第42話 宿屋

「どう?」


 俺はリコを見た。

 ヨーコ、エリカ、サナエの視線も注がれる。


「居ません。大丈夫です」


 リコが嬉しそうに言って笑顔を見せた。

 途端、全員の視線が俺に向けられた。


 サリーナやリーラ、以前に追って来た奴等はいない。それを確かめただけだったが、正直、今のヨーコ達に危害を加えられるような奴はいないだろう。


「よし、町に着いたら宿を決めよう。そうしたら・・自由行動だ」


 俺の言葉に、


「やったぁーーー」


 4人が唱和するように歓声をあげ、拳を突き上げて飛び跳ねた。


 冗談抜きに、久しぶりの人間の町だ。


 俺も宿屋の寝台が恋しくなっていたくらいだから、少女達は我慢に我慢を重ねていたのだろう。


 サリーナ達を送り届けた町から北へ二十日ほど走った場所にある町だ。

 船や馬車はもちろん、伝書鳩より速い移動だったろう。

 追っ手がかかるにしても、ずいぶんと先の事だ。しばらくは、人間らしい暮らしを楽しめるだろう。


「獣人では無いな?」


「はい」


「妖精・・らしい」


 門番に答えると、じろじろと風体を確認されただけで通過の許可が出た。


「獣人だと何かあるんですか?」


「さあ? 仲が悪いのかもな」


 門を入ってすぐのところに、荷馬車用の溜まりがつくられていて、御者相手の露店が並んでいた。なだらかな丘を包むように造られた町らしく、大通りは登り道になって、ゆるやかに蛇行しているようだった。


 思っていたよりも大きな町だ。


 俺達が入って来た門とは逆側に、大河に面した港が造られているらしく、商人向けの旅宿も多かった。あちらには倉庫街ができているのだと言う。


 大通りに沿って大まかに見て回ってから、円形に整備された広場で腰を下ろしつつ、


「どこにしましょう?」


 サナエが露店で買い求めた串飴を頬張りながら訊いてきた。甘味に飢えていたらしく、他の少女達も飴の包みを握りしめている。


「あそこなんか、どうかな?」


 リコが指さしたのは、薬剤屋らしい石館の隣だった。

 申し訳程度に軒が突き出した下に、扉だけがぽつんとあり、扉には赤銅の小さな看板が打ちつけてある。


「リッちゃん、あれって宿なの?」


 サナエが、眇目すがめになって眼を凝らす。


「だって、ほかの宿と同じマークがついてるもの」


「・・ほんとだ」


 じっと見つめていたヨーコが呟いた。


 行ってみると、飾りっ気の無い扉に錆の浮いた取っ手が付いている。広場側には窓が無い奥に細長い建物だった。


 冷やかしで店でも覗いてみようということになり、俺は扉に近付いて取っ手に手を伸ばした。

 途端、扉が内側に向かって引き開けられた。


「っと・・」


 空振りした手をそのままに、俺はわずかに眼を見張った。


 大きな男が出てきた。

 一瞬、あのボルゲンが出たかと思ったほどだ。いや、ボルゲンよりも一回りは筋肉の量が多い気がする。とんでもない大男だった。

 戸口から真っ直ぐ体が出ない。斜めに体をよじりながら、戸口をくぐって外に出てきた。

 脇に避けた俺や少女達の方をちらと見て、無言のまま小さく会釈をして大股に歩き去って行った。その巨体に似合わぬ穏やかな物腰である。


(・・・あいつが、大鬼だと言われても信じるけどな)


 俺は呆れ顔で見送ってから、中へ入ってみた。

 入ってすぐ階段があった。上ってみると、白髪交じりの茶髪をひっつめて結んだ女が重そうな長机を動かそうと奮闘していた。


「手伝いますよ」


 ヨーコとリコが一言声をかけて、女の横に立つと机の端を握って持ち上げた。


「ちょ・・あ、あんた達?」


 驚き慌てる女に、


「どこに置きます?」


 リコが部屋を見回しつつ訊ねている。重たい机がまるで玩具のように軽々と持ち上がる。


 部屋の隅にあった机を少しだけ窓辺に移動させたかったらしい。初老の女に言われるまま、何度か向きや位置を変えながら模様替えを手助けしていた。


「さて・・お客さんかね?」


 初老の女が軽く咳払いしてから俺の顔を見た。


「客というか・・ここは宿?」


「宿だよ。書いてあったろ?」


 初老の女は、両腰に手を当てて胸を張った。若い頃はさぞかし美人だったのだろう。勝ち気な顔立ちをした女性だった。襟のある白いドレスに赤みがかった生地の薄い茶色のドレスを羽織って腰を銀鎖で絞っている。この辺りの典型的な女性の衣装である。やや古びていたが、質は良さそうだった。腰の銀鎖は既婚を意味するそうだ。


「それで?」


「部屋が空いてるなら泊まりたい」


「全員別々の部屋で良いのかい?」


「はい」


「うちは、連れ込みは遠慮してもらってるよ?」


 初老の女の鼻に載せた小さな丸眼鏡がきらりと光りを滑らせた。4人の少女達をじろじろ眺めてから俺の顔を見つめる。


「問題無い」


 俺は苦笑気味に頷いた。


「・・綺麗な子をたくさん連れて、男はあんた1人かい?」


「綺麗な・・? ああ、うん、俺1人」


「ふうん・・」


 初老の女がじろじろと無遠慮に眺め回してくる。

 なにやら誤解されている雰囲気だ。


「前払いになるよ? 連泊するなら預かり金を置いてもらう」


「一泊いくら?」


「ランなら五百、滴銀なら二粒、帝国貨なら銀貨七枚だね」


「5日分前払いしておこう」


 俺が言うと、ヨーコ達がそれぞれ衣服の隠しから滴銀十粒つず取り出して受付台に並べた。


「・・若いのに、何をやってるんだい?」


 十四、五歳にしか見えない俺達が、それぞれお金を持っているのを不審に思ったらしい。


「頼まれて魔物を狩ったり、薬草を集めてきたり、少しなら治癒師の真似事も出来るから・・まあ、色々やって食い繋いでる」


 俺はにこにこと愛想良く言った。横や後ろで、口元を押さえた少女達が背を震わせて笑いの衝動と格闘している。


「治癒を・・」


 女の表情が変わった。


「あまり高位の術は使えないよ?」


 俺は大急ぎで言った。

 

「そのぅ・・うちの人なんだけどね」


 女が構わずに話を始めてしまった。


 結局、診察だけはやってみるという約束をさせられてしまった。それから受付で鍵を貰って、やっと各自自由行動となった。


「じゃあ、みんなで出掛けてきます。食事はどうします?」


「ん?・・ああ、夕食は一緒に食べようか。夕暮れ時に、ここで落ち合おう」


「了解であります」


 リコが敬礼をした。横で、サナエとヨーコも敬礼をする。


「はは・・俺は昼まで寝てるよ」


 大きく伸びをしながら、女主人によって割り振られた部屋へと歩いていった。

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