第50話 サージャ、散る。

 ゼール公国ルテンバール騎士団が整列していた。

 サージャ・レド・ゼールに忠誠を誓った騎士達である。


 小豆色の騎士服に、魔導殻を素体にした白銀の甲冑を着け、純白の外套を羽織った男達は、純血主義のサージャ・レド・ゼールの嗜好をそのまま体現する戦闘集団。半妖のみならず、先祖のどこかで僅かでも獣人の血が混じっている者にとっては悪夢のような、残虐で非道極まりない執行者達だ。


 パーリンスの町を護っている城壁には東西に一つずつ大きな外門がある。

 ルテンバール騎士団は、五百余名の団員をふた手に別けて、東西の城門前に集結していた。

 パーリンスの町中に住み暮らす者達の八割が、妖精か獣人の混じり者であるという報告を受けている。

 ルテンバール騎士団は、殲滅戦を行うことを命じられていた。

 八割の混じり者を含む町人全員を殺害すれば、総代を弑逆した者達を殺すことが出来る。巻き込まれる二割の者達は尊い犠牲として神の御下へ導かれるであろう。


 単純で明快な作戦である。

 町の出入り口を封鎖し、開門と同時に突入。家という家に火を放ち、動く者はすべて殺害すればいい。迷いなく行動できるため、細かな指示や連携は必要無い。


「ゼール公旗、掲げぇーー!」


 西門を任された隊長の男が声を張り上げた。

 夜明けまで、まだ少しの間がある。

 町は夜陰で冷えて静まり返っていた。

 西門に降ろされていた鋼の格子が、ゆっくりと持ち上がり始めた。内部の協力者達が城門を開ける手はずになっている。すべてが予定通りであった。


「種火を移せ!」


 隊長の号令で、騎士達が筒に保管していた種火を手持ちの油壺へと近づけた。たちまち、無数の炎が灯った。西門前が一気に明るくなる。


「た・・たいちょ」


 騎士の誰かが声をあげようとした。

 隊長が気配を感じて振り向いた。

 そこに、大きな男が居た。身の丈が三メートル近い、化物のような巨漢である。


「きさ・・」


 なにかを言いかけた隊長が半分になって、ちぎれ飛んでいった。

 遅れて、地響きと共に地面を叩き割ったのは、とんでもない長さをした大剣であった。巻き込まれて、8人の騎士が残骸となって飛び散っている。

 胴鎧、手甲、脛当てという野盗と変わらぬ粗野な甲冑姿に、鉢金をかぶった大兵は、火でも噴きそうな形相で騎士達を睨みつけるなり、地面に食い込んだ大剣をそのまま真横へ払った。分厚い鋼の塊が小枝でも振るかのように鋭い風切音を鳴らす。

 肉も鋼も無い。当たった騎士は等しく砕け散り、飛散した。


「行くぞ」


 ロドのオリヌシ。西域の戦場では知らぬ者のいない狂戦士だ。

 オリヌシが声も出せずに硬直している騎士達に向かって大きく踏み出した。馬も人も恐怖に震えて恐慌に陥った。

 そして、鏖殺が始まった。

 楯で受ければ楯ごと腕が引きちぎれ、剣をかざせば剣ごと体を圧壊される。3メートルを超える剣身が旋風のように振られ、残像すら眼で捉えられない。すべてが誰かを狙って振られ、無駄に見せる事をせずに騎士達を打ち砕いて大地に散乱させていった。

