第115話 準備は整った!?

 一瞬の出来事だった。

 凍てついたように空気が強張り震撼した。

 圧倒するような気魂でも、熱くたぎるような力の奔流でも無い。死そのものが全身に纏わりつき、生命から熱を奪い去り、心の臓の脈動を停止させる。

 "死"そのものの気配が世界を覆い尽くした。

 

 4人の少女達、ラースやバルハルがこれに耐えられたのは、普段の訓練時にこれを浴びせられているからだ。ただの慣れである。

 それでも、数十秒が限界だ。それ以上は厳しい。


 不意に辺りから死の気配が消え去った時、4人は崩れるように床に手をついて荒く息をついていた。


「・・すまん」


 俺の謝罪に、4人が素早く立ち上がって笑顔で首を振った。


「リコ」


「はい・・」

 

 俺に促されて、リコが周囲へ視線を巡らせた。その手をエリカが握る。


「見えた・・エリ?」


「うん、行ける!」


 小さな呟きを残して、エリカが瞬間移動した。


 俺の殺気をぶつけられて、隠れている術者か、魔導器か・・そうしたものが動きを止めたのだ。この構造物を迷宮たらしめている"装置"の停止は、すなわちリコの"眼"を防いでいた力の停止を意味する。


 ややあって、


「ヨーコ」


 エリカが舞い戻ったのも一瞬、今度はヨーコを連れて姿を消した。


 エリカの短刀では壊しにくい物があったのだろう。物理的な破壊力で、俺に次ぐのはヨーコだ。


 いきなり、


「9・・キタァーーーー」


 サナエが握っていた棍棒を突き上げた。

 

 言うまでも無く、渡界耐性の練度が9になったと騒いでいるのだ。どうやら、サナエが最速で10に到達しそうだ。


(俺もⅨになったし・・もう少しか)


 気が付くと、どこかおかしかった構造物が静かになっていた。先ほどまで微妙な変化を生じ続けていたのだが・・。


「双子の術者みたいでした」


 不意に声と共に、エリカとヨーコが戻って来た。

 その手に大きな虚命晶が二つ抱えられている。二つの大きな魔導の装置にそれぞれが管に繋がれたまま術を使い続けていたそうだ。


「もう体の形も崩れそうな状態でしたから・・」


 ヨーコが装置ごと切断したらしい。

 

「宮殿のような所・・その中庭? 建物に囲まれた広場のような場所・・・その地下です」


 リコが虚空を見つめるようにして位置を説明していく。

 

「あの皇太后は?」


「・・見当たりません。こちらに向かって兵隊が移動しています」


「仕掛けが壊れて大慌てかな」


 俺は小さく笑いながら、バルハルの方を振り返った。


「タロンっ!」


 声を掛けると、館の玄関扉が開いて、タマネギみたいな銀色の鉢金を被った小柄な人影が姿を見せた。リコの縫った短衣のような衣服を着ているので、どことなく女の子のようにも見えるが、俺以外の者には手足は透けていて見えない。


「パパ・・?」


 タロンが、重そうな頭を揺らしつつ、とことこと近付いて来た。


「おまえの兵団を出して、半径5キロ以内を征圧しろ」


「ハイ、パパ・・タロマイト、タイプ・アルファ、キドウスル」


 タロンがくるりとその場で踊るように回転した。

 瞬間、辺りに小さく光る粒が湧き出た。さらに、もう一度、二度と回転する。光る粒がどんどん増えていき、かつて地底で戦った金属質の蜘蛛のような物が生み出されていった。


「センメツ、センメツ・・」


 クルクル回りながら、タロンが指示を繰り返す。


 一体一体が大きな雄牛くらいもある蜘蛛型の何かが数百という数で生み出され、それこそ蜘蛛の子を散らすかのように一斉に駆け去って行った。たちまち、石壁が粉砕される音が響き、石塊を突き崩して外へと溢れ出していく。


「タロン、家に入ったまま待機だ」


「ハイ、パパ・・タロン、イエデ、タイキスル」


 宣言をして、タマネギ頭をくるりと回すと、バルハルが背負った館へと戻って行った。


「ラース!」


 俺の呼び声に、銀毛の魔獣が巨体を出現させた。


「エリカ、こいつを一番大きな建物の上に跳ばしてやってくれ」


「はい!」


「ラース、全部壊して良いぞ」


 俺の声に魔獣が尻尾を大きく振り回しながら、エリカの瞬間移動で消えていく。

 ラースの遊び相手になるような奴が居るとは思えないが・・。


「リコ・・この方向か?」


 俺は大きな気配を感じる方向を細剣で指した。


「はい、兵士とは違う感じの人達が集まっています」


 タロンの生み出した蜘蛛型を相手に勇戦しているらしい。それなりの手練れがいるのだろう。

 リコが把握したおおよその地形図を床に描いて見せた。

 地下の仕掛けによほど自信があったのか、城壁内・・それも、恐らく王城の正面にある閲兵場の地下のようだった。館の造りは下界の物と変わりない。素材は少し違っているだろうか。


「狙えるか?」


「はい」


 リコが長剣を抜いて行く手を指し示すと、切っ先をじわりと調整するように移動させる。


「煉獄・・双円」


 小さな呟きを発した直後、熱い力の奔流が押し寄せて体に流れ込んできた。どこか遠い所で、それなりの強さをした天空人が命を刈り取られたらしい。さらに、あちこちから力が流れ込んでくる。

 それが、ラースなのか、タロンの蜘蛛型なのかは分からないが、せっせと狩り回っているようだ。


「魔法・・来ます」


 リコが楯を掲げるようにして防御の魔法を使った。

 横で、エリカが長弓を引き絞って狙いをつけると、静かに矢を放っていた。

 上空から落雷のように雷が降ってくるのと、ほぼ時を同じくして前方から大きな力の奔流が押し寄せて体に入ってきた。


(・・普通の雷魔法じゃないな。これは・・・聖付与?)


 リコの防御した魔法の残滓を指先に感じながら、俺はサナエを振り返った。

 聖魔法の種類についてはサナエが一番詳しい。


「付与みたいな後付けじゃなくってぇ、聖属性ですねぇ」


 サナエが言った。


「聖属性か・・サナエの使う聖雷?」


 エリカが訊いた。


「とは違うんだけどぉ・・魔導の道具を使うみたい」


「ふうん・・あの棒?」


 リコが手を伸ばしてエリカの肩を掴む。

 意図を察して、エリカがじっと眼を凝らすようにしてから瞬間移動をした。すぐに、筒状の棒を手にして戻って来た。


「これかな?」


「う~ん、っぽいねぇ・・これ、増幅するやつだぁ」


「増幅?」


 俺は筒状の棒を受け取って神眼・双を使った。

 

(なるほど・・)


 1の力を10にする・・単純だが、効果的な武器だった。

 建造物そのものを迷宮のように変じさせる装置といい、こういう増幅器といい・・おそらくは、俺達を強制転移させた時にも、こうした魔道具を使ったのだろう。


「書物や資料の他にも、この手の道具類があれば持ち帰ろう」


 俺は試しに増幅器だという棒に魔力を込めて、風刃の魔法を放ってみた。

 直後、前方で派手派手しく破砕音が鳴り響き、大量の熱が体へと流れ込んできた。さらに、地下から上へと穴が開いたらしく、地上からの陽光が差し込んで眩しくなった。


「・・なるほど」


 これは面白い武器になる。

 増幅されたのは、体感で2倍半といったところか。数を揃えれば、弱兵でも戦力かできるだろう。

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