞣したり・・そういう作業は神経を使うし、ひどく手間がかかるのだ。ただ剥がせば良いというわけでは無い。獣の毛皮となれば、ダニやノミが多くて薬で処理をしないと大変な騒ぎになる。


「・・ああ」


「でも、冒険者協会なら少し値段は悪いけど、死体のままで買い取ってくれるでしょう?」


「・・そうだな。ん・・?」


 脳裏に、無限収納を住み家にしている黒い奴が思い浮かんだ。


「どうしました?」


「先生?」


「あぁ・・いや、魔物とかの肉を諦めて、毛皮や爪なんかが欲しい時は言ってくれ。俺が解体をしよう」


「えっ!?」


「先生がっ!?」


 物凄い食いつきである。


「そういう技能があるんだ。その代わり、肉はなくなってしまう・・まあ対価だな」


「凄いっ! そんな技能があるんですかっ!?」


「まあ・・な」


 俺はちびちび酒を含みながら、切り分けた肉を摘まんでいた。


「半魚人も?」


「できるぞ」


 俺は頷いた。

 半魚人の千体くらいなら一晩もかからずにペロリと平らげるだろう。


「ぜひ、お願いします!」


 ヨーコが頭を下げた。


「お願いします!」


 エリカ、リコ、サナエが並んで頭を下げた。半魚人の死骸を収納して持って来ていたが、少し解体してみたものの、心傷耐性をもってしても気分が悪くなってしまい・・大量に不良在庫を抱えているそうだ。


『御館様、肉も残すよう・・分解だけをお命じ下さってもよろしいのですよ?』


(まあ、苦労賃だ。貰えるものは貰っておけば良いだろ)


『さすがは御館様ですっ!』


 ゾエの声が悦びに満ちる。


「肉だって良い値で売れるからな、近くに協会が無い時だけにした方が良いかもしれないけど」


 俺は空になった酒杯を置いて、酒瓶へ手を伸ばした。

 直前で、パッ・・とサナエに取り上げられた。


「お注ぎ致しますぅ」


 澄ました顔で、サナエが俺の酒杯に注いでいく。


「・・?」


 訝しげに見守っていると、


「お肉を切り分けさせて頂きます」


 ヨーコとリコが共同作業で、丸焼きにされた大きな肉塊を食べやすく切り分けていく。


「お魚はいかがでしょう?」


 エリカまでが笑顔のまま、ほぐした魚の身を皿に載せ甘酢をかけて持って来た。


「どうした?」


 いきなりで気味が悪い。


「私達、話合ったんですけど・・」


 4人がニコニコと笑顔のまま並んだ。


「・・なに?」


 俺は圧され気味に見回した。威圧耐性は最大値だというのに・・。


「先生を雇いたいなぁ~・・って」


 リコがぺろっと小さく舌を覗かせる。


「俺を雇う?」


「前に護衛にって話をしたじゃないですか」


 エリカが言った。


「ああ・・」


 確か、島に着く前・・海賊船の上でそんな話をしたような・・。うやむやになった筈だったが・・。


「冒険者協会で、だいたいの相場も分かりましたし、今度こそ正式にお願いしたいです」


「・・そうか」


 あの時は良い細剣を手に入れたくて、とにかくお金を稼ごうと意気込んでいた時だ。

 今は、楯も剣も、鎧までも上等なものが手に入った。

 正直、そこまでお金は欲しくない・・。


「冒険者協会で聴いたんですけど・・一つの依頼を受けるために10人とか集まって部隊を作る事があるらしいです」


「ああ・・急に集まっても連携が上手くできないから、普段から同じ冒険者同士で行動しているらしいね」


 中にはパーティとして名をあげている者達がいるらしい。

 俺がいた南境部では少なかったが、他の地域では3~8人くらいのチームがほとんどだと聴く。時には、その小隊同士が協力して効率の良い魔物狩りをやっているのだとか・・。


「それです!」


 サナエが俺を指さした。


「む・・?」


「私達は先生をパーティに勧誘します」


 エリカが珍しく、ぐいぐいと来る。


「・・俺は連携は上手くないよ?」


 大量の料理を目の前に積まれて、俺は困り顔のまま少女達の顔を見回した。


「私達って、たぶん・・また国とかから狙われますよね?」


「そうだなぁ・・放っておいてはくれないだろう」


 方法は分からないが、召喚というのは簡単ではないだろう。準備するために、時間とお金がかかったはずだ。その成果物である少女達を野放しにはできないだろう。

 実地訓練中の襲撃で行方不明・・その後は奴隷として売られたみたいだが、所在が判れば取り戻そうとして動くはずだ。あの手この手の勧誘は続くだろう。


「でも、先生が一緒なら安全だと思うんです」


「・・う~ん」


「もちろん、何でもかんでも先生を頼るという事じゃないですよ? でも、もしかして、私達じゃどうしようもない相手が出て来たりして・・どんなに頑張っても無理そうだったら・・その時は助けて下さい!」


「お願いします!」


「先生、お願い!」


「もう奴隷堕ちとか、絶対に嫌っ!」


 左右にヨーコとエリカ、背後にリコとサナエが回り込んで取り囲んできた。


 絶対に逃がさないという気構えだ。


「ま・・まってくれ、とにかく・・意気込みは分かったから」


「駄目ですかっ?」


「駄目だって言わないで下さいっ!」


「お願いですっ!」


「いや・・ちょっと、とにかく・・」


「私達、もっと頑張りますからっ!」


 左右と後ろから、しがみついて訴えてくる。

 さすがに連日の訓練を耐え抜いてきただけあって凄まじい腕力だった。


(これ・・感情任せに、力を使わないよう念を押しておかないと・・)


 平手打ちで酔っ払いの1人2人あの世へ送ってしまいそうだ。俺でなければ、肩の骨とか握り潰されていただろう。

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