第55話 羽虫の悲哀
御者が討たれたことに怒ったのか、4本腕の巨人が猛った声をあげた。
矢で狙っても完璧に防がれる。弓を投げ捨て、腰にさげていた長剣を抜いて、ヨーコめがけて一直線に突進を始めた。
「頭は悪そうだな」
俺はするりと移動してヨーコの前に立ち塞がると、十分に引きつけてから鋭く踏み込みざまに、巨狼の頭を盾で殴りつけ、細剣の刺突を巨人の胸甲に浴びせた。
巨狼は頭部を粉砕されて即死である。
その背に跨がっていた巨人もまた、胸甲から腹部にかけて細剣で刺し貫かれ、地面に転がり落ちていた。
(・・浅いか)
その巨体のおかげで、細剣が心臓まで届かなかったらしい。
まあ、人間のように心臓があったとして・・だが。
血は流れているらしく、白銀色の液体が甲冑の穴からしみ出し、細剣にも付着していた。
(酸や毒とは違うが・・)
触れた指先に痛みを感じていた。
俺は立ち上がろうとして四つん這いになって身を震わせている巨人めがけて近付くと、無造作に細剣を構えて突き出した。
しかし、
ギイィィィ・・・
思いがけない衝撃と共に、金属の擦れる音が鳴り響いて俺の細剣が弾かれていた。
(・・なんだ?)
よく見えないが、透明な壁のようなものが出現して、俺と巨人の間を隔てていた。
「新手か」
またもや光る巨狼に牽かれた大きな馬車が空から向かってきていた。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に、俺は見えない壁めがけて盾を打ちつけた。重たい衝撃を感じたのも一瞬、すぐに壁を破砕した手応えがあって、行く手が開けた。そう感じた直後、俺は真っ直ぐに踏み込んで、何とか立ち上がっていた巨人めがけて細剣を繰り出した。
連続した刺突で、巨人の膝を穿って地面へ転がし、何もさせないままに頭部から頸部にかけて穴だらけにして仕留めると、大きく踏み込んで甲冑の脇下から心臓まで細剣で貫き徹した。
すぐさま、久しぶりの膨大な熱が体に入り込んでくるのを感じた。
「遅い」
俺は上空から飛来した物を盾の一振りで打ち払うなり、残る馬車めがけて跳んだ。
単純な跳躍だったが、上空から向かってきていた馬車からすれば、いきなり行く手に俺が出現したように見えただろう。
先ほどの馬車と同様に、ローブ姿の御者が巨狼の手綱をとっていたが、声をあげる間もなく、細剣で頭部を吹き飛ばされて馬車に鮮血を撒き散らしていた。それと同時に、四頭の巨狼も眉間を打ち抜かれて即死している。
俺は跳躍の勢いのまま、盾を前に馬車の車体めがけて体当たりをしていた。
派手派手しい破砕音と共に馬車が砕かれ、中にいた巨人が剣を手に跳び出ようとする。その頭部を、俺の細剣が貫き徹していた。
「俺には・・効かない」
巨人が血を吐くようにして呪詛を口にしていたが、俺には効果が薄すぎる。わずかな悪寒こそ感じたが、すぐに回復していた。
なおも何かを言おうとする口中へ細剣を突き入れ、喉を貫き、胸甲を貫通させて心臓を射貫くと、蹴り飛ばすようにして跳び離れた。
そのまま地上まで落下する。
「・・全部、ただの体術だったよね?」
エリカがそっとリコに訊いた。
「うん・・魔法も武技も使って無い」
リコが引き攣った顔で頷いた。横で、ヨーコが顔を紅潮させて薙刀を振り上げて喜んでいる。
「相変わらず、とんでもないのぅ」
オリヌシが呆れたように言ってゾールを振り返った。
「あの身体能力は、最早一つの武技ですね」
凶相を歪めるようにして笑みを浮かべた。その腕に愛らしい愛娘を抱いていなければ、凶悪な犯罪者にしか見えない不吉な顔だったが・・・。
「あ・・先生ってば、なんか覚えたっぽいよ!」
サナエが指さした先で、彼女達の先生が宙を蹴るようにして空を走っていた。
少女達がぱっと顔を見合わせ、慌てて巨狼を探して視線を左右する。今の戦いで覚えたとするなら、一番怪しいのは巨狼だ。
先の馬車を牽いていた巨狼がまだ三頭残っていた。ただ、こちらに怯えて近寄っては来ていない。尾は垂れ下がり、遠巻きになって及び腰のまま後退っている。
それへ、少女達が襲いかかった。
魔法が乱れ飛び、斬撃が縦横に放たれ、短刀を構えたエリカが巨狼の首元に出現して襲う。情け容赦ない攻撃で、たちまち巨狼が骸となってしまった。
「むっはぁーーー」
奇妙な声をあげたのはサナエだった。
どうやら、目当ての技が顕現したらしい。
「あ・・」
ヨーコが微妙な顔で声をあげた。こちらは何やら違ったものを覚えたようだ。
横で、
「そんなぁ・・」
リコとエリカが四つん這いに崩れ落ちた。
「リッちゃん、他に馬車来てないの?」
「うぅぅ・・どこにも見えないよ〜」
リコが悲嘆にくれた顔で首を振った。
「どうした?」
俺が戻った時、リコとエリカは膝を抱えるようにして座り込んでいた。
「技を覚えた人ぉ~?」
サナエの掛け声に、ヨーコが挙手した。
「覚えなかった人ぉ~?」
座り込んだ二人が荒んだ視線を向ける。
「・・なるほど」
俺は事態を理解した。
そちらは放って置くことにして、巨人が遺した白い珠を見付けると細剣で貫き破壊した。
例の悲鳴が夜陰を震わせて響き渡り、白い粉になって崩れる。
(白・・ってことは、魔人じゃ無いのか?)
