第120話 対話

「話ってのを聴こうじゃないか」


 学園の理事長だという老婆が、先ほどのミドーレという男と、もう1人、目付きの鋭い女性を従えて神殿にやってきた。


「城門の衛兵に、女を裸にして検閲するよう命じているのは何故だ?」


「・・なにを言って? 裸?」


 老婆がミドーレともう1人の女を振り返った。しかし、どちらも要領を得ない顔で首を振った。


「その・・よく分からないんだがね?つまり、ここの城門でそんな取り調べを?」


「そうだ。あの4人に対して、肌着一枚になるよう要求してきた」


 上空を競うように飛び交っている銀龍を見上げながら検問の状況を説明すると、3人が何やら憤慨し始めた。

 しかし、演技という可能性もある。


「統治者として、この場で4人に正式な謝罪をして貰おう」


 俺は3人に向けて軽く殺意を向けた。

 ミドーレという男も、もう片方の女も恐怖に青ざめたまま床に座り込んでしまった。理事長だという老婆も脂汗を滲ませて、腰砕けに倒れそうになりつつ近くの椅子に縋り付いている。


「あ、あんた・・」


 引き攣った喉元を震わせるようにして老婆が何かを言おうとするが上手く言葉にならないようだ。



『はい、シン君っ!そのくらいにして・・おぉーーい、シン君?聞こえてる?』



 いきなり、神殿内に、若々しい男の声が響いた。

 振り返ると、神官の1人が魔導器らしき物を台車に載せて押して来た。



『遠話の魔導具だよ。こっちには姿も見えてるからね・・って、膨大に魔力を喰われるから急いで欲しいんだけど』



「ミューゼルさん?」


 俺は四角い水晶の箱を眺めた。



『やあ久しぶり。そこの神官から救援要請があってね、話を聴いただけで、もう行っても無理だって諦めたんだけどさ。龍が4頭とか、少女が乗っているとか聴いて、もしかして、シン君達かなって思ったんだ』



「それで?」


 そっけなく先を促す。



『相変わらずだねぇ・・ええと、そこの理事長さんはカリーナ神殿に縁のある人でね。できれば、穏便に話し合って欲しいんだ』



「穏やかに話をしていますよ?」


 指一本触れて無いのだ。



『いやいや・・どう見ても恫喝でしょ?お供の人が倒れちゃってるよね?いったい、何があったの?』



「城門の衛兵がうちの4人に服を脱げと言ったから、謝罪を要求しているところです」


 ざっとあらましを語って聴かせた。



『うわぁぁ・・ひどいお馬鹿さんが居たもんだね。それなら仕方ないかなぁ・・じゃなくって、その人は学園の理事長さんだからね? 学園を囲むようにできた街の事は、ウージル・サホーズという伯爵家の息子が取り仕切ってるんだ。やるなら、そっちにしてよ』



「どうして、そんな奴が仕切ってるんです?」



『まあ、ぶっちゃけると学園の資金繰りが厳しくなってね。近隣の貴族や豪族なんかから資金の援助を募ったんだよ。その支援者の中で一番身分が高いサホーズ伯爵家が仕切っているって事さ』



「つまり、衛兵の不始末はそのサホーズ伯爵が負うべき責任なんですね?」



『うぅ~ん、というより、ウージルっていう息子かな。もう成人しているんだから、親の責任がどうこう問い糾すのはおかしいよね?まあ、親の方が出しゃばってくるんなら話は別だけど・・』



「なるほど・・」


 おおよその構図が理解できた。理事長に責任が無いとは言わないが、直接的にはウージルという奴に責任を取らせるべきだろう。



『あ・・ちょっと待って、司祭様がお話したいって』



「司祭様が?」



『シン君?聞こえますか?』



 不意に、女性の声になった。どうやら、レイン・フィール司祭の声だ。



「お久しぶりです。司祭様」



『良かった。お元気そうね』



「ええ、元気にやってます」



『ミューゼルとの会話を聞きました。貴方の連れの子達が非道い扱いを受けたという事ですね。ミューゼルが申したように、直接の指揮命令はウージル・サホーズという者が行ったことだと思いますが、街の城門でそのような不正が行われていたことを見過ごしていた責任は学園側にもあります。理事長に代わって、私・・レイン・フィールが正式に謝罪いたします。申し訳ありませんでした』



