第53話 英知の継承

「ここが・・」


 俺達の目の前に、大きな船らしきものがあった。底が平らな、いわゆる平底の大きな船に見える。ただし、全体がつるりと艶のある白い石のような物でできていた。


 場所は、領主の城館があった断崖の地下にある空洞である。

 崖下を流れる渓流に沿って町から溯って来ないと気づけない、川辺に生えたボサを利用した出入り口があり、そこから石を削って造られた階段を上ったり、下ったりすること2時間、こんなところに・・と驚くくらい広い空洞に辿り着いた。

 そこに帆布を被せられたこの平底船らしき物があった。

 

「これも一つの魔導器です」


 声を失った主人に代わって、モーラが説明を始めた。

 

 このような古代の魔導器が、世界にはいくつか遺されているらしく、大国の王家は空飛ぶ船のような物まで所蔵しているそうだ。

 

「個人で所蔵されている方もいますよ?」


「こんなのを?」


 俺は大きな箱のような船を眺め回した。


 俺の疑問に、オルダがモーラを通じて説明してくれた。

 手の平に載るような物から、もっと巨大な物まで大きさも形も様々らしい。ただ共通しているのは、それ単体で永遠に動き続けている魔導の器だということ。風化したり、腐食したりせず、何十年、何百年と存在し続ける。

 現在、ありとあらゆる方法、物理的にも魔導によっても破壊も分解も出来ない、仕組みについては全く謎の物体らしい。


「神々の遺産だという者達もおりますが、うちの・・オルダは古代の人々が造った物だと考え、長年に渡って調べておりました。これは、ゼール公主の所蔵している物とは違います。オルダ自身が古文書などの文献を調べて洞窟に辿り着き、発見した物です。ですから、オルダがどこの誰に譲り渡しても何の問題もございません」


「・・俺に?」


「これ自体にいかほどの価値があるのかは不明ですが、中に魔導の晶石がいくつかあります。魔法を継承しておくことは皆さまのためになるでしょう」


「オルダさんやモーラさんが使ったら良いんじゃないかな?」


「同じ物が複数個あるものは、私と夫で一つ一つ効果を確かめながら使ってみました。ただ、凄く身体に負担がある上に、身体が拒絶するのか弾いて無効になってしまうものがほとんどでしたので全部は無理でした」


 そう言って笑うモーラの横でオルダが頭に手をやって笑顔を見せた。


(この人、かなりやるな・・)


 剣というより長柄の、斧槍か、戦鎚を振っていた身体付きだ。軽く腕をあげて頭を掻いた動きに油断ならない凄みを感じた。


「元、近衛隊の騎士様ですよ」


 モーラが冗談めかして教えてくれた。


「やっぱり! なんか、強そうって思ったんだ!」


 ヨーコがはしゃいだ声をあげた。自分の推察が的中したことが嬉しかったらしい。

 鑑定を使っていれば見抜くのは容易なのに、あえて使わずに自分の勘だけで相手の力量を測ろうとしていたらしい。


(・・・まだまだ、だけどな)


 俺は、モーラを見た。

 こちらも、かなりの使い手だ。ただし、体術はさほどでは無い。だから、気づけないのだろう。内包する魔法力は無警戒にして良いほど弱くは無い。魔法は元々隠蔽性の高いものだから、少女達が気づけないのも無理は無いが・・・。


「貰える物なら遠慮なく」


俺はモーラとオルダを見て頭を下げた。

この上ない贈り物だ。


「身体に負荷があるという事ですが、どの程度でしょう? 命に関わるほどでは無いのですね?」


俺は言葉遣いを改めた。2人が与えてくれようとしている物は、どんなに金銭を積んでも手に入らないだろう代物だ。


「ええ、これも仮説になりますが、10の威力があるものを継承しようとした時、受け手である私達にその素養か何かが不足していると、7とか、5だけが継承される感じで・・・具体的には、火球を出す魔法を継承したのに、小さな火の玉しか出せないといった減衰が見られます。その際、かなりの痛みを伴った衝撃を感じるのです」


モーラ達は、治癒魔法の適性が低かったらしく、せいぜい切り傷を治す程度のものしか習得できなかったらしい。


「・・なるほど」


 苦痛だけで命に別状が無いなら何の問題も無い。


「こちらに綴ったものが、種類と個数になります。中には触れる事すらできない品もあり、全てを網羅できていません」


 モーラに差し出された糸綴じの書き付けに目を通すと、すぐに感嘆の声を漏らしてしまった。


「これは・・凄い」


 2人は随分と謙遜して言っていたが、ちょっと信じ難いほどの数と種類だった。火や風といった基本的なものから、雷や錬金といった稀少なものまであるようだ。魔法の継承石というだけでも珍しい物なのに、これほどの種類が揃っているとなれば、時の権力者ならどんな対価を払ってでも手に入れたがるだろう。

