第117話 皇太后再び

 場所も名前も知らないままに、天空人の城1つを壊滅させ、魔導で封じられた書物や宝石、魔導具などを大量に手に入れてから、しばらく滞在しながら鍛錬を行い、耐性の練度が最大値になったところで地上へ戻って来た。


 戦利品の整理やら、新規に習得した武技や魔技の確認作業など、後回しにしていた事が山積している。

 ここ何日かは、リコとエリカを助手にして、目録を作ろうと奮闘していた。


「先生、お客さんですよぉ」


 外で巨龍と遊んでいたサナエとヨーコが戻って来た。


「誰?」


「このまえの、皇太后さんですぅ」


「ああ・・ラキン皇国の」


 俺は作業をリコとエリカに任せて居間へ向かった。


 果たして、前回と同様、巨漢の衛士を後ろに立たせて、ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエルがソファに座って待っていた。


「こんにちは」


「・・こんにちは」


 挨拶を返しつつ、向かい側のソファに腰を下ろすと、戸口で覗き見えているヨーコを眼で捉えた。


「お茶と団子」


「は・・はいっ!」


 慌てて奥へ引っ込んだヨーコの代わりに、今度はサナエが顔を覗かせる。


「・・・俺の後ろに立ってるか?」


 仕方無く声をかけると、サナエがいそいそと近付いて来て、相手の衛士を真似るように俺の後ろへ立った。


「良いわね・・私も、そちらのような可愛らしい騎士さんに護衛して貰いたいわ」


 リーエル皇太后がちらと後背の巨漢を仰ぎ見る。


「依頼の通り、カレナド島に居た天空人は始末した」


「ええ、確認しました。ご苦労様・・」


「なにか不満が?」


「天空界に転移で連れて行かれたのは良いのだけど、あの国で私の名前を連呼しながら破壊活動したことが気に入らないわ」


「勘違いしていた。悪かったな」


「・・・まあ、いけ好かない辺境部族の国がどうなろうと構わないんだけど。私が兵を送り込んだような誤解をした奴等がぐだぐだと苦情を言って来てるのよ。一応、うちのラキン皇国があいつらの盟主って事になってるからね」


「なるほど」


 ヨーコが運んで来たお茶を手に取りながら、俺は香りが薄い濃緑の液体を見つめた。

 これはちょっと熱すぎる。せっかくの茶葉の香りが飛んでしまっていた。


「気を悪くしないで聴いて貰いたいんだけど、私は遠見ができる魔技を使えるのよ」


「俺の行動を覗き見ていたと?」


 俺は軽く睨んだ。まあ、そのぐらいの事はやっているだろうとは予想していたけど・・。


「そこまで万能じゃ無いわ。界を越えると見え難くなるし・・貴方はそもそも阻害する技を持っているわよね?」


「阻害・・ああ、望遠阻害のことかな?」


「それだわ・・おかげで、ボンヤリとしか見えないのよ。でも、全く見えなくなる訳じゃないから・・」


「それで?」


 カレナド島の状況など見えていたなら訊きに来る必要は無いだろうに・・。


「使っている楯を見せてくれない?」

 

 妙な事を言い出した。


「楯を・・?」


「別に取り上げるつもりは無いわ。ただ、ちょっと確認したいのよ」


「・・良いだろう」


 俺は無限収納から騎士楯を取り出して、無造作にリーエルの方へ差し出した。


「違う・・いえ、変化したのね」


 楯を手に取らず、俺に持たせたまま眼を凝らすようにして観察しながら何やら呟いている。


「・・ありがとう。久しぶりに良い品を見ることが出来たわ。それ、形状変化したって事は、貴方を持ち主として認めたのね」


「この楯には、何度も助けられている」


「そう・・」


 さして興味も無さそうに相槌を打ちつつ、リーエルがテーブルのお茶へ手を伸ばした。


「私の記憶が確かなら、その楯の持ち主は別の人物だったはずだけど・・何か、その辺の由来とか知らない?」


「俺にくれた人は、大きなトカゲから貰ったと言っていたな」


 俺は団子を口へ入れながら言った。出所を訊かれたら名前を告げて良いとリアンナ女史に言われている。


「・・どなたかしら?」


「リアンナという人だ」


 俺が告げると、リーエル皇太后が飲みかけのお茶を盛大に噴きだした。


「汚いなぁ・・」


 俺は顔をしかめながら乾布を取り出して、飛び散ったお茶を拭いて回った。


「ごめん・・ごめんなさい。ちょっと・・噎せちゃって」


「・・もしかして、と思っていたんだけど。リアンナさんを知っているのか?」


 俺はテーブル上からソファにかけて手早く拭きながら訊いた。


「えぇ・・っと、そう・・そうね、うん、知っているって言うか・・まあ、知っているのよ」


「・・大丈夫か?」


「な、なにが?何の問題も無いわよ?」


 問題だらけだと言う形相で、青くなったり赤くなったり・・。


「そうか?じゃあ、後でリアンナさんに連絡しておくよ。天空人のリーエルという人に会ったってね」


 軽くリアンナ女史の名前を使ってみた。


「ちょ、ちょっとぉ・・待ちなさいっ!」


「ん?」


「どういう報告をする気?変に脚色しないでよ?」


「どうもこうも・・脅されて依頼を押し付けられて天空人を斃したら、どこぞの国に転移で拉致されて・・・それを見て見ぬ振りをしていたリーエルさんが全部終わってから何やら文句を言いに来たって・・ありのまま書くだけだ」


