第52話 古代の遺跡

 古代の遺物で、知識を貯めておく記録器というものがある。


「あんな物、王族以外で所蔵しとる奴がおったのか?」


 オリヌシは見知っているような口ぶりだった。


「簡単に言うと武技や魔技を身につけることができる魔導器だの。極稀に迷宮都市で発見されるらしいが、貴重すぎるので奪い合いで血の雨が降るという代物だ。おぬしには、あれを手に入れる当てがあるのか?」


 オリヌシがゾールを見た。


「サージャ王子がこの町を訪れた理由を?」


 逆に、ゾールが訊き返した。


「そういえば分からんな。良い町だが・・・あの領主に支援の申し入れでもやっとったのか?」


「ゼール公国は今でこそ小国だが、かつてはこの辺り一帯を領地にしていた旧来の名家だ。カダ帝国やトワ王朝に並ぶほどの・・というと大袈裟になるが、古代の魔導の英知を数多く秘蔵している」


 その魔導品の中に、武技や魔技を継承する晶石が含まれているのだとか・・。

 まったくの与太話のようだが、ゾールが語ると、とんだ怪談のようだ。


 俺は、少女達の顔を見た。

 即座に、全員が首を振った。


 領主の城館はくまなく探索し、金品はもとより、書物から布地、家具や食器類、調理具まで持ち出している。その中には、ゾールが話したような物は無かったはずだ。

 しかし、ゼール王家は所蔵しているらしい。


「そこの宿のご主人がそうした魔導の道具について手掛かりを知っております」


 ゾールが指さしたのは、俺達が泊まっていた宿である。


「・・そんな貴重な物を、町の・・ただの宿の主人が?」


 オリヌシが率直な疑問を口にした。


「奥方はゼール王家の傍系・・・ゼールを離れてから代を重ねておりますが、ユシール家のご息女です」


「ゆしーる?」


 俺が知るわけが無い。少女達も知らない。

 

「なるほど!」


 オリヌシが自分の膝を叩いて派手な音を鳴らした。

 すぐさま、


「子が起きる」


 ゾールが苦情を言った。


「おう、すまん!」


 謝る声も大きい。


「それでか。儂を使いにして、宿の主人を領主の城へ呼びだしたのは・・」


「サージャ王子が、領主に話を漏らしたのだろう」


「なるほどのぅ・・そういうカラクリか」


「元々、あの領主の城は、ゼール公国の離宮だ。この町はその城下町だった」


 ゾールという男、ずいぶんな物知りだった。


「話を戻すようだが・・その魔導の石を宿屋の主人が持っているのか?」


 俺は宿の扉へ眼を向けた。


「サージャ王子はそう考えたようです」


「実際は?」


「宿の主人・・モーラ殿がお詳しいかと」


「・・もーら? 宿の女主人の名前か?」


「はい。まだ、この子が生まれる前になりますが、私はあのモーラ殿に命を救われたことがございます」


 戦いの中で毒を塗った武器で傷つき、高熱の中で彷徨い歩いているところを、旅をしていたモーラ・ユシールに拾われ看病を受けたそうだ。


「・・それを俺に言ってしまったら、恩を仇で返すことにならないか?」


 俺はゾールの目を見た。ぴたりとその視線を受け止めてから、ゾールが仄かな笑みと共に低頭した。


「モーラ殿から伝言を頼まれました」


「俺に?」


「ご主人の命の恩人に、何か恩返しがしたいと・・ご本人の口調そのままに申し上げます。 カビの生えた本や知識じゃ釣り合わないけど、そんなもので良ければ幾らでも差し上げたい・・と」


「驚いたな・・なんというか」


 俺はサナエやリコの顔を見た。少女達も驚きで目を見張っている。


「その、モーラさんは?」


「・・お待ちです」


 ゾールが宿を見た。

 どうやら、ただの人相が悪い男じゃ無かったらしい。

 娘のリリアンが襲われたのにも、何かゼール王家絡みの陰謀策略が関係していたのだろうか。


「とにかく、話を聴いてみようか」


 俺は清浄の魔法で手の汚れを落とし、テーブルに勘定を多めに置いて立ち上がった。


「あまり、ぞろぞろ行ってもいかんだろう。聞けば、いらん欲が出るかもしれん」


 オリヌシ達はこのまま外で待っていることになった。

 

