第56話 別れ

「顔に似合わぬ良い男だったのぅ」


 ゾール父娘を見送って、オリヌシが唸るように言った。自分を棚にあげて、人は見かけによらんとは、あいつの事だ・・と感心したように言っている。


 リリアンは気丈にも泣かないように頑張っていたが、サナエとヨーコが泣き出してしまい、せっかくの幼女の頑張りも瓦解してしまった。結局、リコやエリカも加わって、わんわんと泣き声の大合唱になってしまい、つい今し方まで別れを渋っていたのだった。


「おまえも行くのか?」


 すでにリン・リッドまで数日の場所まで来ている。この先で街道に出れば、後は平坦な道程らしかった。


「儂もこの辺までだのぅ・・女どもの故郷は西の大陸だ。どうであれ一度は訪れてみようと思うとったし・・まあ早い方が良いだろう」


「そうか」


 俺は寂しくなるな・・と大男の背を叩いた。


「なに、用が済めばまた戻る」


「別の町に行っているかも知れないぞ?」


「勝手に追うさ」


 オリヌシが大きく手を振りかぶって横殴りに手を振ってきた。


「分かった」


 俺は同じように手を振って、オリヌシの掌を目の前で受け止めた。


「これを涼しい顔で受けられては、もうお主に惚れるしかなかろう!」


「気味の悪いことを言うな」


 俺は苦笑しつつ、オリヌシと掌を握り合った。


 今度は、アマリス達とエリカ達が抱き合って泣きだした。わずかな旅路でずいぶんと打ち解けて仲良くなっていたらしい。まあ、毎晩のように魔物に包囲されて殲滅戦を繰り返してきたのだから、戦友のような感覚が芽生えてもおかしくはないのだが・・。


「戦利品は西大陸で売る」


 オリヌシが背負った袋を示しながら言った。


「ああ、俺達はこっちで売り捌く」


 場所が近いと値崩れしかねない量がある。稀少な品こそ注意して売り捌かないといけないものだ。


「・・ではな!」


 オリヌシがじっと俺の顔を見てから踵を返した。そのまま大股にのしのしと歩いて去って行く。


「気をつけて行け。あまり人が良すぎると、また騙されるぞ」


 俺は巨漢の背中へ声を掛けた。余計なお節介なのだろうが・・。

 アマリス達がこちらにお辞儀しつつ、小走りになって追いかけていく。


 何だかんだと情に厚い大男だ。知り合いが人質にされただけで知恵も無く囚われ、死にかけていたくらいに・・・。

 だからこそ、獣人の女達に信頼され懐かれているのだろう。



 遠ざかっていくオリヌシ達の背中を見送って、柄にも無く感傷に浸っていると、


『御館様・・』


 ゾエの声が頭の中に聞こえてきた。


(どうした?)



『先日の黒龍の処理が終わりました』



(おう・・)


 かなり巨大な竜だったが、わずか数日で食べ尽くしたのだろうか。



『血、鱗、角、牙、爪、骨、眼球、軟骨、腱、肝、膵臓、脾臓、心臓、胃袋、腸、翼膜に分別して御座います』



(ずいぶん多いな・・)



『いずれも価値あるもの故』



(ふうん・・珍しく臓物を食わなかったのか?)



『栄養価の高い珍味故、御館様にも味わって頂きたく』



(・・そうか。迷信のように龍の力が身につくなら面白いけど)



『さすがにそれは・・ただ、これほどの巨龍は滅多に狩られるものでは御座いません。人の身で食した例など無いかも知れません。貴重な物です』



(耐性なんかが付いてくれると良いんだが・・)



『ならば熱で変異させるよりも、生食されることを推奨いたします』



(生か・・俺は良いが・・)


 俺はちらと少女達を見た。目元を腫らして寂しそうに立っている。



『形が見えぬよう、少量ずつに切り別けては如何でしょう?』



(そうだな・・塩や胡椒で味を付けても良いのか?)



『それは問題無いでしょう』



(よし、食用に薄切りしてくれ)



『畏まりました』


 ゾエとのやり取りを終えて、俺は無限収納から調理用に買っていた香辛料や薬味用の根菜を取り出した。



「・・先生?」


 俺の動きに気付いて、ヨーコ達が寄って来た。


 ざっと説明すると、


「龍の血・・血って飲めるもの?」


「心臓って・・ハツ? ハツよね?」


「生レバー・・」


「レバ刺じゃん! 新鮮なら大丈夫じゃない?」


 4人が何とも言えない表情で囁き合う。


「無理には勧めない。とりあえず、俺は食べてみるけど」


 俺はちらと収納を見た。

 どうやらゾエが試食の準備を調えてくれたようだ。


「念の為、周囲に危ないのは居ないかな?」


 俺はリコを見た。


「大丈夫です」


 リコが頷いた。サナエが魔除けの結界を張っておくと言って、地面に図柄を描いて回った。その間に、ヨーコとエリカが根菜を摺り下ろしたり、刻んだりして準備をしていく。内臓の生食にはそれほど抵抗が無いらしい。唯一、"血"を飲むことだけは乗り気では無さそうだった。


「まず生で食べてみよう。龍の内臓だ。何かの耐性がつくかもしれない」


 俺が言うと、少女達の眼が見開かれた。

 

 たちまち、簡易なテーブルが用意され、清潔な白布が掛けられ、タレの入った小皿が人数分並び、箸、フォーク、ナイフ、スプーンが置かれる。薬味を持った皿、そして解毒薬が入った瓶なども用意された。

 気合い十分である。


「よし・・」


 俺は無限収納に手を入れて、全種を薄切りにして並べた皿を取り出して、それぞれの前へ置いていった。さらに、やや青みがかった血が入った小瓶を並べる。さいごに、小鉢で配ったのは、どろりとした得体の知れないものだった。


(まあ・・眼だろうな)


 俺はあえて説明せずに、少女達を見回した。


「いただきます」


 胸元で手を合わせる。

 すぐさま、4人が唱和して手を合わせた。

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