第43話 屋台で・・。

 広場に肉や魚の焼き物の匂いが満ちていた。

 さんざん朝寝を愉しんでから、俺は宿を出て屋台の集まった広場へ来ていた。適当な屋台の前に置かれた長椅子に腰をおろし、半銅貨を4枚、卓上にある小皿に置いた。間髪を入れず、愛想の欠片もない痩せた男がやってきて、薄汚れた水瓶を置き、ひび割れた丼鉢と大きな葉に包んだ焼餅を投げるようにおいて、小皿から半銅貨をさらっていく。


 得体の知れない動物の、おそらくは内臓あたりを煮込んだ物と、甘辛くタレをつけて焼いた串餅が二本。他にメニューは無いのだろう。俺は、卓上に置きっぱなしで散乱している杯を一つ手に取ると水を満たした。


(・・この辺で戦争をやってるんだな)


 やたらと鼻息が荒く、眼を無闇に血走らせた兵隊が屋台村の間を行き交っていた。


 あの兵士達に比べれば、グラスランナー種のシンなど、男の格好をしている少女・・といった感じに見えてしまう。夕刻に、少し酒が入る時間帯になると、絡んでくる兵士が現れるだろう。

 

 がんばって留まり続ける銀蠅を手で軽く払いながら、俺は空になった杯に水を注ごうとして、ふと半身に振り返った。


 そこに、大男が立っていた。宿屋に入る時にすれ違った巨漢である。

 とてつもない筋肉の隆起を無理矢理に軍服に押し込んだ巨大な男が、怒り眉とでも言うのだろうか、太い眉の下にある大きな眼で火でも噴きそうな熱をもって見下ろしていた。気弱な者なら気絶したに違いない、のしかかるような威圧感である。

 周りに座っていた男達が、速やかに席を立って去って行った。


(こちらを覚えているのかな・・・?)


 水を口に含みながら、俺は串餅を頬張りながらじっくりと大男の顔を眺めやった。


「見た顔だ」


 先に口を開いたのは大男の方だった。


「うん」


 俺は頑張って串から餅を引き剥がしながら頷いた。


 巨漢は重々しい軋み音をたてて長椅子に座りながら木皿へ銅貨を投げ入れた。

 臓物の丼と串焼きが運ばれてくるのを待って巨漢が口を開いた。


「儂は、オリヌシ。ロドの傭兵だ」


「シンだ。連れと一緒に、そこの・・宿に泊まっている」


「そうか」


 頷いて、巨漢が串肉を頬張った。


「儂は、今・・北ゼールに雇われておる」


 いきなり話を始めた。


 俺は空になった割れ鉢を見つめたまま串を弄っていた。話し相手でも欲しかったのだろうか。


「ゼールは滅亡する」


 豪快に丼の中身を平らげながら、オリヌシが言った。

 世間話にしては内容が激しい。


「儂は、ロドの出だ。ゼールの興亡なんぞに興味は無いが・・ゼールの公主・・いや、跡目争いの渦中でな、どいつになるのか分からんのだが、儂はサージャという王子の陣営に招かれた。南ゼールから逃げてきた奴だ。青臭いガキでの、カダ帝国に泣きついて南ゼールを奪還するとかほざいとる」


