第124話 強敵につき

「エリ、見えた!」


 リコが声をあげた。


「うん! サナちゃん、アマリスさん、手を!」


「はいよぉ~」


「は、はいっ」


 エリカが差し出した手をサナエとアマリスが掴む。

 直後、3人は瞬間移動して消えた。

 リコが見付けたオリヌシの元へと跳んだのだ。


「ヨーコ、私達は外から行くよ!」


「任せて!」


 ヨーコが薙刀を手に笑みを浮かべて見せた。


 山頂にある古びた城塞を魔物の群れた取り囲んで攻め寄せている。エリカ達は城塞へと瞬間移動し、残ったリコとヨーコは、このまま外側から魔物を駆逐するつもりだった。


「急がず、じっくりやろう」


 勇むヨーコに、リコが声をかける。


「うん、そうだね!」


 頷いたヨーコだったが、すでに双眸は青銀色を発していた。

 何時の頃からか、戦闘時になるとヨーコの双眸は青銀色に発光を始めるのだ。武技、魔技を使う使わないに関わらず、ヨーコの瞳は光を放つ。

 ヨーコ自身も、条件は分からないそうだが・・。


「取りあえず、横一文字から・・空から来たらお願い」


 ヨーコが薙刀を手に一歩踏み出すと、真横に鋭く振り抜いた。

 端から見ていたら、それが武技なのか魔技なのか分からない。ただの武術の技のように見えるのだが・・。


 まだ数百メートルは離れているだろう魔物達が、見えない斬撃によって薙ぎ払われて粉々に飛び散っている。横幅にして100メートル近いだろう広範囲の殺戮劇だった。

 恐ろしいのは、その不可視の斬撃を素振りでもするかのように連続して方々めがけて放てることだ。シンによって鍛えられたおかげで、この程度の武技なら何日でも放ち続けられる体力が備わっている。


「また、範囲が拡がったね」」


 リコが俯瞰ふかんして眺めながら呟いた。

 

 いきなり訳の分からない攻撃を受けて魔物達は狂乱状態である。辺り一面・・という描写が控え目なくらいの大群だったが、ヨーコの武技によってそこだけ剃られて禿げたように空き地ができていた。


「空を焼くわ」


 リコが長剣で上空を指し示した。


「うん!」


 返事をしながらヨーコが横に、斜めに斬撃を放つ。その都度、目に見えない風の刃が地面の上を飛翔して抜けて行く。


 両手が翼になっている半鳥の魔物達が上空から襲って来ようとしていたが、熱に触れて燃え上がる紙のように、次々に発火して灰になっていった。リコはただ長剣で指し示し、そこに熱塊を出現させただけだ。数百という鳥人達が瞬時に灰になって消えた。飛竜が慌てて向きを変えて回避をする。


「普通の魔物みたい。魂石を落とさなかったわ」


 リコが空を見上げながら言う。


「数だけだね。でも、どっかにボスが居るでしょ!」


 ヨーコが次の武技を放とうと薙刀を担ぎ上げた時、


「やれやれ、邪魔をしてくれる」


 不意の声が聞こえ、いきなりヨーコ達の足下が黒々とした沼と化した。


「・・誰かな?」


 あるいは、沼に落として身動きを封じる目的か?沼が毒にでもなっているのか?

 しかし、ヨーコとリコは沼に落ちる事も無く、宙を足場に周囲へ視線を巡らせていた。


「ほう・・ただのネズミでは無いか」


 低くしゃがれた男の声と共に、宙空が縦に裂けるように割れて、黒々とした煙のようなものが染み出てきた。


 そこへ、ヨーコが斬撃を飛ばした。

 黒い染みを狙うというより、亀裂そのものを狙った攻撃だ。

 だが、


「ヨーコ!?」


 リコが緊張の声をあげた。

 その視界をヨーコが大きく吹き飛んだ。それへ長大な刃物のようなものが突き入れられたが、崩れかけた姿勢のまま、ヨーコが薙刀を振り抜いていた。


 それは、長大な騎士槍だった。握っているのは身の丈が5メートルほどの甲冑姿の巨漢だ。鮫を模したかのような兜の下から、赤光を放つ大きな単眼が覗いている。


 激しい衝撃音が鳴り、わずかに逸れた大槍がヨーコの脇を掠めるようにして抜けた。

 ほぼ同時に、重い金属音が鳴って、ヨーコの薙刀が大槍の表面を削るように滑って槍を握る手を狙って振り抜かれていた。


「・・ふん」


 鬱陶うっとうしそうに鼻を鳴らして、巨人が槍を跳ねさせ、ヨーコの薙刀を弾き上げた。


「・・ヨーコ?」


 リコがヨーコの背中へ声をかける。

 

「悔しいけど・・きつい」


 ヨーコが薙刀を構えたまま言った。

 少々の敵なら、1人で片付ける。魔人だろうと天空人だろうと、今のヨーコと打ち合えるような敵は滅多にいない。

 そのヨーコが厳しいと口にした。

 つまり、それほどの相手ということだ。


「・・分かった」


 リコはヨーコの背に身を近づけた。

 防御魔法から治癒まで、瞬時に支援できる状態だが、多分、それでも追いつかない。


「余裕あるじゃねぇか・・お喋りかぁ?」


 巨人が不機嫌そうに唸りながら、無造作に大槍を振りかぶって殴りつけてきた。

 

