第119話 揺れるレンステッズ
「先生、出番で御座いますぅ。町が地上から消えちゃいそうですよぉ」
サナエが呼びに来た。
レンステッズの町に入ろうとしたら想像していたよりも厳しい検問があり、始めは大人しく、次第に険悪な雰囲気になり、とうとうヨーコやエリカがキレかかって騒動になりかけている・・・らしかった。
まあ、各人の部屋を調べるだの、箪笥やら色々と開けて見せろだのくらいは仕方無いにしても、服を脱いで肌着一枚になれというのはマズかった。
「この町に、カリーナ神殿のレイン司祭様か、ミューズ神官は滞在中か? 居るなら、シンが訪ねて来たと伝えてくれ。それだけで良い」
返事があるまで、町の外で待たせて貰うと一方的に告げて、俺は怒り心頭といった様子の少女達を引きずるようにしてバルハルが背負った館へ放り込み、さっさと移動させた。
無視できない名前を出した。城門の衛兵の判断で無視を決め込むと、後になって
俺の知る常識では、これをやった方が血が流れずに済むのだ。
「ラース、姿を見せて良いぞ」
町の正門から10メートルほどの離れた場所に、バルハルを停止させて、俺は外に出るとラースを呼んで電流を食べさせた。働き者のバルハルには龍炎をご馳走する。
「リコ、この壁の向こうに人は?」
「・・厩舎と城門内の広場になっているようです」
「そうか」
俺は拳を握って城壁に叩きつけた。
あっ・・と止めに入る間もない一瞬の出来事である。
一撃で馬車が通れそうなくらいの穴があいた。さらに、左拳、右拳と叩きつけて幅100メートルに渡って城壁を粉砕していった。
「門からは入れないようだが、ここに穴があるんだから、こっちから入れば良いじゃないか」
「ぇえ・・っと、先生・・」
「なんだ?」
「もう遅過ぎなんですけど・・・大人しくするとか言ってませんでした?」
「あいつらを殺さなかっただろう?」
俺は腰を抜かした衛兵達を顎でしゃくって見せた。
「・・ですよねぇ」
ヨーコが乾いた笑い声をたてた。
「4人とも龍を呼べ。町の首長に挨拶だ」
「へ?・・ははは・・それ、やるんです?」
「町中を歩けば兵士と衝突するぞ?無駄に死人を増やす必要は無いだろう?」
「・・えええ?そう・・なの?」
ヨーコがエリカを、エリカがリコを・・そして、サナエに視線が集まった。
「カモンっ! ギンジロウぉーーー!」
サナエが声を張り上げた。
「ちょっ・・サナ・・」
エリカが慌ててしがみついたがもう遅い。
サナエの呼び掛けに応じて、高空で遊んでいた巨大な銀鱗の龍が物凄い勢いで舞い降りて来た。
「あぁぁぁ・・・もう、駄目ね、これ。私も呼ぶわ・・ペルーサ!」
リコが鋭く声を張る。
「ははは・・もう仕方無いよね」
ヨーコとエリカが顔を見合わせて苦笑した。
「おいで、ライデン君!」
「アーク!」
少女達の呼び掛けに応じ、次々に銀色の巨龍が急降下してきて、突風を巻き起こしながら着地していった。
蹲っていても、背までの高さが8メートル近い。尾を除いても15メートルはある体長の銀色の龍鱗に覆われた巨体が整列したのだ。
城門周りの兵士達はもちろん、検問で並んでいた旅人も恐慌状態に陥って逃げ惑っていた。
「騎乗して、あの辺の建物の上を飛んでいてくれ」
俺は町中に聳えて見えるいくつかの大きな建物を指さした。
「はい」
色々と諦めた顔で、少女達が巨龍の後頭部辺りにある龍騎用の鞍に跨がった。
すぐさま、再びの爆風と共に4体の巨龍が舞い上がった。そのまま、町中に巨大な飛影を落としつつ飛翔していく。
「バルハル、町の建物を壊さないようについてこい」
声をかけてから、
「あの尖った塔へ跳べ」
俺の指示に、ラースが嬉々として地を蹴ると、天狼の魔技と同じような感じで、空中を駆け上がって真っ直ぐに尖塔まで走って行った。
ちらと振り返ると、ノンビリとした動きで、背中に館を載せたバルハルが近くの建物を這い上がり、屋根から屋根へと粘体の体を拡げながら渡り進んで来る。
「リコっ! 町を・・じゃなく、町の外を煉獄で囲んでくれ」
リコを乗せた銀龍とすれ違いざまに指示を出した。
「・・はい」
