第118話 常識というもの

「リアンナさんって、どんな人なんですか?」


 ラキン皇太后の一件から興味を持ったらしく、少女達が代わる代わるいてくるようになった。

 敬愛する人の事なので話して聴かせるのは悪い気はしないが・・。


 ただ、どうも俺が語ったリアンナ女史像と、ラキン皇国の皇太后の露骨な忌避ぶりが一致しないらしく、今ひとつ得心がいかない顔をしている。


「優しい方なんですよね?」


「もちろん」


 とても優しい人だと思う。


「すごく強い?」


「とんでもなく強いな」


 洒落にならないくらいに強い人だ。


「・・南境域の冒険者協会の副支部長さん?」


「うん、支部長はただの筋肉ダルマだ。実質的な支配者は、リアンナさんだな」


 筋肉ダルマは生ゴミだ。あいつはいつか殺す。


「ええと・・支配者とか、そのぅ・・ええとぉ・・領主とか・・貴族なんですかぁ?」


「いいや、ただの冒険者だ。でも、南境では領主よりも偉い人だぞ?」


 と言うより、あの辺り一帯の実質的な支配者だ。ラキン皇国の皇太后とか貧弱な羽虫にすぎない。


「・・そうなんですか」


「みんな装備の確認はした?」


 ラキン皇国から贈答品として少女達に武具が届けられたのだ。

 とりわけ、ヨーコが貰った長柄の武器は、本当の"ナギナタ"にそっくりらしく、大喜びをしていた。今までの曲刀に長柄を継いだだけのような武器とは違って、やや細身で威圧感には欠ける感じがするが・・。


「すごく良いです!」


 ヨーコが真っ先に声をあげた。


「鎧も良いんですよぉ」


 サナエも嬉しそうだ。俺のゾエとは違うが"装身"という魔導刻印がしてあり、約2秒ほどで装着している形で顕現する物で、そもそもの防御力も高くなり、しかも軽くて動きやすいのだという。

 

 形は、俺の鬼鎧に似通った雰囲気がある。これをラキン皇国へもたらした神匠達の意匠らしいのだが、ヨーコ達に言わせると "わふう" "むしゃっぽい" らしい。

 面頬は俺のような鬼面では無く、猛禽類の魔鳥を模したのか、鼻のところが鳥のクチバシのように突き出した形になっている。

 下に着ている厚地の衣服もただの布地では無いらしく、軽く模擬戦をやった感じでは火雷に耐性が極めて高く、風刃も徹らなかった。かなりの魔法防御力を持っている感じだ。


 武器はラキン皇国の使者がいくつか持参した品の中から各自が選んだらしく、これまで使用していた武器や楯は予備にして、主武器を切り替えたようだ。

 まあ、サナエだけは、例によって棘付きの金属球をぶら下げた棍棒を選んだらしく、色合いも白っぽい聖銀のような雰囲気で、あまり変わったようには見えない。


 リコは両手持ちの片刃の長刀を選んでいた。楯はリーエルから贈られた魔導楯を使うことに決めたらしい。これは使用者の魔力が続く限りは浮遊しながら半自動で防御をしてくれる代物で、もちろん、使用者が意識をすれば自在に操ることも出来るという優れものだ。2枚の自動楯を浮遊させつつ、両手持ちの長刀を振り、得意の魔法を使う・・・色々と物を申したくなるような優秀さだった。

 

 魔法に関する書物はすべて写本なので、こちらが自由に取り扱って良いという言質を貰ってある。その上で、多量の黄金や聖銀、天空界にしか無いという神鉱石など貴重な財貨を贈られた。


 代わりに、ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエルに対しては一切の遺恨無く、極めて良好な関係であるという一筆を書かされたが・・。


「これからどうしますぅ?」


 旅の道中は、魔法の書物を読んだり、魔導具の試しをしたり・・と、いくら時間があっても足りないほどだが・・。


「天空人・・まあ、一部の天空人には一定のケジメをつけさせたし・・・例の学園都市に向かおうか」


 俺の提案に、全員が賛同した。


「これは少し前から感じていたんだけど、俺達は少し世間の常識を知らない気がするんだ。強さの探究は日々の鍛錬で続けるにしても、そうした世の中の情報というものは、ちょっと腰を落ち着けて暮らしてみないと分からない気がする」


「・・今さらですか」


「そこからですかぁ・・」


 リコとサナエが仲良く崩れ落ちた。


「先生・・頑張りましょう!」


 ヨーコが拳を握りしめて励ますように頷いて見せる。


「いや、確かに俺は田舎の出だけど、そこまで世間を知らない訳じゃ無いぞ?」


「良いんですよ、先生。みんな分かってます」


 エリカが慈愛に満ちた笑顔を向けてくる。


 なんだか酷い言われようだ。

 

