第41話 黒い鎧

「ほ、本当に・・先生?」


 息も絶え絶えに、周囲に散乱していた少女達がよろよろと身を起こして俺を見た。


 石室から跳びだしてきた俺を見るなり、少女達が斬りかかってきたのだ。

 全力で加減無しの攻撃を、俺はほどよく受け、ほどよく回避した。誤解があるようだが、これも訓練になると考えて何も言わずに手合わせをした。


 結果、こうして死屍累々・・一歩手前で少女達が転がっているのだった。


「下で、この鎧を手に入れた」


 俺は兜の面を外そうとあちこち弄っていた。途端、すっ・・と面が上に開いた。


(・・勝手に開いたぞ?)


 どうやら妙な仕掛けのある鎧らしい。


「ぁ・・先生」


 息も絶え絶え、何とか立ち上がろうと頑張っていたヨーコが、俺の顔を見るなり糸が切れたように気を失って倒れ伏してしまった。


「はぁ・・本気でびびったぁ」


 リコが仰向けに倒れ、


「死んだと思ったぁ・・」


 サナエが隣にひっくり返る。エリカは一足先に白目を剥いて倒れていた。


「・・・良さそうな鎧だ。有り難く使わせてもらう」


 闇に向かって一声かけて、俺は分厚い石の蓋を元の通りに戻しておいた。


(しかし・・どうやって脱ぐんだ、これ?)


 留め具らしきものが見当たらないのだが・・?


 そう思ってあちこち触っていると、ズルリ・・・と溶けて剥がれるようにして黒い鎧が地面へ落ちていき、黒々とした粘体になった。前に装備していた鎧一式が消え去り、騎士服と呼ばれる甲冑用の厚地の上下だけになっていた。


「・・・は?」


 俺は素直に驚いていた。


(・・着る・・着たい・・俺を護れ・・装備・・)


 あれこれ思い浮かべてみるが黒い粘体は反応しない。


(そうだ・・あいつ、下のやつ・・なんか言っていたな?)


 何だったか・・?


「・・鬼装?」


 小声で呟いてみた。


 果たして、黒い粘体がズルリと動いて俺に纏わり付くと、わずか1秒足らずで黒い甲冑になっていた。


(脱ぐには・・)


 どうしようかと考えた時、再びズルリと溶けるようにして元の黒い粘体へと戻っていた。


(脱ぐときは、そう考えるだけで良いのか? 身体が触れているから?)


 ならば・・と、俺は手を伸ばして黒い粘体に触れた。


(着る・・着たい・・鎧になって俺を護れ)


 三番目の心の呟きで、黒い鎧になってくれた。どうやら具体的な命令が必要になるらしい。


(これなら、鬼装って言った方が簡単か)


 次の問題は・・。


「おまえ、収納できるのか?」


 俺は黒い粘体に触れながら無限収納へ入れてみた。

 思いの外、あっさりと中へ入ってしまった。


「・・できるんだ」


 なんとも奇妙な鎧兜が手に入ったものだ。


『御館様・・』


「ぇ・・?」


 いきなりの声に、俺はぎょっと体を硬くして周囲を見回した。どこか、女性的な響きをもった声だった。


『至高の住居をお与え下さり御礼申し上げます』


「・・は? 住居?」


『ここは漆黒・・すべてが無になる空間』


「ぇ・・あ・・おまえ、さっきの鎧か」


『御意に御座います』


「・・外だと話せないのに、そこの・・中だと話せるんだな」


『声帯を持たぬ身ゆえ・・魔力の繋がりによって御身と交信させて頂いておりまする』


「・・・なるほど」


 そう答えるしかない。正直、理解がおいつかなかったが・・。


『この身に名をお与え下さいませぬか?』


「名を?」


『より繋がりが深うなりまする』


「すると・・?」


『鬼鎧と化すのも容易となり、より短い時間で形作ることができまする』


「ほう・・」


 そういうことなら名付けをやっても良いな。


「ゾエ、闇という意味だ」


『ゾエ・・で御座いますか! 良き響き・・感謝申し上げます』


 声音を震わせて喜んでいる。やはり、どこか女性っぽい感じだ。


「ところで・・先に俺が着ていた鎖帷子や胸甲はどうした?」


『邪魔でしたので溶かしました』


「・・そうか」


 それなりに値の張る品だったんだが・・。平民が半年間、汗水垂らして働かないと手に入らないくらいの・・。


『御館様・・』


「なんだ?」


『お与え頂きました住まいに、雑多なものが漂っているようです。処分いたしましょうか?』


 恐ろしいことを言いだした。


「ぇ・・いやいや、それは、そこにあるのは俺の財産だぞ! 勝手な事をするな!」


『申し訳御座いません! 差し出がましいことを申しました!』


 ゾエが大慌てで謝罪している。

 たぶん・・おそらく・・・すでに、いくつかの品は消え去ったのではなかろうか。


「・・まあ、整理して邪魔にならないようにするくらいなら良い。ああ・・死骸は肉だけは処分して構わない」


『畏まりました』


 どこか嬉しそうな声が聞こえて、それっきり静かになった。


 なんとも不安にさせる。


 まさか、何もかもを溶かしたりしていないだろうな・・?

 そう言えば、"亡者ヲ喰ラウ・・"とか何とか言っていたような?


「おい、ゾエ?」


 呼びかけると、


『・・御館様?』


 どこか微睡んだような声が返ってきた。


「おまえが自由にして良いのは、そこに入っている肉だけだぞ?」


 半魚人だの海蛇だのが山のように入っていたはず。


『ゾエは幸せ者で御座います』


 うっとりとした声が聞こえて、再び静寂が訪れた。


(・・まあ、大丈夫か)


 細剣と小楯は手に持っていた。鬼装した時にも、溶かされずに残っている。最悪、剣と楯が無事なら何とかなる。

 防御力は不明だが、まさか鎖帷子より脆弱ということは無いだろう。


(せめて、溶かされた防具よりマシなら良いんだけどなぁ・・)


 俺は大きな溜息をついた。

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