第122話 救援要請
「先生・・」
控え目に扉が叩かれたとき、俺は朝の
「オリヌシさんから手紙が届きました」
(オリヌシ・・手紙?)
俺は寝台に身を起こした。
そのまま、扉を開けて顔を覗かせる。
外で待っていたのは、エリカ1人だった。
「すいません。こんな朝早くに・・」
「良いけど・・オリヌシだって?」
「はい。これです」
差し出された手紙を見ると、裏を返して魔導印の有無を確かめた。
何も封がされていない素の書状だった。
「あぁ・・」
手紙を開いてすぐに声が出た。
(オリヌシ・・間違い無いな)
修辞も何も無く、用件が書き並べてあった。
魔導で調べた訳じゃないが、それがあの人の良い大男の字だと直感できた。
怪我をした。腕を治して欲しい。場所を知らせるために女に手紙を持たせた。詳しい話は女に訊いてくれ。
これだけである。
「この手紙は誰が?」
「アマリスさんです。下で待って貰っています」
「・・ああ、あの獣人の」
オリヌシの連れで、短い間だったがヨーコ達とずいぶんと気が合って打ち解けていた女性だ。
階段を下りてみると、頭に三角の獣耳がある獣人の女が、ぱっと表情を明るくした。長い黒髪に黄金色の房が混じった特徴的な髪の柄に覚えがある。
「シン様っ!」
アマリスは鎖帷子に質の良い革胴衣を着ていて、頭には板金を縫い込んだ額当てを巻いていた。旅外套の汚れ具合、革鎧の傷み具合からして、かなり長期の旅程だったに違いない。おそらくは怪我をしていたのだろうが、すでにサナエ達が治療したようだ。
「オリヌシの治療は引き受ける。場所を教えてくれ」
即座に告げた。
「・・ぁ・・ありがとう御座います!」
アマリスがその場に片膝を着いて頭を下げた。
「あいつは何処に?」
「ヴァキーラ王国の王都にて、魔物の軍勢を相手に戦っておられます」
「ヴァキーラ?」
「西の大陸に御座います。獣人王国の1つです」
「ふうん・・リコ?」
「ここからでは見えませんが・・アマリスさんに地理を訊きながら移動すれば、たぶん・・」
「よし、時間が無さそうだ。4人でアマリスを連れて救援に向かってくれ。魔物との戦闘は4人で協議して必要性を判断するように。手に余る魔物が居た場合は、俺を連れに戻れ」
「わかりました!」
少女達が整列した。
「4人で1つの戦闘集団だ。それを忘れるなよ?」
「はいっ!」
リコ、エリカ、サナエ、ヨーコが力強い返事をする。
「よし、行け」
俺の号令に、リコがアマリスの手を取った。さらにエリカと手を繋ぐ。そのエリカの肩に、サナエとヨーコが手を置いた。
「・・エリ?」
「見えた。行くよ?」
エリカがみんなの顔を見回し、それぞれが頷いたのを確認した。
直後、瞬間移動をして消えていった。
(オリヌシが手傷を・・)
獣人の女達を含め全員が回復魔法を使えるようになっていたはずだが、それでも追いつかないほどの戦いだという事か。
あの巨漢戦士は、ただの力自慢などでは無い。
共に、黒い巨龍を狩ったから、実力のほどは把握しているつもりだ。きちんと大剣技を修練した強戦士だった。少々の魔物や魔人など歯牙にも掛けないはずだが・・。
(・・間に合えば良いけど)
アマリスがどうやって辿り着けたのかは分からないが、相当な時間がかかった事だろう。すでに手遅れになっているかもしれない。
(獣人の王国か・・西大陸なんだよな?)
船嫌いの少女達だったが、今なら魔技で空を散歩できる。
召喚元の王国へ挨拶を済ませたら、西大陸へ行くのも面白いかもしれない。
(それにしても、オリヌシの奴、まだ傭兵とかやってんのか?)