「・・司祭様がどうして?」


 俺は苦く笑った。どうやら、これ以上は理事長を糾弾できなくなった。この程度の案件で、聖女様に謝罪をされては引き下がるしか無いだろう。



『実は、先日そちらを訪問した際に、そちらの理事長様からカリーナ神殿に対して教導支援を依頼されました』



「教導・・また、微妙な立ち位置ですね」



『ええ、神殿としては、管理業務にまで踏み込むわけには参りませんから』



「司祭様の謝罪はお受けしますが、俺は神殿の人間ではありません。これでお終いという訳にはいきませんよ?」


 簡単に仲裁できると思われては、いつか深刻な破綻を招く恐れがある。



『最終的に、学園そのものが無事に存続できれば良いのです。教導する相手が消え去ってしまうのは淋しいですもの』


 レイン司祭様が小さく笑ったようだった。



「・・分かりました。そういうことなら、街を消去するのは取りやめて、そのウージル・サホーズという人間に罪を償って貰うことで、今回は手打ちとしましょう」



『ありがとう、シン君・・御礼はまた別の機会にさせてもらうわ』



「ここに救援で来てらしたんですよね?」



『ええ、そうよ』


 レイン・フィール司祭が事のあらましを語った。



「魔人26人が率いる魔物の大軍ですか」



『狂王が1人混じっていたそうです』



「リアンナさんが魔物ごと一掃しちゃったんですよね?」


 リアンナが片付けたことは聴いていた。



『ええ・・文字通りの一掃だったみたいです。26の絶叫が同時に響き渡りましたから』



「あはは・・それは聴いてみたかったな。でも、よくリアンナさんが来てくれましたね」


 気に入らなければ、いくら大金を積んでも動かない人だが・・。



『アマンダ神官長の口利きが無ければ、動いてはくださらなかったでしょう』



「ああ、アマンダさんが・・なるほど」


 あの2人は古くからの知己らしい。



『シン君がちゃんと修行しているのか、お尋ねになられましたよ?』



「ありがたいことです」


 まだ気に掛けてくれているらしい。嬉しい事だった。



『ところで・・先日、南境の辺境伯がお城ごと消えてしまわれたそうよ。シン君、何かご存じ?』



 まったくの意外な話だった。


「辺境伯? ああ、ロートレンの・・俺は知らないですよ? ずっと西の方に居たから」


 ただ、まあ、リアンナさんに敵対行動をとった結果だろう。

 ロートレン傭兵団を使い、あの銀狼の魔人を執事にしていたくらいだから、ただの有力貴族というだけでは無かったのだろう。だが、南境の女帝に手出しをしたのは分不相応というか・・無謀過ぎる。



『そう・・ね。あまり関心を持たないようにって、ミューゼルやアマンダ神官長に言われてたんだけど』



「なんとなく、やった人の見当はつきますが、それは俺絡みじゃないですね。たぶん、その辺境伯というのが、ご本人に対して非礼な振る舞いをしたんでしょう」



『そういう事なの? シン君は関係無かったのね?』



「南境の掟・・というか常識ですけど、自分の尻は自分で拭けって・・ああ、こんな表現ですいません。その件、俺は無関係ですよ」


 というより、すっかり辺境伯の事を忘れていたくらいだ。



『そうですか。そうなのでしょうね・・あぁ、そろそろ説法の時間なので遠話を切りますね。シン君と話せて良かったわ』



「こちらこそ、司祭様と話せて良かったです」



『・・シン君、僕の事も忘れないでよ?』


 代わったらしく、ミューゼルが慌てた声で言う。



「もちろんです・・・リアンナさん、凄かったでしょう?」



『ああ、凄いなんてもんじゃ・・もう、なんというか、魔人に同情しちゃったよ』



「ははは・・武器は何を使っていました?」



『大きな戦鎚ウォーハンマーだったね』



「知ってました? あの人、魔法使いなんですよ?」



『・・・嘘だよね?』



「戦鎚で遊ばずに魔法使ってたら、この辺一帯が地図から消えてますから。ちゃんと加減してくれたんですよ」


 リアンナさんが壊さずに残したのなら・・。


「今回の件で学園を壊すようなことはしません」


 俺はミューゼルに向かって確約した。後ろで息を潜め祈るように見つめていた面々が、安堵の息を盛大に吐いた。


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