第27話 島での暮らし

 食糧事情は、心配するほど悪くならなかった。

 島の周囲は魚貝類が豊富で、食べられる海藻も多かった。島内でも、茸から木の実、味は悪いが食べても腹を下さない果物も見つかった。


 俺は人の倍近くもある大きな魚を樹に吊して捌いていた。

 赤黒い色をしていたが、身は桜色をしていた。獲った時にすぐ血抜きをしておけば、真っ白な身だったのかもしれない。


 今日食べる部位の他は、燻製にして保存しておかないといけない。

 内臓は磯場に放り捨ててきた。海鳥か、蟹が食べるだろう。場合によっては、明日は蟹が獲れるかもしれない。


 木の実から採った油を使って、使わなくなった円楯を裏返して魚の身を焼いていた。

 もちろん、焼きながら食べている。

 海水を少しかけただけだが、十分に美味しく食べられた。


 燻製の方は粘土質の土を見付けて釜のような物を作った。その中で先日獲った鳥と一緒に吊るしで燻製している。


 出来上がったら、収納行きだ。

 この無限収納というやつは、生肉とか入れておいても、いつまで経っても腐敗しない。無理して保存食を作らなくても、収納するだけで保存しておけるのだった。それでも燻製を作っているのは、食事の種類を増やしたいからだ。


 島が安全なのを確かめてからは、悪天候にならない限り、館へは寄り付いていない。

 ほぼ留守である。


 島の北側にある断崖絶壁を降りると、海面すれすれに裂け目のような洞窟があり、満潮時でも波をかぶらない場所がある。その中を隠れ家にしていた。

 武技を使っておかないと、次の武技が現れないだろうと思い、毎日、消音魔法を使った上で、全種類の武器でひたすら海面を攻撃している。それから、船長室にあった魔法の本を読む。二度、三度と読んでも、さっぱり分からなかったが、暇に任せて繰り返し読んでいる内に、なんとなく内容が掴めてきた。そうなると面白くなるから、一日の内の結構な時間、本と向き合っている。


(因子適性というのが無いと駄目なんだな)


 火や水を出す魔法が使えないのは、その因子が無いからかもしれない。俺に使えるのは、風刃と付与二つだけだった。後は、消音だったり、消臭だったり・・。何が因子なのか分からないようなのばかりだ。


 鑑定眼を鑑定眼で防げるように、探知魔法は探知魔法で打ち消せるらしい。

 

(隷属魔法か・・)


 船長は、この隷属魔法にずいぶんと執心だったようで、五冊の本の内、三冊は人や獣を魔法で隷属させることについて書かれた本だった。二冊は一般的な魔法について基本的なことから書かれていて、俺でも何となく理解できた。


(しょっぱいな・・)


 燻製した鳥肉をちょっと囓って、俺は苦笑した。

 海水に漬け込んだのだが、ちょっと長く浸けすぎただろうか。


(さあて、今度は蟹でも探してみるかなぁ)


 大きく背伸びをしつつ、武技が回復しているのを確かめてから、俺は断崖の洞窟を出て切り立った岩壁をよじ登っていった。


(・・っと、お?)


 セミのように岩肌に掴まったまま、大海原を振り返る。

 そろそろ夕焼けに染まり始めた海上に、船が見えていた。

 かなり大きな帆船だ。帆柱が三本もある。中央の帆柱にはためいているのは、白地に赤で、剣に巻き付いた蛇を意匠したものだった。


(なんか、傷んでるなぁ・・)


 大きな船体のあちこちに焼け痕があり、心なしか少し傾いているようだった。

 雰囲気としては軍船。

 嵐などの事故では無く、何かとの戦闘の結果、船を修繕するために流れの緩い湾処に入れて投錨したいのだろう。


 どうやら、この島を目指しているようだが・・。


 島の周囲は、あれだけの船を寄せられる水深が無い。寄せても、切り立った崖に囲まれているし、唯一の上陸し易い浜辺へは、岩礁帯を越えなければ辿り着けないのだ。定石なら、沖で大船を停泊させ、小舟を下ろして上陸してくる・・という流れだが、しだいに夕闇が濃くなる時間帯だ。あの座礁しやすい磯場に気付けるだろうか。


 海賊じゃ無いなら、話をして船に乗せて貰うのも手だが・・。

 ここが無人島で、少女達しかいないと知って、荒くれの航海者達が何もしないで我慢しているだろうか? 軍船となると、貴族なんかが乗っている可能性もある。館を差し出せだの何だのと面倒事が始まりそうだった。

