第116話 略奪者達

 重たい衝突音が鳴り響き、地鳴りをさせて銀毛の巨獣が着地した。

 ラースだ。

 戦っている相手は、5頭の巨龍だった。

 高く低く滑空しながら青白い雷光を吐いて攻撃するが、ラースにとっては御褒美だ。避けもせずに全身に雷光を浴びながら、嬉々として尻尾を振り振り飛びかかっていく。


 5頭の巨龍の頭部にある角の後ろに、それぞれ天空人の騎士が跨がっていて、錫杖のような棒で巨龍に動きを指示しているようだった。


 しかし、離れたところからの雷息は効果が無いどころか、ラースを喜ばせてしまっている。ならばと接近して巨体をぶつけたり、爪や牙で攻撃しようとするのだが、その肉弾戦が厄介なのだ。

 白銀毛の魔獣は、巨体に似合わぬ素早さで、するりするりとしなやかに回避しつつ、ちょっとでも低く飛ぼうものなら驚くほど高空にまで跳んで来て食いかかるのだ。


 5対1だと言うのに、手詰まりになっているのは巨龍の側だった。

 とにかく相性が悪すぎた。

 

「角に気をつけろっ!」


 隊長格の男が他騎に注意を促した。

 銀毛の魔獣・・・ラースの双角が時折、淡く発光しているのが気になるのだろう。

 全長が10メートルほどのラースと尻尾を除いても15メートル近くあるだろう巨龍の戦いだ。

 軽く衝突するだけでも大きな衝撃音が響く。

 なんとか喰いつき牙をたてようとする巨龍を嘲笑うかのように、ひらりひらりと回避しながら、ラースが持ち上げたお尻をふりふりして尻尾を揺らして見せる。


「くそっ、このままでは・・」


 焦る騎士達が、なんとかラースの動きを押さえ込もうと右へ左へ巨龍を飛翔させながら、岩槍の魔法を連撃しつつ狙うのだが、尖った岩の槍が当たってもケロリとしているのだから始末におえない。むしろ、より嬉しそうに興奮した素振りで、身を伏せ気味にして尻尾を振りたてている。


「雷は効かないが、熱ならどうだ?」


「熱?」


「最大威力の雷息を集中すれば岩も溶けるぞ」


「・・なるほど!」


 上空で旋回しながら声を掛け合うように打ち合わせると、


「行くぞっ!」


 隊長騎を戦闘に急降下に移った。

 近づいて来ると見て、地上のラースが大はしゃぎでソワソワと身を揺らし尻尾をはためかせる。

 その直上間近から、5本の雷息が噴射された。

 縒り合わさるように雷息が巻き合ってラースの巨体を呑み込んで激しい落雷音を轟かせた。直後に、眩い閃光が爆ぜて辺りを光で染め上げた。


「やったか?」


 巨龍を急上昇させながら、騎士達が地上を振り返った。

 

「・・えっ? た・・隊長っ!?」


 先頭を上昇しているはずの巨龍から、丸い物が落ちて来た。

 それは、隊長の生首だった。乗騎の巨龍も、首から上を引きちぎられて落下していく。その長い龍の首を得意げに咥えたラースが地面に着地した。

 

