第40話 死霊の城

 陽が昇り始めると、いつ果てるともなく続いていた死霊、屍鬼達による狂乱も鎮まり、辺りには静けさが戻って来た。


「集合して、身体の状態を確認。交互に見張り」


 俺の短い言葉で、少女達が遅滞なく行動する。

 確かめるまでも無く、全員が無事だった。何度か攻撃を受けていたようだが、その都度、自分で治療して回復しながら戦っていた。

 

 何千・・いや何万という数だったかもしれない。

 死霊も屍鬼も、夜が深まるにつれて強さを増し、夜明けが近付くにつれて弱くなっていった。

 

「武装はどうしましょう?」


「そのまま、あそこを探索しよう」


 俺は砦の跡地を指さした。


 誰にだってわかる事だ。

 あの砦跡は"釣り餌"だ。ここへ獲物を誘い込むための釣り場になっているのだろう。

 

「調査、良いですか?」


 エリカが許可を求めてきた。

 別に、勝手にやっても怒りはしないのだが・・。


「良いよ」


「じゃあ・・リコ」


「うん」


 エリカとリコが連れ立って砦の跡地へと踏み入って行った。

 エリカは俺が習得している探知の上位魔法が使えるらしい。リコは防御の術を得意にしている。エリカの背中を護る護衛役だ。


 ヨーコやサナエと3人で待っていると、エリカがパッ・・と手をあげた。

 何か見付けたらしい。


「魔法の仕掛け?」


「いいえ・・どうやら、地下に術者が居るようです」


 エリカが言うには、下に空洞があって、そこに術者が居るらしい。ただ、生きている感じはしない・・と。


「入り口は?」


「完全に密封された石室です」


「・・ふうん?」


 俺は地面を見回した。

 土が覆って草が生えているが、この下に石で囲まれた部屋があるのだという。


「墓じゃなさそう・・・なんだろうな」


「掘ってみます?」


「・・元に戻せるように、できるだけ丁寧にやってみようか」


 俺が提案すると、


「わかりました」


 全員が頷いた。


 それからは、全員で黙々と土を掘り、石の蓋の全体が見えるまで穴を拡げていった。長さの長辺が25メートル、幅は20メートルほどの長方形だ。石壁らしきものが、さらに地下深くへと続いているようだった。

 

「箱に上蓋を載せた感じ・・これ一枚岩だ」


 ヨーコが石の蓋を調べながら呟いている。


「持ち上がる?」


 リコの問いかけに、


「やってみる。サナ・・あっち持って」


「うん」


 ヨーコとサナエが左右に分かれて、石の蓋の端を掴むと息を合わせて、蓋の両端から持ち上げ始めた。巨大な一枚岩を加工した石蓋だ。相当な重量だっただろうに、わずかに身体を緊張させたかどうか・・。


 あっさりと持ち上がった石蓋の下は、文字通りに箱だった。出口の無い石の部屋だ。

 陽の光が差し込んでいるはずなのに、部屋の中はまるで見えなかった。


「・・先に降りる」


 俺は真っ暗な闇の中へと飛び降りた。


 すぐさま、


「腐蝕だ」


 俺は上で待っている少女達に声をかけた。

 まだ少女達が持っていない耐性だ。

 途端、上方で何やら会議が始まったようだ。

 おそらく、どうやって耐性を手に入れるか、知恵を巡らせているのだろう。


「おまえが、ここの主人か?」


 俺は闇の中に座っている人影に声をかけた。

 肉眼では見えない。ただ、神眼・双なら輪郭を捉えることができた。


『闇沼ノ底ヘ・・何用ダ?』


「単なる興味だ。すぐに去る」


 俺は素っ気なく言った。


『興味・・ソノヨウナモノデ、我ガ死国ノ兵団ニ挑ンダカ』


「死の国・・確かに、みんな死んでたな」


『我ヲ滅スルカ?』


 闇中の声はあちらこちらから移動しながら聞こえてくる。ただ、神眼・双の捉えた人影は中央から動いていなかった。


「それには興味が無い。山賊共が貯め込んでいた宝物があれば・・と思って来たが、どうやら見当が違った」


『山賊・・先夜、我ガ国ニ迎エ入レタ卑賤ノ者共カ・・』


「蓋は閉めておく」


 俺は闇中を眺め回してから上を見上げた。

 少女達がちょろちょろと手を差し入れたり、引っ込めたり・・何やら頑張っている。耐性がつかないか試しているのだろう。


『呪イノ品ダガ、カツテ宝物ト呼バレシ物ガアル。興味ハアルカ?』


「呪いの?」


『興味ハアルカ?』


「ある」


 俺は即答した。


『愚カナ・・』


 闇中の呟きと共に、何かの力が俺めがけてぶつかり、押し包むようにして周囲を埋め尽くしていった。


 しかし、


「何の遊びだ?」


 俺は不機嫌そうに顔をしかめて立ってるだけだった。


『・・・ヨクゾ試練ニ耐エテミセタ』


「何かやったのか?」


『試練ダ』


「・・まあ良い。蓋は閉めておいてやろう。死の国とやらで遊んでいろ」


『我ガ宝物ハ貴様ヲ選ンダ』


「なに?」


『連レテ行クガヨイ・・・鬼装ッ』


 闇中の声と共に、ぬるりとした重たい質量が俺の身体に纏わり付いてきた。

 思わず引き剥がそうと体を動かした時、身体を包み込むように蠢いていたものたちが、急速に萎んでいった。


(ん・・?)


 いつの間にか、全身を硬質の甲冑が覆っていた。


「なんだ、これは・・」


『黄泉路ヲ護ル鬼ノ鎧・・』


「鬼の・・」


『亡者ヲ喰ラウ、闇鬼ノ鎧兜ナリ』


「・・鎧か」


 俺は腕を回して、身体中を摩ってみた。

 全身鎧だった。腕や脚の間接部は布か革か分からない厚地の何かが繋いでいた。

 顔の前は何かの面が被せられているようだが、不思議と視界の邪魔にはなっていなかった。耳もよく音を拾えている。


「良い物だな」


『亡者ノ怨念ニ耐エル者ニシカ纏エヌ・・鬼ノ鎧ナリ』


「・・ありがたく貰っていく」


『マタ来ルガ良イ・・亡者ノ王ヨ』


 闇中の声を背に、俺は上で覗き込んでいる少女達の元へと跳び上がった。

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