第54話 飛んで火に入る・・。
迷宮都市リン・リッドへ向かう道は、大陸でも有数の難所を越えなくてはならなかった。本来は陸路を避けて、海路を船団を組んで進むべきなのだが・・。
この面子が征くのだ。
魔物の巣窟のただ中を食い破るようにして突き進み、魔物の腸を抉り貫くようにして突破していった。
海路なら多少の悪天候にみまわれても20日ほどあれば着ける距離を、陸路で3ヶ月近くかかって踏破することになった。
「強いのが多かったな」
リン・リッドを眺望できる岩山まで辿り着いて、俺達は野営をしていた。
誰1人欠けること無く、ここまで来られたことは誇って良いだろう。
毎日毎日、ウンザリするほどの魔物に襲われ、撃退しながら交互に休みつつ・・毒に倒れた女達を背負い、手足を失った女達を担いで進んできたのだった。オリヌシがつれている獣人の女達は、リコとサナエの治癒魔法が無ければ何人か帰らぬ人となっていただろう。
「今夜は来ませんね」
オリヌシの連れの獣人の女が湯気の立つスープを運んで来た。黒髪に所々金毛が房のように混じっている綺麗な顔立ちの獣人だった。名はアマリスというらしい。
「今夜の当番は俺だ。心配しなくて良いよ」
俺は礼を言ってスープを受け取りつつ星空を見回した。
「ふふ・・心配などしておりません。ただ・・おかしな事ですが、これほど静かな夜は久方ぶりですので居心地が悪い気がしております」
「・・そうだなぁ」
「歩哨に出られたリコ様が何も見当たらないと・・首を傾げていらっしゃいました」
「リコが?」
リコの眼は空から俯瞰するようにして地上を把握する。その眼を逃れて接近してくるのは簡単じゃない。魔法で透明になったくらいでは、たちまち見破るし、地下を潜って近付こうにも熱を見分けるらしく、地表近くに来ると発見する。
「・・あら?」
アマリスがふと何かに気付いて振り返った。
その視線を追って首を巡らせると、愛娘を抱いた凶相の男が近付いてくるところだった。
「異変か?」
「いえ・・ただ、何かが来ると娘が申しております」
ゾールが愛娘を抱いたまま静かに座った。
「来る・・か」
リコに見えていないなら、半径5キロ圏内にはいない存在だ。その何かが来ると言う話だった。
ゾールの幼娘、リリアンは予知を夢見る。
「アマリス、オリヌシを起こしてから、歩哨のリコとヨーコに伝えてくれ。ここに集合しよう」
「はい!」
アマリスが身を翻してオリヌシが眠る天幕へと走った。
待つほども無く、
「魔物ですか?」
ふわりと湧いて出るように、エリカがサナエを連れて姿を現した。
オリヌシを先頭に獣人の女達も近づいて来る。最後尾をリコとヨーコが周囲へ気を配りながら歩いていた。
「リリアンが見たらしい」
「また龍ですか?」
十日ほど前に襲ってきたのは、巨大な黒龍だった。
「さあな・・」
俺達が見つめる先で、リリアンがすやすやと寝息をたてている。あの幼娘は、夢見の予知をやった後は3時間ほど眠り続ける。それこそ、雷が鳴ろうが起きることは無い。
「いつもの通り。リリアンを中心にサナエが中央、アマリス達はその外周、相手の程度が知れるまで、リコは回復組の守護だ」
俺は武装を整えつつ指示を出した。
「ヨーコとオリヌシは突撃準備で待機、エリカは状況を見ながら狙撃とつなぎを・・」
「先生、来たよ!」
リコが声をあげた。
「・・また・・妙なのが来たな」
俺は空を振り仰いで呟いた。
白く光る巨狼が橇のような物を牽いて走って来ていた。
空の上である。
月の明るい夜空を銀光の尾をひくように豪奢な橇が空を奔って近づいて来る。
「警戒したまま待機」
そう言って、俺は細剣の鞘を払わず、そのまま手に提げて巨大な狼4頭が牽く橇の到着を待った。
距離500メートルで兜の面頬を閉じると、細剣を抜いて盾を左手に握った。
正面から近付いて来ていた橇がわずかに向きを変え、大きく迂回するようにして、こちらに側面を見せながら前方上空を横切って行こうとする。白塗りの車体を銀で飾った密閉式の大きな馬車・・・。
御者台には、濃緑のローブを纏った小さな人影があった。
「リコ?」
「届きます」
「やれ!」
俺が言った直後、リコの抜き放った長剣を中心に、青白く光る無数の剣身が宙空に出現した。ちょうど、車体の側面を見せながら横切ろうとしている馬車めがけて、光る剣身が放たれて、吸い込まれるようにして次々に突き刺さっていく。
わずかに馬車の表面で抵抗があったようだが、紙を貫くようにして光る剣身が容赦無く突き立って針山のようになっていった。
「エリカ」
「はい!」
傍らに立っていたエリカが消え、次の瞬間、御者台の横に姿が現れるや双の短刀で御者の首を薙ぎ、鎖骨上から胸中へと突き入れていた。
「手応えは?」
「下に鎧を着てます。防がれました」
瞬間移動して戻ったエリカが短く言った。
「オリヌシ」
「応っ!」
オリヌシが大剣を振り上げ、無造作に振り下ろした。
斬撃を飛ばす。ごく初歩の技だったが、この大男が使うと笑えない威力になる。
高度を下げながらも向きを変えようとしていた馬車が、凄まじい破砕音と共に粉々になって飛び散っていた。
直後に、俺は盾を握って前に出た。
こちらに向かって飛来した巨大な矢を盾ごと体をぶつけるようにして弾き落とすと、巨矢を握って逆に投げ返す。
すでに、破砕された馬車から抜け出た巨人を眼で捉えている。
その巨人が矢を射てきたのだ。
(・・ふうん?)