 俺と、エリカ、ヨーコ、サナエ、リコ。そして、ゾールとリリアン。

 7人で宿の階段を上っていくと、受付のところで、宿の女主人と鍛冶屋の主人が並んで待っていた。

 脇には長机が置かれて、書物や木箱に収まった魔導具らしきものなどが積まれていた。


「ゾール様、無理を申しました。ありがとうございます」


 女主人がゾールに向かって静かに頭を下げた。


「いえ・・」


 短く応じて、ゾールがリリアンを抱いたまま壁際までさがる。


「私はモーラ・ユシールと申します。夫・・オルダの命をお救い頂き、ありがとうございました」


 女主人が低頭すると、並んでいた筋骨逞しい鍛冶屋の主人も頭を下げた。


「このとおり、主人は声を失っております。呪いや病では無く、自らの誓約によるものです」


「誓約・・」


「ゼール公国が継承する古代魔導の知識を他へ漏らさぬようにするため・・主人は誓約魔法によって声を捨て去りました」


「・・声を・・自分から」


「おかげで、口論にもならず、夫婦円満に過ごせております」


 モーラが微笑した。横で、いかにも武骨そうな鍛冶屋の主人が白い歯を覗かせる。

 

「俺は、シン。この花妖精の身体に転生した異世界人・・らしいのですが、前後の記憶を失っていて自覚はありません」


「エリカです。ヤガール王国が行った召喚の儀式で喚び出された異世界人です」


「同じく、ヨーコです」


「リコです」


「サナエです」


 俺に続いて、4人が名乗って小さくお辞儀をして見せた。


「やはり・・異世界の方でしたか。この世では稀少であるはずの収納魔法を当たり前のように使っておられましたので、恐らくは異世界の方だろうと思っておりました。召喚で大変に辛い思いをされているでしょうが・・貴女達が来てくれたおかげで、主人の命が救われました。改めて、御礼を申し上げます。本当にありがとう」


 モーラが4人を前に、深々と頭を下げた。

 まるで謝罪をするかのような物悲しい表情だった。


「この世界は嫌いです。私達、本当にひどい目に遭いましたから・・」


 リコが言った。相変わらず思った事をずけずけと言葉にする。


「先生が・・シンさんがいなかったら、私達はもっとひどい事になっていました。シンさんに助けられるまでは、この世界の人全部を憎んでいました」


「・・うん、私も嫌いだった」


 サナエが呟くように言った。


「そしたら、シンさんにぶっ飛ばされました。死ねと言われました。自分でやれと言われました。なのに、危なくなったら・・・自分達で頑張って困ったら助けてくれました。シンさんが・・先生が助けてくれたんです。何度も助けてくれたんです。先生がいなかったら、私達・・とっくに心が壊れて、死んだようになってたと思います!」


 火が着いたようにモーラを睨んでいたリコが、大きく息をつきながら身体の力を抜いた。その背を、ヨーコが腕を回して抱き締めた。


「今は、そんなに嫌いじゃないですよ。もうお父さんやお母さんの顔は見られないんだなって・・それはとても悲しいけど、そこは我慢します。しなくちゃ生きていけないから」


「まあ恨み話は、また別の時にやれ」


 俺は苦笑気味に声をかけた。

 リコ達の気持ちは分かるが、この世界を代表してモーラと主人が責め立てられるというのも可哀相だろう。この先が言いたければ、ヤガール王国へ行って、国王の襟首を掴んで言ってやれば良いのだ。


 寄り添うように抱き合っていた4人が涙ぐんだ顔で頷いて見せ、大人しく後ろへ下がった。


(・・それも良いかもな)


 リコなら、王侯貴族に関係無く、堂々と苦情の申し立てをやるだろう。

 いつかそういう場面を見てみたい気もするが・・。

 そろそろ、脱線した話を元へ戻す頃合いだろう。


「率直なところ・・俺達の旅に役立つ物はあるだろうか?」


 俺は二人に尋ねた。

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