 人も馬も鎧も楯も等しく打ち砕かれて大地に撒かれた。


「・・ふん」


 オリヌシは長大な大剣を振って血肉を払うと、のしのしと歩いて城門へと戻っていった。 最強の呼び声高いルテンバール騎士団の最期であった。


「オリヌシ様」


 門内で待っていた三人の女が拭布と酒瓶を抱えて駆け寄ってきた。


「おう! 待たせたか?」


「いいえ、聖導院と行き来しておりましたから」


 いずれも、美しい顔立ちをした若い獣人の女ばかり・・。レドナンド侯爵の館から助け出された女達であった。


「ちと数がおった。もう夜が白むの」


 オリヌシは、にわかに明るくなってきた空を見回した。


「東門は・・まあ、あいつだからの」


「騎士達は、眠ったまま息を引き取ったそうです」


「・・不憫だのぅ」


 剣だの槍だの乗馬だのと血反吐を吐きつつ訓練に励んできて、最期は鍛えた腕をふるう事なく毒殺されたのである。哀れとしか言い様が無い。

 オリヌシの理不尽な剣風に巻き込まれた騎士達も十分に不憫だったが・・。


「我等が大将は?」


「サージャ王子を尋問しておいでです」


 栗色の髪をした女がオリヌシの背に回りながら、逞しい身体に着いた返り血を拭っていた。


「まあ、うちの大将は剣呑だからのぅ・・死に様は見れたものじゃなかろう」


「・・蟲を呑まされての窒息でした」


「おまえ、見とったのか?」


 オリヌシの大眼が、真っ赤な髪をした大柄な女を見下ろした。


「恨みが・・ございました」


 女が燃えるような強い眼差しを返す。


「おう!一太刀入れたか?」


「はい、シン様のご配慮により」


「ようやった!」


 俯く女の背を軽く叩いた。十分に手加減したつもりだが、半ば吹っ飛ぶように体を浮かせて、女は涙を浮かべて咳き込んでいた。それでも、嬉しそうに笑顔を見せる。


 オリヌシは女達を引き連れて、広場の片隅にある宿屋の前まで歩くと、大剣を扉脇の石壁に立てかけて座った。


 付き従って来た三人の女達がすぐ隣に固まって座った。主人と侍女達といった風情だが、オリヌシが頼んだ訳では無い。女達の方から申し出てきたのだ。


「・・おう、そっちも終わったらしいの?」


 不意にオリヌシが声を出し、女達が驚いて周囲を見回した。

 いつからそこに居たのか、ぞっとするほどに冷えた凶刃の眼をした男が立っていた。酷薄な性情を想わせる口元がわずかに開いた。


「鍛冶屋の護りに加わるよう命を受けた」


「慎重だの・・」


 オリヌシは大剣に手を伸ばした。


「そちらは任せて良いかのぅ?」


「引き受けよう」


 ゾールが頷いた。


「おまえ達、宿の中へ入っておれ」


 オリヌシに言われて、女達が宿の扉を開けて中へと入って行く。続いて入ろうとして、ふとゾールが足を止めて西の空を見た。


「魔導・・転移だ」


「ほう?」


 ゾールの視線を追うように眼を向けた先で、広場の石畳を輝かせるように魔導の紋が描き出され、二人の人影が唐突に出現した。


 オリヌシは大剣を握って立ち上がった。

 一人は、赤染の重甲冑を着込んだ初老の武人。

 もう一人は、執事服の下に鎖を着込んだ老人である。


(・・やるの)