まさに叡知の継承器だ。


「ちょっと見てくれ」


 少女達とオリヌシ、ゾールを読んで書き付けに並んだ魔法を検分した。


「これと、これ・・このあたりの魔法も数が多い。全員で試しておくべきだと思う」


「それは構わんが・・いや、全員というとリリアンや儂の女共も含まれとるのか?」


「一緒に行動するなら、相応の危険が降りかかる。使えないより、使えた方が良いだろう? やるやらないの判断は、それぞれゾールとオリヌシに任せる。こちらの4人は覚えていない魔法を全部試してもらおうと思うけど?」


「やります!」

「お願いします!」

「やらせてください!」

「頑張ります!」


少女達が興奮顔で頭を下げた。

こちらは、痛みがどうのと気にする面々では無い。


「負荷を考慮して、治癒や回復の魔法を優先して覚えさせたいと思います」


 ゾールがうとうとしているリリアンを抱えたまま言った。


「儂のところも、治癒を優先だのぅ」


「よし・・まずは継承石から試してみよう。この魔導器はその後だな」


 そう決めて、みんなで手分けして中にあった魔法の継承石を外へ運び出した。綺麗に並べてから、各人が試していく。すぐに、あちらこちらで呻き声やら、リリアンの泣き声など賑やかなことになった。すべてを試し終えた時には正午を過ぎていただろう。


「貴重なものを与えてくださり、感謝申し上げます」


 ゾールが泣き疲れた愛娘を抱いて低頭した。治癒魔法など回復系統を中心に、自身も幼娘も覚えることができたらしい。


「こちらも助かったぞ。これならば、むざむざ殺されることもあるまい」


 オリヌシも、獣人女達もいくつか覚えることに成功したようだった。

 魔力の量が少ないと、繰り返して使うことすら苦労するので、練度は上がりにくいだろうが、たった1回でも使えるのと使えないのとでは雲泥の差がある。オリヌシ達も、治癒を優先して覚えたようだった。

 少女達も興奮顔で賑やかに成果を話し合っている。ゾール達とは違って、召喚された者達は複数の属性魔法を同時に習得できる特殊な能力があるらしい。威力の強弱はあるにせよ、一通りの魔法を全て継承できたようだった。


 俺は駄目だった。わずかな付与の魔法を覚えたが、他の魔法はどうしようもなかった。まあ、満足すべき成果だろう。少女達が非常識なだけだ。


「さて・・」


 残るは魔導器だ。


「儂は遠慮しておこう。元々、呪いの類は苦手だからの。傷薬がいらんようになっただけで十分だ」


 オリヌシが早々に辞退をした。続いて、異口同音に全員が首を振って後ろへ下がった。口に出して言わないが、小さな継承石の使用だけでも、相当な苦痛と疲労だったのだ。魔導器の大きさを見れば、尻込みする気持ちも分かる。


「まあ・・やってみるか」


 俺は魔導器を見上げつつ、中へと入っていった。

 魔法の継承石が置かれていた小部屋の先に、淡く光る大きな球が置かれているのだ。誰もが一目で怪しいと分かっていたが、迂闊には触れられない感じを覚えていた代物だ。



(・・こいつに、触れば良いんだろう?)


 俺は両手を伸ばして両側から包むようにして球に触れた。


 途端、両手が吸着されたように外せなくなった。直後に、身体を内から灼くような激しい痛みが襲ってきた。さらには、肉が爆ぜ、骨がすり潰されているような幻痛が降りかかる。


(ふうん・・)


 少女達から耐性オバケだと呆れられているのは伊達じゃない。精神と肉体を苛む激しい痛みに晒されながら、俺はがっちりと力を込めて球を保持したまま球を見つめて立っていた。

 5分ほど経った時、今度は周囲の光景が完全な闇に包まれた。続いて真っ白な空間へと周囲が変化し、なおも立っていると元の風景へと戻っていた。



****


固有特性:肉体強化Ⅰ(0001/9999)


****



 新しい特性が顕現したという報せが脳裏に浮かんで消えた。

 名称からどんなものかは想像つくが、随分と地味な感じだ。


(まあ、俺らしいか)


 苦笑を漏らした時、俺の周囲で崩壊音が鳴り響き、魔導器が砂塵となって崩れ消えていった。


「先生っ!」


 少女達が駆け寄ってきた。


「どのくらい経った?」


「2時間くらいです」


「そんなにか・・」


 感覚的には2、30分といった感じだったが・・・。


「何か魔法を覚えたのか?」


 オリヌシが訊いてきた。


「それが・・」


 肉体強化の特性を一つ覚えただけだと伝えると、その場の全員が微妙な表情になった。 肉体強化というのは魔技にも武技にも似たようなものがあり、さほど珍しいものでは無かったし、効果のほども微妙なものだった。


「ともかく、新しい力を得たことは有り難い。感謝します。オルダさん、モーラさん。ありがとうございました」


 俺は見守っている二人に向かって深々と頭を下げた。

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