「・・・みんなに言われるって事は・・まあ、確かに・・死ぬだ殺すだ・・そういう生活ばかりだからな。少し一般的じゃ無いのかもな」


 俺は謙虚に受け止めることにした。


「ある本によればぁ・・」


 サナエが澄まし顔で一冊の本を手に語り始めた。


「天空の世界は幻の世界でぇ・・天空に住まう人々を見た者は実際にはおらずぅ・・しかしながら、各地に残されている数々の伝承がその存在を・・天に住まう人々が居るのかもしれないという可能性を、遺跡の研究者達は捨てきれないのであるぅ~」


「なんだそれ?」


 実際に天空人は居るじゃないか? というか、行って見て、ついでに城を壊滅させて来たところである。


「また、ある書物によればぁ・・」


 サナエが詩でも吟じるように続ける。


「魔族領に住まう人々ぉ・・すなわち魔人という存在はぁ・・ただ1人で1国を滅ぼすと言われておりぃ~ 魔人と遭遇することは死を意味するものなのであるぅ~」


 ・・さんざん斃しておいて何を言うのやら・・


「さらに別の書物によればぁ・・」


 龍という存在は、高い知性を持った存在であり、獣とは一線を画した全く別の生き物で、神世の時代に生み出された古代生物の生き残りとして畏れられるだけで無く、土地によっては神のごとく崇拝されている。強さの象徴でもあり、斃した者は龍殺しの尊称を得ると同時に、呪われた者として忌避の対象にもされる・・と、サナエが歌うようにして語った。


「これが、世間の常識ですよぉ・・先生?」


 サナエがちらっと俺の方を見た。


「・・・つまり、天空人が居たとは言わない方が良く、魔人を狩ったと話さない方が良く、龍を食べたと言わずにおけば良い・・そういう事だな?」


「ええぇ・・とぉ、リッちゃぁん」


「取りあえずの方針としては、それで良いと思います。ただ、細かなところでは・・そうですね。例えるとするなら・・」


 巨人が小さな蟻の巣で生活するようなものなので、ちょっとした動き1つでも気を配っておかなければ巣ごと壊滅させてしまうだろうと・・。

 リコが淡々とした口調で語った。


「・・なるほど。鍛錬して強くなろうとする努力と、その力を抑えて加減をする努力、相反するものを同時にやらなければならないという事か」


 俺は頷いた。相変わらず、リコの説明は分かりやすい。


「・・ですね」


 リコが足元へ視線を落とした。その背を、エリカがそっと手で触れて慰める。


「あはは・・先生、硬いです。硬すぎです。いつもの感じで暴れちゃうと死人の山ができるから大人しくしましょうって、それだけですよ」


 ヨーコが笑いながら言った。


「硬い・・そうか。そうだな・・いや、俺は別に好んで人を殺しているんじゃないよ? 攻撃を受ければ反撃もするし、敵として立ち塞がるなら殲滅するけど・・前も、ロンダスという町で普通に暮らしてたんだからな?」


「その普通が恐いんですよ」


 ヨーコが両手を腰に当てて座っている俺の顔を覗き込んだ。


「だって、そのロンダスって南境の町でしょう?」


「うん」


「そこは、天空界の皇太后さんがビビるような人が統治している町ですよね?」


「うん、そうだな」


「それ普通じゃないですよ? 絶対、他の町とは常識が違ってます。先生が信じている常識は、きっと他の町に行ったら非常識です」


「そうなのかな・・?」


 ヨーコに言われて、俺は腕組みをして考え込んだ。ここまで言われると、少しばかり不安になってくる。


 まあ、殺すだの殺されるだのが日常的に・・というより、朝昼晩晩、いたるところで繰り返されていたし、他所の土地に居られなくなった山賊やら盗賊などが流れ着くような町だったが・・。


「まあ、私達も普通の町なんか知りませんけど・・・なので、少しの間でも普通の町で暮らしてみるというのは賛成なんです。もちろん、嫌な事をされて黙っているつもりはありません。ただ、できる限りの手加減をしてみるつもりです」


「そうだな。俺も可能な限り暴力沙汰は控えよう。住まいは・・そうだな、このバルハルを町のはずれにでも置いておく許可を求めれば良いか。町中にはヨーコ達4人で行って宿をとってくれ。俺はしばらくの間は町に通う感じで、こう・・常識の感覚を掴もうと思う」


「先生ぇ、女の子4人で旅してますぅ~とか、それこそ面倒なことになると思いまぁ~す」


 サナエが挙手しながら言った。


 確かにもっともな意見だ。


「それもそうか・・」


「町中の空き地とかにバルハルを置かせて貰えば良いんじゃないですか?」


「・・なるほど。交渉してみる価値はある」


 エリカの提案に、俺は大きく頷いた。


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