第51話 奇妙な面々

「おうっ! 大将っ!」


 オリヌシが手をあげた。

 夜が明けるまで、宿の扉の前に座っていたのだ。周囲で毛布を羽織って眠っていた女達が慌てて身を起こした。


 通りの向こうから、俺を先頭にヨーコ、リコ、エリカ、サナエ・・と連れ立って歩いてきていた。まだ武装はそのままだ。


「サージャ王子はどうした?」


 声をかけたオリヌシに、


「首にした」


 俺は布に包まれた丸いものを放り投げた。

 妖蟲を呑ませた上で尋問し、死んだので首を落として持って来たのだ。


「もはや、別人だのぅ」


 袋の中を覗き込んだオリヌシが軽く顔をしかめた。


「小さな子供に蟲を呑ませるような外道だ。楽に死なせるのはまずいだろう」


 俺は周囲を見回した。

 凶相の男が見当たらない。

 

「リリアンが着替えをしとる。今は宿の中だ」


「ああ、そうか」


 俺はサナエとリコを振り返った。


「様子を見てきますね」


 すぐに、2人が連れ立って宿へ入っていった。治療は万全のはずだったが・・。


「ここでも戦いがあったのですか?」


 ヨーコが宿の周囲を眺めながら言った。

 石畳に破損があり、黒く焦げた痕も残っていた。


「転移の魔法を使う奴が来おった。2人だ」


 オリヌシが赤鎧の老人と初老の執事について語った。


「ふうん・・今度はどこの使いかな?」


「さあのぅ・・仕留め損なった、すまん!」


「用があるならまた来るだろ。それより、どこかで食事に・・」


 言いかけて振り返ったところへ、宿の扉が開いて凶相の男・・ゾールが姿を現した。後ろをサナエとリコに挟まれて手を握られた幼娘がご機嫌な様子で歩いている。身体の方は大丈夫そうだ。


「薔薇騎士のリオウ・ドラスデン。執事の方はユン・サージェス。ゼール公国、公主直属の薔薇騎士団の団長と副団長・・・どちらも"元"ですが」


 ゾールが言った。


「薔薇?」


「そういえば、地面から茨を出しおったの」

 

 オリヌシが鼻を鳴らした。あと一歩で仕留め損なったのが悔しいらしい。

 執事が使った黒い珠・・あれをゾールが投針で撃ち落としたのだが、弾みで派手な爆発を起こした。その爆発に紛れるように、転移をして消えていったのだ。


「変わった奴だな」


 俺は穴だらけになった石畳を見回しつつ、ふと通りを渡ったところにある店に目をとめた。何かを焼いている良い匂いが漂ってきていた。


「先生ぇ・・」


 サナエとヨーコが甘えた声を出して寄ってくる。


「あそこにしようか」


「賛成っ!」


 エリカが手をあげた。リコが抱え上げたリリアンをささっとゾールへ渡して、大急ぎで駆け寄ってくる。

 

 今は朝食こそが最優先事項であった。


「ちょっと食べよう」


 俺は急ぎ足に店へと向かった。

 ちょうど準備中で、軒先へテーブルを出し、布を被せたりしているところだ。

 店の人に挨拶をしつつ、ヨーコ達を動員して、テーブルセッティングを手伝うと、たちまち準備が整った。

 

 若い奥さんが、苦笑しつつも注文を取ってくれた。


「ゾールさんとリリアンちゃんは、そこのテーブル。オリヌシさんは椅子が壊れそうだから、その長椅子にしましょう。女の人は良いようにテーブルを動かして」


 場を仕切って、テキパキと指示をしているのはリコである。

 ヨーコとエリカはお盆を手に、厨房で出来上がった卵料理やパンを盛った籠を運んで、それぞれのテーブルに配膳していた。そこへサナエが一抱えもありそうな木の樽を次々に収納から出してテーブルの横へ置いて回る。中身は果実を搾ったジュースだ。