 

(しかし、あの船が沈むようだと、またしばらく島暮らしになるからな)


 できれば、人が住む大陸まで乗せて貰いたいところだ。

 

 俺の方は、ある程度友好的に、少しばかり悪さをされても、ぎりぎりまでは我慢・・といったところか。

 

 少女達がどういう態度を取るのかは不明だが・・。

 泣きついても足元をみられて良いように玩具にされるのがオチだろう。何しろ海は広くて深い。小島で少女達を相手に悪さをしたって、殺してしまえば誰にも知られずに済む。あれが軍船なら、兵士達のはけ口として、少女達への凌辱くらいは黙認するかもしれない。


 その場合、俺はどうするべきか?


 見て見ぬふり・・・が、まあ一般的な対処方法か。

 次点で、金品などを対価になだめる?

 あるいは、船を操船できる程度の頭数を残して殲滅?

 貴族が乗っているなら人質にして言う事をきかせるというのも・・まあ下策だけど出来ないことも無い。


(どうしようかな)


 ぶらぶらと浜辺へ向かって歩きながら、俺は思案にくれた。


 ここで女の子達を見捨てるのは簡単だが、もし上手く生き残れたなら、最寄りの神殿へ届けてやりたいという気持ちはある。カーリー神殿は各地にあるし、各国の王侯貴族も神殿に対してはあまり強硬なことは言わないらしい。女神を祀っているだけあって、女性にとっても居心地が良いのだとか。


(まあ、あいつらが行きたいと言えば・・だけどな)


 俺は途中で気が変わって館に向かった。

 船が見えたのは島の北側だ。まだ少女達は気が付いていないかもしれない。

 我ながらお節介だとは思ったが・・。


「みんな居る?」


 館の前で、何かの木の実を潰していた少女に声をかけた。

 名前は知らない。


「・・いますよ」


 やや俯き気味に少女が答える。


「船が見えたと伝えてくれ」


「えっ!? 船ですかっ!」


 弾かれたように顔をあげた。


「今、島の北側に見えた。底から浸水しているらしく、少し・・こう傾いていた」


「船が沈んじゃうんですかっ!?」


「なので、修理のために、この島を目指しているんだと思う」


「分かりました! みんなを呼んできます!」


 何が分かったのか、少女が大急ぎで館へ飛び込んでいった。


 待つほども無く、物凄い勢いで少女達が飛び出して来た。

結局、さっきと同じ事をもう一度言うことになった。

 

「船・・でも、この島はどこも崖ばっかりで」


「あそこの浜は、岩に囲まれちゃってるし・・」


 少女達がひそひそと話し始める。


「それは、ここで心配しても仕方が無いから、あの連中が上陸してきた後のことを話し合ったらどうかな?」


 俺は少女達が落ち着くのを辛抱強く待ってから、懸念点を説明した。


「あれは軍船だ。軍船には戦闘を専門にやる兵士と、操船を担う水夫が乗っている」


 軍船のありようから、それに乗っている人間、そして起こるかも知れない出来事について、なるべく感情を込めないように話して聴かせた。


「俺は師匠に当たる人から、常に最悪に備えろと言われてきた。そして、その通りに生きて来た。なので、こうした時、あまり良い方には考えられないな」


「でも、良い人達だって事もあるんですよね?」


「そうだね」


「どこの国の船なんですか?」


「さあな・・旗には、剣に蛇が巻き付いたような絵が縫われていた」


「剣に蛇・・私達を召喚した王国じゃ無いんですね」


「たぶんな」


「・・シンさんの予想だと、最初は小さい舟で島の様子を見に来るんですよね?」


「ああ、大船じゃあ近寄れないし・・普通の港へ入る時も、大船は沖に停泊させて小舟で陸地と行き来するものらしい」


「私達が・・ここに私達しかいないと知って、男の人達が悪いことをするというのは・・ありそうだなって思います。でも、この島を出るには、あの船に乗らないと・・」


 少女達が真剣な顔で話し合いを始めた。

 館での最初の日よりは、地に足がついたようで、まともな意見を出し合って話し合いをやっていた。


「話合ってるところ悪いんだけど・・」


「はい?」


「兵士が来る前に、あの辺の・・洗濯物を片付けておいた方が良いかもな」


 俺は女性物の服や肌着が賑やかに吊された木々を指さした。

 その気が無い兵士だって、ついつい魔が差してしまったりする。わざわざ暴走の切っ掛けを作らない方が良いだろう。

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