第121話 練兵

 86人の衛兵、ウージル・サホーズと護衛の男達9人が武器を手に懸命の戦いを挑んでいる。体裁も何も無い。狂気にとりつかれたように絶叫し、死に物狂いで弩弓を放ち、火炎魔法を放ち、投石器で巨岩を放ち、長い槍を手に突撃をする。

 そして、腕を切られ、脚を切られ、胴に風穴を開けられて散乱する。

 死にかけたところで治癒をされて蘇る。

 また突撃させられる。

 そして斬られ、突かれ、折られ、殴られ・・・。

 ・・また治癒をされる。

 

 レンステッズの練兵場で延々と地獄絵図が展開されていた。

 

 相手は、たった1人の少女だ。

 日毎に順番に交替しながら・・4人の内の1人だけが対戦者として姿を見せる。

 ウージル達はそれを相手に命がけで攻撃させられていた。


 文字通りに有無を言わさずに捕まり、気づけば練兵場に転がされていた。

 八日前の正午のことだ。

 

 武器による攻撃も、魔法も、何一つ効果が無かった。

 少女の髪一本乱すことすら出来ない。

 投石器の岩や強弩から放たれた矢など、タンポポの綿毛でも払うように少女がはたき落としてしまうし、長槍で突いても、長剣で叩いても突いても、肌身に引っ掻き傷すらつけられない。

 ウージル達が何をやっても、どうにもならないことは最初の数十分で理解させられていた。それからは、もう生き地獄である。少女達は、ウージル達の攻撃をすべて回避せずに受ける。その後、ぎりぎりで死なない程度にウージル達の体を破壊する。

 

 すぐに、言葉を発する者は居なくなった。

 ただ毎日毎日、ぼろぼろにされ、家畜の厩舎のような急ごしらえの小屋へ放り込まれ、投げ入れられた食事や水を口にし・・。また次の朝を迎えるだけだ。


 怪我も病気もしない。疲労すら強制的に魔法で回復される。

 そして、夜明けと共に、小さな鐘の音が鳴る。

 

 鐘が鳴ったら小屋を出ないといけない。

 ぐずぐずと小屋に引き籠もっていると、黒い鬼の鎧を着た悪魔が現れて、引きずりだされ、雷撃で動けなくされた後で足先から炎で焼かれる。そして、治療。また焼かれる。自殺をしようとしても、苦しんだあげくに治癒される。逃れようが無い悪夢が続くのだった。

 

 一度目の鐘は、朝食。

 二度目の鐘で武器を手に集まらなければならない。


 一言も言葉は掛けられない。

 黙々と従い、狂気を奮い起こして戦わなければならない。

 やらなければ死より酷い目に遭わされる。

 みんな心が壊れる。精神がもたない。なのに、その心まで光の聖術で治癒されてしまう。狂いそうな、ぎりぎりのところへ引き戻されてしまう。

 記憶は消えない。体は痛みを覚えている。恐怖を覚えている。

 忘れる事は許されていない。

 

 絶対的な支配者達によって、ウージル達の命は管理されていた。

 

 1ヶ月目の朝、鐘の音で96人全員が集まったところで、


「総員、整列っ!」


 ヨーコが鋭く声を張った。

 久しぶりに聴いた人間らしい声だった。


 ほぼ条件反射のように、考えるより先に体が動いて、ウージル達が横一列に並んだ。

 強烈な悪臭を体中から立ちのぼらせ、皮膚に貼り付いて変色した衣服一枚という姿だったが、背筋を伸ばして手を後ろで組んだ立ち姿は、どこか精悍さすら帯びていて頼もしくすら見える。


 全員の顔を見回しながら、俺はウージル達の正面へと立った。


「今日、この時をもって、お前達への教導は終了とする。今後、我々の教えに背き不埒な振る舞いを行う者がいれば、見かけた端から殺処分にする。いいなっ?」


「は・・はっ!」


「はっ!」


 ウージル達が慌てて返事をした。


「本当に分かったのか?」


「はっ!」


 今度は、全員が綺麗に揃って返事をした。


「よし・・これより、各人、本来の持ち場へ戻って日々の任務に邁進しろ! レンステッズの治安を守れっ! レンステッズを外敵から守れっ! レンステッズの誇りを体現しろっ! お前達こそが、レンステッズの守り手だっ!」


「はっ!」


「ウージル・サホーズ、一歩前へっ!」


「はいっ!」


 ウージルが真っ直ぐ前を向いたまま一歩前に踏み出した。


「教導訓練を耐え抜いた証として、短剣と支度金を授与する。直ちに任務復帰の準備にかかれ!」


「はっ! 感謝致しますっ!」


 ウージルが腹から声を絞るように声を張って前に進み出ると、片膝を地面に着いた姿勢で、リコとエリカが台車で運んできた短剣と支度金を入れた革袋を受け取った。

 すぐさま、立ち上がって再度一礼をしてから身を翻して練兵場から駆け足で出て行く。


「次、サーセル・クーン」


「はっ!」


 1人1人を呼び出して、短剣と支度金を手渡していった。

 革袋には、普通に暮らせば向こう50年間は楽に暮らせるだけの金貨、銀貨が入っている。短剣は、以前に立ち寄った街で宿屋を開いているモーラ・ユシールの旦那、オルダに依頼して打ってもらった業物だ。柄頭には、エリカが考案した鬼面が刻印してある。