 オリヌシは大眼をわずかに細めた。ふと気付いて振り返ったが、ゾールの痩身は消えていた。


 やり合って負けるとは思わないが、無傷で勝てるという気もしない。そんな男が二人、光を失った転移陣を踏み消すように静かに歩いてくる。


「率爾ながら、お尋ねします。こちらにサージャ・レド・ゼール様は御出でしょうか?」


 執事風の老人が声を掛けてきた。


「町中への転移は禁じられておる・・と聴いたことがある」


オリヌシは大眼に2人を映しながら話しかけてみた。


「火急の用がありましてな・・」


「用とは、儂が護る宿屋に対してか?」


「この場で申し上げるわけには参らぬ。サージャ・レド・ゼール殿にお目通り願いたい。お取り次ぎを願えないだろうか?」


 甲冑姿の老武人が言った。


「儂は我が主より、この場を護るよう命ぜられておる。許し無く取り次ぐことは出来んな」


「ほう・・お主の主人とやらは、サージャ王子とは別かな?」


「別だ」


 オリヌシに握られた大剣の柄がぎしりと音を鳴らした。総身に力が漲っている。



 --- 不退転



 腹を割かれ、剣を突き立てられても大剣を振り払う。避けることも、退くことも眼中に無く、ただ前に踏み出て大剣を振い続けるという捨て身の技能だ。


 これには、老武人も執事も困惑気味であった。

 互いに無事では済まない間合いだ。

 迂闊に近付きすぎていた。自分たちに自信があった故の過ちである。慎重に、この大男の力量を測るべきだった。ただの怪力男などでは無い。


「・・伝言を頼めぬか?」


 老武人が刺激を与えないよう、ゆっくりとした口調で声を掛けた。

 だが、オリヌシはすでに忘我の淵にある。その大眼は、二人を見ているようで何者も映していない。ただ動く者、その先を抑えて動くことに集中していた。


「旦那様・・」


「動くな、ユン」


「見事な衛士ぶりだが、あまりに頑迷に過ぎると、主命を違うこともある」


 老武人が軽く地を蹴って弾むようにして前に出る素振りを見せた。

 ほぼ遅滞なく、オリヌシの大剣が振り下ろされた。

 老武人は、分厚い大剣の腹を撫でるように柔らかく触れていなし、一転鋭く前に踏み込む。その手に、抜き打ちに鞘を払った長剣が光った。

 しかし、一度は振り下ろされたはずの重厚な大剣が、吸い寄せられるように老武人の腰めがけて舞い戻っていた。地面すれすれから跳ね上がるように大剣が迫る。上へ思い切り跳ぶか、屈んでくぐるしか逃れる術は無い。そして、逃れたところで、次の斬撃は回避不可能だろう。

 まるで軽い細剣でも振るように、分厚い大剣が鋭く激しく迫り来るのだ。


「おしい、武者だが・・」


 紅甲冑の老武人は苦渋の表情を浮かべつつ、長剣を逆手に足下の石畳に突き立てた。


「ぬっ!?」


 オリヌシが声を発した。

 打ち払った大剣が重たい手応えと共に受け止められてしまったのだ。自身の剣撃をここまで柔らかく受け止められるなど、かつて経験の無い事態であった。


「木・・蔦か?」


 オリヌシの大剣を受け止めたのは、石畳から突き出して生え繁った棘の生えた蔦だった。これこそが、紅甲冑の老武人の秘術である。一本一本が女の胴回りほどもある太い蔦が、薔薇だと理解するまで数瞬かかった。大剣は四本を断ち切り、五本目で止められていた。

 だが、


「ふっ!」


 オリヌシが鋭い呼気を吐いた。


 途端、オリヌシの巨体を中心に熱風のように大気が圧し拡がり、引きちぎれるようにして薔薇が大剣から外れて押し流された。

 秘術が生み出した薔薇が、たった一本の大剣を止められないのだ。

 信じ難い怪力である。

 回り込むようにして長剣を手に迫っていた紅甲冑の老武人が驚愕に眼を見開いて慌てて身を捻る。

 そこへ、オリヌシの大剣が真っ向から降った。激しい金属音を鳴らして、老武人が吹き飛んだ。半分は、自分から跳んだのだったが、その程度で威力を消せるほど甘い剣撃では無い。


「旦那様っ!」


 声をあげた老執事が駆け寄ろうとした。その背をオリヌシの大剣が追い打った。

 しかし、老執事も歴戦の強者なのだろう。主人を心配して駆けつけると見せて、掻き消えるように地を蹴って移動したかと思うと、手元から黒い珠を立て続けに投げ放った。


 しかし、


 チ、チ、チ・・

 

 小さな金属音が鳴り、投げた筈の黒い珠が逆に老執事の方へと舞い戻って行く。


「くっ・・」


 右へ左へと地面を蹴って、老執事が走る。オリヌシとは別の相手がどこかに潜んでいる。何者かが針を投げ打ったのだ。すぐ近くに潜んでいるはずなのに、その存在を視界に捉えることも、気配を感じることすらできなかった。


 老執事の額に冷たい汗が噴いていた。

 見る者が見れば、老執事を狙って細い針が飛来していることが分かるだろう。


「ユン!」


 紅甲冑の老武人が吠えるように声を掛けた。直後、黒い珠が炸裂した。

 くぐもった爆発音が早朝の広場を震撼させた。



=====

4月16日、コッソリ誤記修正。

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