前はゼール公国のサージャとかいう王子に雇われていたし、それ以前にも方々で傭兵稼業をしていたような事を言っていた。よく飽きもせずに雇われ兵士なんかやれるものだ。
(・・掃除でもするか)
まだ夜明け前だったが、すっかり眼が覚めてしまった。
掃除の当番は、ヨーコ。朝食の当番は、エリカだったのだが・・。
(仕方無い)
館の窓を開けて回ることにして、空気を入れ替えるために玄関扉を大きく開け放つ。留め具を掛けようとしているところへ、男達の急いだ足音が近付いて来た。
「師父っ、早朝から申し訳ありません」
畏まった物言いをして低頭したのは、ウージル・サホーズだった。傍らには、いつぞやの教員、ミドーレという男を連れていた。
「導校の魔法探知により、魔人の集団が観測されました!」
ウージルが背を正し、両手を後ろで組んで胸を張る。感情を抑制できた落ち着いた声だ。表情も良い。
「ふうん?」
「・・で、できましたら、学園にて行われている対策会議に参加してもらえ・・頂きたいと思い・・」
ミドーレという男が慣れない敬語に苦戦しながら何やら言い始めた。
「ウージル、その会議はこの場で開く。参加者をここへ招聘しろ」
「はっ! 直ちに呼集致します!」
背筋を伸ばしたまま命令を復唱し、ウージルが傍らのミドーレを見た。
「お、おうっ・・ちょっと行ってくらぁ・・きます!」
ミドーレが大急ぎで駆け去って行った。
「バルハル、館を下ろして屋根の上にあがっておけ。町中で火災が起きたら急行して鎮火しろ」
俺の命令に、地面から浮かんでいた館が静かに下ろされ、巨大な粘体が屋根の上へと上がっていく。
「タロン」
館の2階に向かって声を掛けると、
「パパ・・?」
出窓が開いて、タマネギ状の鉢金を被った小柄な姿が覗いた。
「この街を守る。おまえの兵団を出して全周を防衛してくれ」
「パパ、ワカッタ・・タロン、マチ、マモル・・・ガーディアン・タイプ・ベータ、キドウスル」
タロンが敬礼らしき動作をした。
「上で周囲の様子を見てくる。ここで待機していろ」
ウージルに声を掛けるなり、俺は上空へと跳んだ。
後ろを姿を消したままラースがついてくる。
(へぇ・・)
距離にして20キロ・・飛行してくる奴はもう10キロ近くに迫っている。数はざっと数百程度。もっと増えるのかもしれない。
(地下から潜んで来ている奴もいるな)
俺はちらと銀毛の巨獣を振り返った。
「ラース、土の下を潜って来ている奴らが見えるか?」
俺の問いかけに、巨獣が大きく尻尾を振った。
「よし、おまえの遊び相手は地面の下からくる奴等だ。すべて片付けろ」
命じるやいなや、ラースがまっしぐらに地面めがけて急降下していった。
(あれが、タロンのベータか)
黄金色をした甲冑人形が街の城門に沿って大量に出現していた。左手は大きな楯になっていて、右手は剣になっていた。円筒型の兜頭には真紅の光が単眼のように点っている。
(裏手・・北側から7匹・・?)
魔物の大群で注目を集めておき、地下の伏兵、北側からは少数精鋭での侵入工作だろうか? 強さに自信のある魔族にしては、ずいぶんと慎重な・・弱腰ともとれる攻め方をしてくるものだ。
「ウージル・・」
「はっ!」
「ミドーレの戻りを待つ時間が惜しい。俺は外へ出る。おまえは、衛兵を率いて町中の治安維持に当たれ。戦闘の余波で多少の被害は出るかもしれないが・・・外の魔人はすべて俺が始末する。魔物の程度によらず、町への侵入を発見したら即座に連絡しろ」
「はっ!」
ウージルの返事を背中に訊きながら、俺は身を翻して北壁に向かった。
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