リコの返事が聞こえた直後に、城壁の外側に巨大な炎の壁が出現した。
これで対岸の火事だと傍観しているわけにはいかなくなる。
町の誰もが自分に降りかかった災厄として対応を迫られる状況下になった。そして、排除しなければいけない標的、すなわち俺達は町のただ中に入ってしまっている。今、ここで大規模な攻撃を仕掛ければ、町中が焼け野原になるのは鼻を垂らした子供にだって分かる。
そもそも"龍"などという伝説の生き物が4体も出現して悠々と飛んでいるのだ。
城壁は大穴・・というより、ほぼ意味を失うほどに破壊されている。
町から逃げ出そうにも、町の外は劫火の壁で囲まれていた。
(交渉の前段階としては、こんなものだろう)
相手が要求を呑まざるを得ない状況は作れたはずだ。
仮に、これを逆転する一手を打てるものなら、その手段を見てみたい。
(この町にもあるんだな・・)
町の上空を身軽く駆けるラースの上から町を眺めていると、カリーナの紋章を掲げた神殿らしい建物があった。
「ラース、そこの屋根の上で待て」
俺は、神殿の前へと飛び降りた。
騒ぎを聞きつけて、中から神官服の男女が姿を見せていた。
「レイン司祭様か、ミューゼル神官はまだ滞在しているか?」
「あ、あなたは・・」
「この町の首長はどこにいる?」
「・・あ、あの・・」
「レイン司祭様、ミューゼル神官はもう他所へ行ったのか? なら、ここに用は無い」
俺は軽く地を蹴って、5階建ての石館の上に寝そべっているラースの前に跳び上がった。
その時、
「・・待ってくれ! おいっ、あんたっ!」
下の方から大声で叫ぶ声がした。
屋根上から見下ろすと、30歳前後の厳めしい顔付きの男が手を振り回して叫んでいた。
俺は下へと跳び降りた。
「用か?」
「あ、ああ・・あんた、あれだろ?・・レイン・フィール様のお知り合いなんだよな?」
「そうだ。そっちは?」
「ミドーレという・・そこの学校の武術講師だ」
「学校?・・魔導校か」
「そ、それで・・なんだって、こんなことを・・」
「城門で酷い扱いを受けた腹いせだ」
「門で・・いや、とにかく、その・・町を壊されるのは困る!」
「壊すつもりなら、もう灰にしている」
俺はミドーレという男を神眼・双で鑑定した。
同情したくなるくらいに貧相な肉体だった。冗談で無く、撫でたら殺してしまいそうだ。
「とにかくだ! 穏便に話し合おうじゃないか! なっ? 何か行き違いがあったんだろうってのは分かるんだが、死人が出ちまってからじゃあ、もう収まりがつかなくなってしまうだろ? あんたらに勝てないのは分かりきってんのに、俺達は町のために戦わなけりゃいけなくなる。そうしたら、俺達は全滅だ。冗談じゃねぇっ! 本当に勘弁してくれっ!」
懸命な形相でまくしたてるミドーレの必死さに、俺はしばらく相手をすることにした。
「町の統治者に会って、問い質すことがある。内容によっては町ごと消し去る。わずか半秒で済むから戦うことは無いだろう。その点は気に病む必要は無い」
「・・・いやいやいや・・それ、俺が死んじまってんじゃねぇか。困るんだよ!とにかく、殺さんでくれ! 町の統治者ってのは、あれか・・実質的な方で良いか? それとも飾りの方か?」
「実質的な方だ」
俺が言うと、ミドーレの表情が晴れた。
「なら簡単だ。俺が案内するぜ!この学園都市の理事長だからな。ちょいと前まで病気でヤバかったんだが、聖女様が治して下さったから、もうピンピンしてるぜ!」
「飾りの方は?」
「他所から派遣された貴族の馬鹿息子だ。まあ、ちと学園の懐事情で貴族に借りが出来たらしくて、その息子を統治者に据えられちまってんだよ」
「なら、俺達はこの神殿で待つ。その実質的な・・理事長というのを呼んできてくれ」
「・・分かった。ああ、でも、ちと遠いからな、待たせちまうぜ?」
「待つさ。俺達は急いで無いからな」
俺は会話の成り行きに顔を青ざめさせた神官達を振り返り、神殿で待たせて貰うことを宣告した。
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