第123話 鏖殺
「き・・貴様は」
息も絶え絶えに魔人が呻いていた。人というより猿に近い姿で、足よりも腕が長い怪異な姿をした魔人だった。すでに手足を貫かれて身を起こすことすら出来ない状態に追い込まれている。
「いくつか質問に答えろ」
俺は先に斃した魔人の血魂石を握り潰しながら、猿のような魔人を見下ろした。
同様の姿をしていた魔人達はすべて血魂石を遺して崩れ去った。
「この街に何がある?」
俺の手が魔人の猿のような頭部に当てられた。
「お前等が来るのは、これで二度目なんだろう?こんな街に何の執着があるんだ?」
訊きながら、指先を魔人の頭蓋へとめり込ませていた。
「・・ぐっ・・ぎぃっ・・」
魔人が身を痙攣させて苦鳴を噛み殺す。
「・・・妖精種が・・どうやって、これほどの力を・・」
「訊いているのは俺だ。もう死ぬか?」
「・・ま・・待ってく・・」
声をあげかけた魔人の頭が嫌な音を立てて砕けてしまった。
「ぁ・・」
力加減を誤ったようだ。
地面に転がった血魂石を細剣で粉砕すると、俺は小さく息をついて魔人の本隊がいる方向へと跳んだ。
地下から潜んで来た魔人達は、ラースの爪牙にかかって果てたらしい。館の近くで寝そべったラースが、血魂石を前脚で抱えるようにしてガリガリと囓って噛み砕いていた。
街の上空を駆け抜けながら、神眼・双で周囲を見回すが他に忍び寄っている魔人は居ないようだった。
(お・・っと!?)
そろそろ城壁上を越えそうな辺りで、遠方より槍が飛来してきた。
宙空で槍を掴むなり、空を足場に投げ返す。
さらに、追撃で風刃の魔法を乱れ打った。
(・・弱い)
空から迫っていた鳥だか人だか分からないような姿の魔人達が、派手に羽根を散らせて落下していく。
(数だけで・・雑魚ばっかりだ)
城壁上に降り立ち、俺は細剣を指揮棒のように振って、風刃の魔法を街の上空に舞わせていった。
たちまち、虻や蜂の羽音のような不気味な風鳴りで大気が震え始める。
風の刃が街の上に数千、数万と数を増やしていくのだ。肉眼で見えないことが幸いだろうか・・。
やや離れた空では、鳥人間のような魔人達が恐慌状態に陥っていた。
魔人の優れた感覚が異様な数の風刃を感じ取ってしまうのだ。
(・・何匹残るかな?)
俺は上空に舞わせていた風刃を前方一帯へ向けて放射した。
空を飛んでいた魔人が細切れになって飛び散り、広大な大地も無数の亀裂を穿たれて方々で物悲しい絶叫が響き渡った。
(3匹だけ・・?)
ぼろぼろになった丘陵地に立っている魔人は、たったの3体だけになっていた。
魔法が苦手な俺の、それも初級の風属性の魔法で・・。
(血魂石を落としたから魔人なんだろうけど・・)
何かの罠かと疑いたくなるくらいに脆い。
神眼で周囲を慎重に見回しながら、地上で待ち受ける3体の魔人の元へと降りて行った。
(手負い・・)
2体が裂傷を負って血を流していた。
人と変わらない姿をした魔人達で、傷を負っている1人は女のようだ。
(仕留めるなら、あいつからか・・)
俺は、無傷で立っている大柄な魔人に向かって突進した。
(閃光っ!)
