第28話 実戦、VS半魚人
「見捨てられたのだと思いました」
エリカが言った。
「なにか決まった?」
話の先を促した。あまり、ぐずぐずやっている時間は無い。
「決まったのは、この島から安全に出たいという事です」
「具体的には?」
「誰も命を落とさず、尊厳を保ったまま、あの船で外へ出たいと思います」
「・・尊厳?」
難しい言葉をつかう奴だ。
「お・・男の人達に非道いことをされずに・・という事です」
「ああ、なるほど・・どちらにしても、俺の方は勝手にやることになるけど」
「・・シンさんはどうするんです?」
「最悪、操船できる人数を残して、半魚人の餌にする」
「それは・・その判断は、私達が非道いことをされ・・されそうになったら?」
事前か事後か・・。
「船なら船長がいるだろう? そいつが、おまえたちが玩具にされるのを黙認するようなら・・だな」
「・・・安心しました」
エリカが不安そうな顔のまま頷いた。
「しかし・・」
「なにか?」
「小船が座礁したみたいだ」
「こんなに暗いのに・・見えるんですか?」
「見えるようになった」
色はよく分からないが、輪郭ははっきりと視覚で捉えられるし、体温のある生き物なら赤みがかって見えていた。
「ずいぶんと遠いですけど・・火がちらちらしてます?」
「ランタンだな」
小船に乗っていたのは十五人だ。腰にサーベルを吊った男が十一人。漕ぎ手の水夫が四人。小船の船首近くに立っている男がランタンを片手に掲げて海面を照らしていた。
小船といっても二十人くらいは問題無く乗れそうな大きさがあり、当然、喫水も深い。まだ満潮前後だったが岩礁帯の浅瀬を通過できずに、船底を擦ってしまったらしい。
水夫達が漕いでいた櫂棒で岩底を突っ張り、なんとか船を出そうと頑張っていた。
「ああ・・駄目だ。来た」
「・・半魚人ですか?」
「うん」
夜の海を引き裂くようにして無数の背びれが海面を走っている。まだ見えないが、海中には海蛇も来ているのだろう。ざっと数えただけで、三百近いだろうか。
「あっさり喰われた・・沖の帆船も危ないか」
思いの外、サーベル持ちの兵士が弱かった。観察した感じでは、十人がかりでも半魚人一体を持て余すんじゃないか。ほぼ瞬殺にされて、小船から生きた人がいなくなった。
(あっちも・・沈む)
沖で投錨している大型帆船では海蛇が躍動していた。照明にしていたランタンから火が出たのか、船体から炎があがっていた。もう、満潮から干潮へ・・潮が動き出している。こうなると、湾内もかなりの急流が生まれて泳ぎ渡るのは難しい。船から逃げ出したとしても、島までは辿り着けない。
「あの火は?・・シンさん?」
エリカが沖の方で赤々と灯った火明かりを指さした。
「帆船が燃えてる。駄目だな・・半魚人と海蛇がやりたい放題だ」
「そんなっ!」
いつの間にか後ろに集まっていた少女達が悲痛な声をあげた。
「魔法はどこまで届く?」
「どこって・・」
「だいたい、何メートルぐらい?」
「火矢の魔法で、たぶん、50メートルくらいです」
眼鏡をかけた少女が答えた。
(俺より、よっぽど優秀だな)
しかし、小船が乗り上げた岩礁帯ですら1キロ先だ。当たり前だが、沖の帆船は助けようが無い。
「・・届かないな」
俺は沖の船を見た。
「ぁ・・そうか。エリカ」
「はいっ?」
「おまえの移動のやつ、あれで行ける?」
「あの魔法も、50メートルくらいなんです」
「・・そうか」
どうやら船を直接助けることは出来ない。なら、間接的な支援はどうだろうか?