「いやいやいやいや、それ違うでしょっ!?全然、違うわよねっ!?思いっきり曲げてるわ!悪意による脚色よ!」


 どうやら、南境の女帝は、天空界のラキン皇国にまで知られている存在らしい。


「いっそ、ここに呼びます?」


「なっ!?何言っちゃってんの!?馬鹿なの、あんたっ!」


 発狂しそうな形相で、リーエルが身を乗り出してくる。


「駄目なのか?」


「駄目に決まってるでしょっ!天空界を滅ぼすつもりなの!?あんた頭おかしいでしょ!」


「言われのない侮辱を受けたと追加しておく」


 俺は手元の湯飲みへ視線を落とした。


「待ってぇーー!冗談よ、言葉のあやよ!ちょっとした言い間違いじゃないの!」


「・・いきなり、どうしたんだ?」


 俺はリーエルと後ろの護衛役とを代わる代わる眺めた。巨漢の護衛役の方も、皇太后の豹変ぶりに戸惑っている様子で対応を迷っているようだ。ただ、なんとなく場の流れは理解しているようで、以前のように俺に対して威圧的な態度は見せていない。


「ちゃんと事情説明して貰えるかな? 俺もリアンナさんに間違った報告はしたくないので・・」


「ええ、任せて。ちゃんと説明するわ。えぇと、いや・・まず謝るわ。ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエルとして、正式に謝罪します。貴方・・シンといったわね? リアンナの・・リアンナと、どういう関係?」


 テーブル上に身を乗り出したまま、リーエルの眼が俺の双眸を覗き込む。


「リアンナさんは俺の師匠です」


「し、ししょ・・あ、あのリアンナが弟子をっ!? っていうか、なんで生きてんの!?死ぬでしょ? 死ぬわよね? あんた死霊なの?」


 リーエルが眼をひき剥いて騒ぎ始めた。


「・・手紙に書きますか?」


「あああぁぁ、冗談よ、冗談、あははは・・ちょっと驚いちゃって、口がつるって・・」


「もう、威厳も何も・・粉々なんだけど」


 俺は嘆息した。ラキン皇国の・・一国の皇太后がこんな所で何を言ってしまっているのか。他人事ながら不安になってくる。


「良いのよ。ラキンの皇太后とか言ったって、籠の鳥よ。満足に散歩も出来ないんだから。ずうっと閉じ込められてんのよ?」


「いや・・出歩いてるじゃないか」


「こうやって、幻術で誤魔化してる間だけしか遊びに来れないのよ」


 どうやら、幻術でお付きの者達を眩まして、下界へ散策に来ているらしい。


「まあ良いわ。その楯を持っているって時点でリアンナが貴方を認めたって事なんだから・・私がとやかく言うような余地なんて無いもの。まず、はっきりさせておきましょう。ラキン皇国は、貴方達に敵対しません。これは、ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエル・・ラキン皇太后として宣言します。万が一、私に隠れて、我が国の跳ねっ返りやら馬鹿たれが貴方達にちょっかいかけるようなら始末してくれて結構です。手に余るようなら、私に言って頂戴。即刻、死刑に処します」


 急に皇太后らしい威厳の籠もった宣言をした。


「・・わかった」


「天空界の他の国は知りません。そこまで面倒見切れないわ」


 お茶が欲しいわ・・と空になった湯飲みをサナエに向けて見せる。すぐさま、サナエが奥へと駆け込んで行った。すでに、護衛が必要な状況では無くなっている。


「リーエルの名を連呼しながら暴れた件は?」


「問題無し。好きに連呼して頂戴。ただし、ラキン皇国の皇太后とは友好関係にある事を強調しておいてね」


「わかった」


「加えて、カレナド島の働きに対して十分な対価を支払います。何か希望はありますか?」


「俺の生徒達に武器防具を用意してもらいたい。すでに、全員が神具を身に着けているが、天空界ならもう少し上の物があるんじゃないのか?」


「すぐに手配しましょう。他には?」


 お茶を運んで来たサナエに和やかに礼を言って湯飲みを受け取る。先ほどまでの尊大さは綺麗さっぱり消え去っていた。この豹変ぶり・・どこまで信じられるのか。


「魔導に関する知識が欲しいな」


「魔導書を幾つか譲渡しましょう。他は財貨でお支払いします」


 テキパキと報酬の話を纏めると、4人を集めてどんな武器が良いのかを聞き取って護衛の巨漢に指示をする。実に手際が良い。


「でも・・まさか、リアンナが弟子を・・ねぇ」


 手配を指示し終えて、リーエルがしみじみとした嘆息を漏らしつつ俺の顔を見た。


「優しい人ですよ?」


「えっ!?ははは・・はは? それ本気で言ってるの?」


「もちろん、本気だけど?」


 真顔で言う俺を見て、笑いかけた顔をそのまま強ばらせ、リーエル皇太后がそっとお茶を口に含んだ。

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