天空人なのだろうか?
始末する前に神眼を使っておくべきだったかもしれない。
さらにもう一つ見つけ出して破壊する。どちらの粉を小瓶に容れておいた。
(この剣も、盾も・・まるで弱る感じがしないな)
傷むどころか強度を増し、細剣は貫通力が、盾は反射力が上がっていっている。これは戦いを重ねるごとに感じていたことだ。加えて、ゾエ・・鬼鎧の方も着心地が増して、俺の動きを全く邪魔しない。乱戦時に受けた魔物の攻撃でも掠り傷一つ負わなかった。
武器も防具も良い物が揃った。
しかし・・。
(あいつに通じるか?)
脳裏に浮かぶのは、沌主だと名乗ったヴィ・ロードとの戦いだ。
傷一つ与えられず、軽く遊ばれてしまった。あの時の無力感がどうしてもぬぐい去れない。いつか、あの沌主に挑戦をして打ち勝たないと、この鬱屈した思いが晴れることは無いのだろう。
弱くは無い。
そうは思うのだが、強いのか・・と問われれば首を縦には振れない。
先ほどのような雑魚なら問題なく処理できる。しかし、南海で出会ったような竜頭人や海竜・・混沌の主である魔人のように強者が存在するのだ。おそらく、あれ以上の存在も居るはずだ。
その時に備え、己を鍛え上げなければならない。
のこのこと馬車で姿を晒して戦闘領域に入ってくるような間抜けが相手では何の鍛錬にもならない。
「迷宮には、手強い相手がいるのかな?」
俺は愛娘を抱いている凶相の男に訊ねた。
ゾールの知識は幅広く、かなりの情報通だった。迷宮都市についても、かなり詳しく知っていた。
「いる・・のですが」
「・・が?」
「そこへ辿り着くまでが長いのです」
「あぁ・・洞窟?」
「洞穴というより、何者かによる造作のような石壁、石床の通路が入り組んだ迷宮が、地下へと何層にも重なって続いております」
「それ・・面倒そうだな」
「ええ、日々の鍛錬に使うには少し・・無駄な時間が多くなりすぎるでしょう」
「ふうむ・・ゾールは潜ったことが?」
「半年ほど滞在して潜ってみましたが、どうにも終わりが無く・・途中で切り上げて地上へ戻った時には、リリアンが掠われておりました」
「・・あぁ、そうだったのか。そうか・・確かに小さな子を連れて行けるような場所じゃないよな」
「我等父娘は、妻の仇を追っております」
「ぇ・・あ、ああ・・奥さんの」
未だに信じられないが、この物騒な顔をした男には奥さんがいたのだ。その奥さんが何者かによって殺されたのだと・・。
「本来なら、どこまでも御身に付き従って参りたい。ただ・・どうしても、あいつの・・我が妻の仇を討ってやりたいのです」
「うん・・俺はまだ結婚した事が無いから・・でも、そういう気持ちになるのが自然なんだろう?」
「・・いつの日か、悲願成就の後に、御身の元へ駆け参じたいと思います。お許し頂けますか?」
青白く底光りする双眸で見つめられ、俺は久しぶりに恐怖耐性が上がったような気がした。
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