「ミズン! 後ろだっ!」


 同僚の1人が慌てた声をあげた瞬間、もう1人の騎士が首から上を刎ねられて血飛沫を噴き上げた。


「ど、どこだっ! 後ろに注意しろっ!」


 残る3人がジグザグに巨龍を駆りながら、懸命に首を巡らせて背後を庇い合う。

 しかし、今度は水平方向から漆黒の矢が飛来して兜ごと頭部を貫通して抜けた。続けて飛来した黒矢が甲冑の横腹を真横に貫く。


「ミズンっ!」


「馬鹿っ! 上だっ!」


 叫び声に反応して、騎士の片方が訳が分からぬままに、手にした錫杖で闇雲に頭上を薙ぎ払った。


 しかし、


「がっ!」


 短い苦鳴を漏らしたのは注意を促した方の騎士だった。

 背から胸甲まで短刀で貫き徹され、もう片手の短刀で襟足から斜め上へと一閃されている。


「ショーカス!?」


 悲嘆にくれた叫びをあげた最後の騎士が顔面のただ中に黒矢を受けて首をへし折られて鐙に足を残してぶら下がっていた。



「下へ降りなさい!」


 鋭い声と共に、乱れ飛ぶ巨龍が一頭ずつ地面へ墜落して地響きをたてた。

 さらに一頭、二頭、三頭・・。


 瞬間移動して巨龍の行く手に出現したエリカが、ぶん殴って地面へ叩き落としているのだ。


「ラース君、駄目だよっ!」


 大喜びで巨龍めがけて飛びつこうとするラースを、前に回り込んだヨーコが抱き留めて空へ向かって放り上げた。

 軽々と数十メートルは飛んだだろう。ラースの方は大喜びである。身を捻って着地するなり、喜色満面、ヨーコめがけて駆け寄る。それをヨーコがちゃぶ台返しで上空へ投げ上げる。今度は、200メートル近くも飛んだ。さらに落ちてくるラースめがけてヨーコが地を蹴って跳び上がるなり、まだ上空にいるラースをさらに上へと放り上げた。

 もう、ラースは大喜びである。


「そのまま地面に居ろ」


 骨でも折れたのか、よろめき蹲る巨龍達へ声をかけて、俺は上空から落ちてくる1人と1匹を待ち受けた。


 着地するなり、もう一度投げて貰おうとヨーコめがけて突進する銀毛の巨獣に向かって、


「・・ラース」


 俺は静かな声を掛けた。


 足をもつれさせるようにしてラースが踏みとどまった。


「遊ぶのは、あの城を破壊してからにしろ」


 俺が城館を指さすと、ラースが全速力で城館めがけて走って行った。疾走する巨獣の双角が輝きを増して雷糸が細かく爆ぜ始める。そのままの勢いでラースは城館に突っ込んで行った。まるで、闘牛が突進するかのような恰好で角から突っ込む。

 重々しい破砕音と共に、ラースの巨体が城館に突っ込んで見えなくなった直後、炸裂音が鳴り響いて城館が内側から爆散して瓦礫の山となった。

 その中央で、ラースが土埃を払うように身を振って、こちらに向かって大急ぎで駆け戻って来る。


「よくやった!」


 褒めてやりながら、俺は電流棒を放出してラースに喰わせてやった。

 横でサナエ達が巨龍の傷の手当てをしている。


「サナ、隷属魔法かかってるみたい」


 ヨーコが巨龍の頭の辺りを調べながら言った。


「先生?」


「消してやろう」


 俺はラースの鼻面を撫でながら、地下から這い上っていたバルハルに向けて手をあげて見せた。せいぜいが馬の数倍程度。決して速くは無いが、着実に安定して館を運んでくれる。どんな凹凸があろうが、切り立った崖であろとも、何の問題も無く這い進めるという有能な神獣だった。


「小さいな・・黒龍に比べたら小鳥くらいか」


 あの時の巨大な黒龍は数夜に渡る奮戦となった。その後、内臓を生食して大変なことになったのだが・・。


「今思えば、あの黒い龍っておかしかったですよね?大きさもデタラメだったし・・延々と再生するし」


「確かにな」


 俺はヨーコと連れ立って、銀龍が並んでうずくまっている前へと歩いて行った。

 サナエに治療を受けてからも、飛び去ろうとせずに居座っている。


「誰か、意思疎通できた?」


 俺の問いかけに、全員が首を振った。


「でも、なんか大人しいんです」


 エリカが銀龍の後頭部に取り付けられた馬具のような物を確かめつつ答えた。


「鞍に・・あぶみ?」


「手綱は無いですね。鞍にある把手を握るみたいです」


 鱗擦れを回避するためだろう、鞍から鐙にかけては金属の板が垂れていて脚の内側を守るような仕組みになっていた。


「ふうん・・どうやって龍を操ってたんだろう?」


「棒を持ってました」


「棒?」


「これ・・だと思います」


 リコが拾った錫杖を手に近付いて来た。

 赤銅のような色をした金属製の棒で、頭には鳥のクチバシのような装飾がついている。

 神眼・双を起こして鑑定すると "操騎の杖" と表示された。魔導の回路に沿って刻印された魔法文字を読み取っていくと、おおよその造りが理解できる。


「これは隷属させた者を操る杖だ・・もう意味が無いな」


 サナエが龍の隷属魔法を解いた後だ。もう自由の身なのだが、銀龍達は蹲ったまま去ろうとしなかった。


「・・どうします?」


 リコの問いかけに、俺は小さく笑った。


「どうもこうも・・馬とかは隷属なんかしなくても乗れるんだ。みんなで龍に乗ってみればいい」


 俺の提案に、


「やたぁーー」


 ヨーコがはしゃいだ声をあげ、


「じゃ、私はこの子ぉ〜」


 サナエが治療中だった最寄りの銀龍にしがみついた。


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