「リッちゃん」


「あっ、そうね」


 サナエに促されて、リコが小さな布きれを取り出し、リリアンの胸元に巻いてあげる。


「さあ、先生っ、号令をお願いします!」


 ヨーコが全員が椅子に座るのを待って俺に声を掛けた。


「じゃあ、頂こう・・じゃなかった、ええと・・いただきます」


 俺は、ヨーコ達に教わった掛け声を唱えて胸の前で手を合わせた。


「いただきます!」


 ヨーコ達が唱和する。見よう見真似でリリアンがそれらしい動きをし、ゾールとオリヌシが戸惑った顔を見合わせて苦笑を漏らした。特に、ゾールなどは、こんな明るく広々とした場所で幼い娘と食事をするなど初めてのことだ。


「はい、腸詰め、茹で上がったよぉ~」


 奥から声が聞こえた。

 瞬間、エリカの姿が消えた。

 ほどなく、大きな深皿を抱えて瞬間移動で姿を現した。


 ヨーコとサナエが歓声をあげて手を打ち合わせる。


「・・・なんというか、凄い物を見せられとるんだが・・いつも、こんな感じか?」


 オリヌシがゾールに声をかけた。

 瞬間移動など、ほいほい見れるようなものではない。伝説級の秘技に分類される技だろう。

 いや、そもそも、この少女達は収納魔法を当たり前のように使っているが、収納魔法も滅多にお目にかかれない希少な魔法だった。


「この数日の付き合いだが、驚かされる・・色々と」


「おとさん・・これ」


 膝の上でリリアンが握りしめた匙で炒り卵を掬おうと奮闘している。その内、匙を捨てて手掴みしそうだが・・。ゾールは手伝って口へ運んでやった。

 こんなにも大勢で、明るい場所で食事をするなど、リリアンにとっても初めての経験だ。きょろきょろと、みんなの顔を見ながら、嬉しそうに食べ物に手を伸ばしている。もっとも、ぼろぼろと口の周りにこぼしていたが・・。


「大将」


「ん?」


 オリヌシから呼びかけられた時、俺は熱々の茸豆のスープにパンを浸して齧り付いていた。


「北へ向かうなら、しばらく一緒に旅がしたい」


「・・俺達と?」


「うむ・・いや、邪魔になるのは分かる。この図体だし、どうしたって目に付くからな」


「そっちの女達はどうする?」


「もちろん、連れて行く」


 当然のように言った。その言葉に、側にいた女達が一様に表情を明るくした。


「ふうん・・ゾールは?」


 俺は、膝に愛娘を乗せた凶相の男を見た。


「お許し頂けるならば・・途中までご一緒したく」


「そうだな・・まあ、良いけど。俺達が北に向かってるのは確定なの?」


「リン・リッドに向かわれるのでは?」


ゾールが問いかけるような眼差しを向けてきた。


「この辺りを旅しとる冒険者が迷宮都市を素通りはあるまい?」


オリヌシが当然のような顔で言う。


「迷宮?」


「ダンジョン、きたぁ!」


 サナエが声をあげた。


「だんじょ?」


 リリアンが父親の凶相を見上げる。


「大陸中に・・樹が根を張るように枝分かれした洞窟が拡がっているのだと言われておりますが、地上に通じる出入り口は滅多に出現しません。リン・リッドの迷宮口は東大陸では数少ない迷宮口の一つです」


「迷宮・・迷宮口か」


なんだか面白そうだ。


「儂は狭っ苦しいのが苦手でな。滅多なことじゃ潜らんのだが、リン・リッドの迷宮口から入った洞窟は広々しとって入りやすいぞ」


「ふうん・・・迷宮ねぇ」


「僭越ながら・・」


 凶相の男が静かに会話に入って来た。膝では愛娘がお腹にしがみつくようにして眠り始めている。


「街を出る前にぜひ会って頂きたい人物がおります」


 真剣に何かを言おうとしているのだろう。凶相に凄みが増している。

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