「そうか」


 俺は軽く相づちをうった。

 何のことだか分からない。ただ、この辺りから南側一帯が、トワ王朝のゼール領内であることくらいは知っている。ロドというのは、どこかの地名だろうか。


「戦争になるんなら、のんびり泊まっていられないな」


「この辺は大丈夫だろう。賑やかにやっとるのは、そこの河を船で下った先だ」


「ふうん・・」


「あんたは良いのか?町でぶらぶらやってて」


「儂は人目を引くからな。追い出されたところだ」


「へぇ・・」


 まあ、こんな大男を連れて歩けば、この上なく目立つだろう。


「おぬし、妖精種だな」


「花の妖精らしい。記憶が無くて、自分じゃ分からないんだ」


「ほう・・どうりで、エルフともドワーフとも違った顔付きだ」


 ずけずけ言うが悪気は無いらしい。


「あんた、この町は長いのか?」


「いや・・まだ十日ほどだ」


 雇い主の護衛団の1人として来ているらしい。この体格のせいで、どこへ行っても目立つため、金を与えられて呼ぶまで自由にしていろ・・と、宿を追い出されたそうだ。


「数打ちじゃない、武器を打ってくれる鍛冶屋を知らないか?」


「どこも、戦争で忙しくしとるからな・・・ああ、ちょいと気難しいが腕の良いのがおるらしいな」


 噂だけで会った事は無いらしい。


「場所は?」


「何を言っとる。おぬしが泊まっとる宿の・・あの女主人の旦那が鍛冶屋だぞ」


「そうなのか? それは知らなかった」


「儂の雇い主が自分のところへ囲い込みたいらしくてな。儂は手紙を持たされて使いぱしりをやらされとるところだ」


 こんな男に手紙の受け渡しを命じるとは、よほど脳の足りない雇い主らしい。


「ふうん・・義理でもあるのか?」


「今の雇い主にか? 儂を紹介した奴には少しばかりの恩義があったがの・・」


 大男が苦い顔で小さく首を振った。その顔を、ふと通りの奥へと向けた。


「ふん・・呼び出しが来おった」


「そうか。じゃあ、また」


「おうっ、次は酒を呑もう」


「ああ」


 大股に立ち去っていく巨漢の背中を見送った。


 俺の知り合いには、無駄に頑丈で品性が下劣な筋肉ダルマと理知的な紳士の筋肉がいる。今の大男は、どちらとも違い、悩める筋肉といった感じだ。


(あいつ・・強いな)


 話していても気の荒い感じはしないし、暴力の気配は感じさせず穏やかな体の動きをしていたが、いざ戦いとなれば凄まじい強さだろう。


(ロドのオリヌシ・・だったな)


 縁があれば、どこかで会うかもしれない。


 俺は市場でも覗いてみようと、ぶらぶら大通りを歩いて回った。


(ここにも・・あるんだ)


 この町には冒険者協会が設置されていた。

 戦争騒ぎで、腕に覚えのある冒険者は傭兵としてどちらかの陣営に雇われているだろう。仕事を引き受ける冒険者が不足して困っているかもしれない。


 手持ちの素材を高く売る好機だ。


(ゾエ・・)


『御館様?』


(海蛇の鱗は残ってるか?)


『肉の他はすべて保管して御座います』


(よし・・)


 俺は冒険者協会の扉を開けた。



「ぁ・・」


 顔の原形を失った男達が床に散乱していた。ざっと50名ほど・・。


 その先に、見覚えのある少女達が立っている。

 入って来た俺を見るなり、にこやかに手を振ってきた。


「絡まれて・・やったと」


 何も訊かずに俺は言った。他にこうなる理由が思い当たらない。


「そうなんですよぉ」


「ぎゃーぎゃーなんか言ってきて」


「いきなり体に触って来ようとしたんです」


 少女達が口々に男達の非を訴える。


 どこかで買ったのか、全員が真新しい衣服を身につけていた。髪を整え、髪飾りをつけている。武器は何も持っていない。

 拳で片を付けたようだ。


「登録に?」


 何も見なかったことにして、俺は床の男達を跨いで受付に向かった。


「はい! 冒険者にならないと、ここでは魔物の素材を買い取ってくれないそうなんです」


「それは変だな。誰が持ち込んだ物でも査定して買ってくれるはずだけど・・まあ、冒険者じゃないと査定料が差し引かれるけども」


 俺は受付机の奥にいる若い女を見た。

 これ見よがしに胸の隆起を突き出した肌の露出が多い服装をしていた。協会の受付なんかより酒場の方が似合いそうな女だった。辺境で受付に立ったら数秒で掠われて行方不明になるだろう。

 化粧を厚めに塗った顔が、ヨーコ達の強さを目の当たりにして引き攣っている。

 

「協会の規則は大陸中で共通でしょ?」


 俺は穏やかな笑みを浮かべて女を見た。

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