 

(腕の方は、まあ・・まだまだ短剣に見劣りする程度だけどな)


 俺は腕組みをしたまま男達の背中を見送って、少女達4人を振り返った。


「どうなるかな、あいつら・・」


「少しは懲りたんじゃないですかぁ?」


 サナエが大きな伸びをしつつ言った。


「拷問にかけ続けたみたいなものでしたね」


「確かにな」


 ほんの2、3日のつもりだったのに、途中から熱中してしまっていた。


「初日に眼の光が消えちゃいましたね」


 エリカが台車をばらしながら言った。


「うん」


「サナの魔法が無ければ、みんなお墓の下だったね」


 リコが軽く屈伸しながら言う。


「そういうわけで・・先生、ナシナシで」


「お願いします」


「頑張るぞぉーー」


「よろしくお願いします」


 4人が綺麗に整列をして頭を下げた。


「・・ここでか?」


 俺はレンステッズの練兵場を見回した。


「一応の防壁は張ってあります」


「そうか・・まあ、防壁が破れるようなら途中で止めるよ?」


 レンステッズ導校は壊さない。そう約束したのだから。


「はいっ!」


「よし・・」


 俺は拳を握って見せた。

 それを合図に、4人の少女が消えた。


 直後に、上空で激しい衝突音が鳴り、サナエが大きく真横へ吹っ飛んだ。が、仰け反った姿勢から身を捻って、空中を蹴って左右へ分身していく。全員が、魔技も武技も使わずに、これが出来るようになっていた。

 末恐ろしい少女達である。


 追撃しかけた俺を、直上からヨーコが襲った。

 その顔面めがけて拳を振り抜く。

 


 ドシィッ・・



 重い殴打音がして、懸命の形相でヨーコが俺の拳を受け止めていた。

 そこへ、真下と真後ろから、リコとエリカが迫る。

 俺はヨーコの腕を掴むなり、真下へと引き下ろした。代わりに、上から突っ込んできていたサナエめがけて拳を振り抜いた。


「べゃっ・・」


 何やら言いかけたまま、サナエが顔面でまともに拳を受けて跳ね飛んだ。


 それを見る間も無く、空を蹴って下からくるエリカの追撃を躱す。


 いや、軽く躱したつもりが、するりと距離を詰められエリカの得意な蹴り技を放たれた。上下に旋回させながら繰り出すエリカの蹴り技は、うっかり受けると地面まで吹っ飛ばされる。武技では無く、純粋な肉体の技だ。


 やたらと打たれ強い組み打ち全般を得意にするヨーコ、しなやかな蹴り技を得意にするエリカ、接近しての短打や投げ技が得意なリコ、そして拳による強打に賭けるサナエ・・。

 4者4様、得意不得意はあったが、基礎体力の底上げによる効果は抜群で、天空人の5つ名くらいなら"ナシナシ"で圧倒できるだけの地力を身につけていた。


(だけど・・まだまだだな)


 顎を打ち抜かれたヨーコが身をよじらせながら地面に叩きつけられ、続いてリコが俺の蹴りを両腕を交差させて受け止めようとして間に合わず、頭から練兵場の防壁に叩きつけられて石壁に頭部をめり込ませて宙づりになった。

 直後に、1発逆転を狙って拳を大ぶりしたサナエが左右の頬をぶん殴られ、白目を剥いて地面へ墜落する。

 最後に、エリカが得意の蹴り技を蹴り技で応酬されて姿勢を乱し、顎を下から上へと殴られて宙へ舞った。


(・・13分くらいか。大した奴等だな)


 何度も良い打撃を与えていたのに、しぶとく耐え凌いで、懸命に一撃を入れようとしてきた。


(俺の地力も上がっているのに・・よく耐える)


 感嘆しながら、石壁に刺さっているリコを引き抜き、地面を抱くようにして動かなくなったサナエを仰向けに転がし、おかしな形に捻れているヨーコの手足を引っ張って戻し、歯が粉々になって血塗れの顔をしたエリカを横に並べて、全員に清浄の魔法をかける。あらかじめ掛けていた継続回復の魔法が、淡い燐光のように少女達を包んでいた。


(壁は少し壊したけど・・)


 まあ、学園を破壊した訳じゃ無いから良いだろう。

 練兵のために、城壁並に丈夫に作られていた石壁が、あちこらこちらで崩落し、陥没し、周辺の地面と一緒に裂けたりしていたが・・。


 無限収納から水瓶を取り出して水を飲み始める俺を、壁向こうにある学舎から、レンステッズ導校の理事長、教員、生徒達が血の気の失せた顔で見ていた。この1ヶ月間、96名に対して行われていた行為も、この世の物とは思えないほどの悲鳴、苦鳴も、ずうっと聴かされ続けていた。極めつけは、少女達との模擬戦だ。人が宙を跳び、拳や蹴りが巻き起こした風圧で、地面が抉れ、防壁が軋み・・それを受け止め、受け流し、反撃し・・もう、すべてが異常な光景だった。

 

「・・彼の者達が、レンステッズの敵とならなかったことを神に感謝致しましょう」


 理事長がぽつりと呟いた。

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