目潰しに閃光を爆ぜさせる。
正面にいた大柄な魔人は、構わずに手にした戦斧を振り下ろしてきた。狙いも正確で速い。
方形楯で受けながら、身を入れ替えるように脇へ抜け、細剣の連打で斜め後ろにいた女魔人に無数の穴を穿つ。
「貴様っ!」
手負いの片方が怒声をあげて斬りかかってきた。
(・・馬鹿だな、こいつ)
その手元を掴むなり、楯代わりに引きつけた。
直後に、横殴りに振られた戦斧が、俺に代わって魔人の腰を切断していた。
その戦斧の峰を籠手で叩き、一気に間合いを詰めると、大柄な魔人の膝上を細剣で貫き徹した。素早く引き抜いて後ろへ下がりながら、思わず身を折った魔人の喉元めがけて細剣を繰り出しておく。手元で繰り出しただけの威力の無い突きだったから牽制のつもりだったが・・。
(ぇ・・?)
ほとんど何の抵抗も無く、細剣が魔人の喉を突き破り、口元、顔面にも刺さっていた。
(こいつ・・いったい?)
どういうつもりか、魔人が戦斧を放して両手で顔や喉を押さえて苦悶し始めた。
こちらの油断を誘う演技だろう。
そうは思ったが・・。
「は・・?」
油断無く身構えようとした俺の目の前で、大柄な魔人が苦悶しながら灰状に崩れて消えてしまった。
(どういう・・どうした? なんだこれ?)
俺は神眼・双で全周を警戒しながら、楯を構え、細剣を体に引きつけた。
いくらなんでも、これはおかしい。
風刃ごときで手傷を負ったり、細剣の軽い突きで絶命したり・・。
気味が悪いくらいに脆弱だった。
神経を尖らせながら、地面に転がった血魂石を細剣で貫き破壊すると、いくつか光が舞い上がって、2つが俺の中へと入ってきた。
「どうも、気味が悪いな」
声に出しながら、俺は神眼で血魂石を探して全てを破壊していった。
細剣技で掃討しても良いが、なんとなく丁寧に残さず破壊しておこうと思ったのだ。
こうしている内に、伏兵のような者が現れたり、魔導の罠などが発動したり、あるいはこちらが認識できないほどの距離から狙撃されたり・・・そうした事が起こるんじゃないかと期待しながら・・。
もちろん、負けるとは思わなかったが、多少の苦戦は強いられるんじゃないかと思っていた。少なくとも、街には何らかの被害が及ぶだろうと・・。
(・・なんか、困ったな)
『御館様・・』
(ゾエ、困ったよ・・なんだ、これ?)
『・・御館様、御身の内に魔族に対する特異な特性が生じているのでは無いでしょうか?』
(俺の特性・・)
ゾエに指摘されて、俺は自分自身を神眼で鑑定してみた。
(あぁ・・これか)
固有特性の中に "魔族鏖殺" というものが顕現していた。
(・・いや)
いつの間にか "天族鏖殺" というものまである。
(天族というのは・・天空人のことだよな?)
『はい・・特定の種族を大量に殺害すると顕現する特性だと思われます』
ゾエの説明によると、短期間に同一種族を大量に殺害しないと生じないものらしい。
(・・まあ、身に覚えはあるな)
魔人も天空人も、その魂石も・・。
(このところ、魔人や天空人を相手にすることが多かったし・・)
『通常は
(まあ・・鏖殺・・皆殺しだからな)
ちょっと相性が良いというような程度じゃないだろう。
(魔人や天空人を相手にするなら優位になるな)
『・・優位というより、もう捕食者と被捕食者の位置関係ですね』
(なるほど・・)
人を殺し続けると、どんな特性になるのか。
『同族殺しは、あまり良い特性にはならないそうです』
俺の思考を読み取ったのか、ゾエがやや窘める口調で言った。
(ん・・まあ、そうなのかもな)
苦笑しつつ、俺は神眼・双で周囲を見回した。ひとまず、生きている魔人は居ないようだった。
(さて・・あいつらはどうなったかな?)
オリヌシの救援に向かった4人の事を思いつつ、駆け寄ってくるラースの背に跨がって街の周辺をぐるりと周回しつつバルハルとタロンが待つ館へと戻っていった。
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