どうやら自分では飛べないらしい。馬車を牽いていた巨狼の一頭が落ちていく巨人を拾い上げようにして背に跨がらせていた。
巨人は、白色で銀飾りついた甲冑を着ていた。腕は四本あるが、頭は一つ、足は人と同じように2本だけだ。顔の半分以上は兜に隠れているが、口元の感じは女のようにも見える。
俺が投げ返した巨矢を手にした弓で打ち払い、立て続けに矢を射かけてくる。
そのすべてを、俺は無造作に盾で打ち落とした。
一歩も動いていない。
「やるか?」
オリヌシが訊いてきた。
「やってくれ」
俺が頷くと、再びオリヌシの斬撃が放たれた。
今度は巨狼が大きく跳ぶようにして回避していた。続けて放った斬撃も回避される。
「ふん・・すばしっこいのぅ」
オリヌシが斬撃を放つのを止めた。
「ゾール」
俺は巨人を見たまま、凶相の男に声をかけた。
「では・・」
愛娘を足元に降ろし、ゾールが真っ黒い弓を引き絞った。
弦音も何もしない。
ゾールが弦を放したように見えた直後に、重たい衝撃音と共に巨人の胸元に激しい火花が散っていた。わずかに胸甲を削って逸らされたようだ。
影矢という技らしい。完全な無音で飛来する矢である。夜闇の中では非常に見極めが難しく、威力の方もなかなかだった。
「腰がひけおったの」
オリヌシが小さく笑った。
ゾールの影矢を受けて、巨人が慌てたように距離を取ったのだ。甲冑で防げたようだが表面は削られている。かなりの衝撃が徹ったのだろう。
「魔法みたいなのが来ます」
リコが警戒の声をあげた。
「別の奴か」
「さっきの御者ですね」
斜め横から迫って来た青白い雷撃をリコが魔法の障壁を生み出して防ぎ止めた。かなりの威力らしく、歯を食いしばるようにして踏ん張っている。
「サナエ、支援」
「はいっ!」
サナエがリコの近くに駆け寄り、その背に手を触れて呪文を唱える。
圧されそうになっていたリコが逆に押し戻し、奔流のような雷撃が霧散して消え去った。
その時、
「せいっ!」
ヨーコが裂帛の気合いを発して薙刀を振った。
雷撃の閃光を目眩ましに、ローブ姿の御者が槍を手に忍び寄っていたのだ。
重々しい衝突音が鳴り、仰け反るようにして姿勢を乱したのは御者の方だった。弾かれて取り落としそうになった槍を握り、御者が身構えようとしたが、振り下ろされたヨーコの薙刀がくるりと向きを変えて膝頭を斬り払う。一瞬にも満たない僅かな間だが、ヨーコが完全に動きの先を抑えていた。
足甲に薙刀が当たる金属音が聞こえた直後、下から上へ御者の股間から下腹部へかけて薙刀が断ち割って抜けている。
「せいっ・・やぁっ!」
ヨーコは、さらに続けて袈裟に斬り下ろし、返した石突きで胸元を突いていた。
ローブの頭巾に隠れていたのは、白い獣毛をした猿人だった。着ていた甲冑は、薙刀で斬り割られて鮮血に濡れている。
援護するように飛来した矢を俺が弾き落とした時、踏み込んだヨーコの薙刀が猿人の首を撥ね飛ばしていた。
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