「今から、どうやっても沖の船は助けられない。でも、半魚人の注意をこちらに向けさせれば、もしかしたら何人か泳ぎ着いたり・・生き延びられるかもしれない」
狭い浜辺。その他は断崖絶壁。
海からの訪問者を迎え撃つには悪くない地形だった。
「わ、私・・魔招笛が使えます!」
見ると、眼鏡をかけた少女だった。やや冷たい感じを受ける澄ましたような顔立ちだが、縫い物ができると言ったり、自分の能力を口にしたり、見た目の印象よりも協力的な姿勢を見せてくれる。
「なにそれ?」
「魔物を呼べる魔技です」
「・・そうか。よしっ」
俺は少女達に声をかけて浜辺へと向かった。
半魚人達をできる限りこちらへ呼び寄せ、浜辺で殲滅する。死に損なった半魚人を少女達が魔法で狙い撃つ。酷く大雑把だが、あれこれ打ち合わせをやる時間が無い。
俺は駆け足で水際に立った。
振り返ると、後ろの林の木立に少女達が隠れている。
「やってくれ!」
声をかけると、高音で澄み切った笛の音が夜陰をついて響き渡った。
(・・どこまで音が届いて、どの程度の効果がある?)
防具を身につけながら、海原を見つめていたら、驚いたことに帆船に群がっていた半魚人や海蛇が一斉にこちらへと移動を開始した。
劇的な効果だ。
「よくやった! こっちへ来るぞっ!」
俺は林に隠れている少女に声をかけた。
(久しぶりだな)
小楯を左手に、右手に細剣。この島に来て、あまりに平和すぎて呆けそうだった。
こうして戦いに挑む時の高揚感は船で半魚人とやり合って以来だ。
(一番乗りは、海蛇か)
すでに浅瀬になっている岩礁帯を乗り越え、遠浅の海面を割るようにして海蛇の巨体がまっしぐらに向かってきた。
俺は、細剣を眼前に直立させ、小楯を脇へ引きつけた。右足を少し前に、その踵に左足の爪先が触れるくらいに・・。
海を裂き地響きを立てて、巨大な海蛇が海面から躍り上がって襲って来る。
対して、俺はまっすぐに踏み込んで刺突を繰り出した。
武技でも何でも無い。鍛錬の先にある体の技だ。
血反吐どころか、内臓まで吐きそうになって叩き込まれた体術だ。
真っ正面からのぶつかり合いで俺が圧し負ける事など無い!
海中を突進してきた巨大な海蛇を、わずか50センチ踏み込んだ俺の小楯が真っ向から受け止める。骨肉が砕ける音が鳴り、頭部が潰れた海蛇が仰け反るようにして弾かれた。
「こいつを撃てっ!」
林に隠れている少女達に声をかけ、続いて襲ってきた海蛇を小楯で殴りつけ、細剣の連撃で、一瞬にして瀕死に追い込む。さらに、一匹、二匹と砂上へ飛び込んでくる海蛇を次々に仕留めていく。10メートル近い巨体が浜辺でのたうつ光景に少女達が青ざめた顔を引き攣らせている。
即死した海蛇もいたが、瀕死でのたうつ海蛇もいる。
それらへ、少女達が必死になって火や雷の魔法を撃ち込んでいた。
俺は浜辺を左右へ走って、波打ち際から姿を見せる半魚人達へ、細剣技:5.56*45mm を浴びせて回った。仕留めるというより、手傷を負わせて、俺という存在に敵意を向けさせるためだ。
おいつらは離れたところから短槍や棍棒を投げつけたりする。気をつけなくてはいけない。俺はともかく、後ろの少女達はあの速度の槍は回避できないだろう。
次々に上陸してくる半魚人達を等分に見回し、武器を持った奴を最優先に仕留めながら、武技を織り交ぜ、血肉を散らせて半魚人の憎悪を煽る。
半魚人が腕を振り上げて振り下ろす間に、俺の姿は視界から消えている。
そして、脇腹に、太股に膝頭に細剣が穴を穿つのだ。
「俺に構わず撃てっ!」
俺に当たらないように配慮しているのか、魔法をなかなか撃たなくなった少女達に声をかけながら、俺は久しぶりの戦闘に没頭していった。
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