 それをヨーコは、受け流さずに、真っ向から薙刀をぶつけるようにして受け止めた。同時に武器を発動させている。

 直後に強烈な熱が周囲を灼き、正面に立つヨーコはもちろん、背で守られているリコも灼熱の奔流を浴びていた。大槍の打撃そのものは、打透の武技によりヨーコが打ち消していたが、巨人が使用していた魔技までは防げなかったのだ。


 だが、ヨーコもリコも無傷だ。熱は2人の鎧にすら届かない。

 

「ちっ・・」


 苛立つように舌打ちをするなり、巨人が大槍を構えるなり、連続した突き技を繰り出してきた。加えて、寒気がするような呪怨が吹き付け、呪歌のような風鳴りまで聞こえ始める。


 ヨーコが薙刀に武技を乗せて応戦した。リコが防御の魔法を使いつつ、疲労回復の魔法を使い続ける。


「呪いも効かねぇのか・・てめぇら、ただの雌犬じゃねぇな?」


 唇を割る牙の隙間から唸るような声が漏れる。巨人の苛立ちがそのまま周囲の大気を震わせ、一気に辺りの温度が上がっていくようだった。


「・・ぬっ!」


 不意に、巨人が大槍を背後に向けて打ち振った。どこからともなく飛来した黒矢が派手な音を鳴らして弾け飛ぶ。


「リッちゃん」


「お願い!」


 短いやり取りを交わしたリコを、巨人が睨み付けた。


「リコっ!」


 ヨーコが声をあげた。

 咄嗟とっさの動きで、リコが楯を胸元に持ち上げる。例の天空人の皇太后に贈られた楯だ。凄まじい衝撃音を響かせながらも、巨人の大槍を受け止め、その穂先を弾き逸らしていた。


 代わりに、リコの体が捻られて地面へと跳ね転がる。

 楯越しの衝撃までは防ぎきれなかったのだ。

 

 しかし、


「ぐ・・うっ!?」


 苦鳴をあげたのは巨人の方だった。

 自分の握っている大槍が、自身の甲冑を貫いて脇腹をえぐっていた。

 巨人の目の前に、黒く空間の穴が開いて、そこから穂先が突き出されたのだった。巨人が自分で繰り出した大槍の穂先だ。小娘を楯ごと突き転がしたはずの穂先が、我が身へ返されていた。


 敵を狙った槍撃がそのまま返される。天空人が得意にしている呪技に似通った技・・。

 巨人がそうと理解するまでに、なお数瞬の時がかかった。


 そこへヨーコが斬りかかった。


 蜉蝣かげろうという技がある。ヨーコの薙刀技の1つで、実際の刃の位置を相手に誤認させるという、効果としては単純なものだ。だが、魔技でも無く武技でも無いそれは、純粋な武術が昇華したヨーコの技だった。だからこそ、格上に薙刀の刃を届かせる。魔技を無効化し、武技を見切る巨人が惑わされる。

 

 余裕を持って受け止めようと持ち上げた大槍を、ヨーコの薙刀がすり抜けて巨人の腕に叩き込まれていた。甲冑に深々と断ち割った薙刀の刃は、巨人の腕の肉にわずかに食い込んだものの骨には届かず止められた。


「・・やっぱり、駄目っぽい」


 ヨーコが強引に薙刀を引きながら巨人の蹴り足を回避して退いた。

 直後に、巨人の単眼から真紅の閃光が放たれた。それを仁王立ちに両手を拡げたヨーコが真っ正面から受け止めた。

 その背に、地面に身を起こしたリコが護られている。

 歯を食いしばって耐えるヨーコに護られながら、治癒魔法を振り絞るようにしてヨーコを回復させ続けていた。


 人間の娘達をひねり潰そうとしていた巨人にとっては、思わぬ反撃と粘りを受けることになった。

 致命傷を与えるはずの大槍はぎりぎりでらされ、逆に小うるさく刃を当てられ、大技で仕留めようとすれば眼鏡の少女が円楯で受け止められ、穂先が我が身に返ってくる。

 そして、2人の少女は不死者のごとく立ち上がるのだ。

 眼鏡の少女も、薙刀を手にした少女も・・・。

 

 巨人を前にして、これほどまでに粘り強く戦ってみせた相手は久しく存在しない。

 無論、このまま戦い続ければ負けはしない。

 いずれ押し勝てる。

 それだけの力量差はあった。

 だが、決着の時はそう易々とは訪れない。それほどに、目の前のか細い小娘達は戦い慣れていた。何よりも脅威に感じられるのが、大きく見開かれた眼の力だ。眼の奥底に揺るぎない静寂があるのだ。細波1つたたない静謐な精神が眼の奥に存在しているのだ。


(有り得ぬ!)


 それは、年端もいかぬ小娘風情が宿せるような光では無い。

 生涯を戦場で過ごしてきたような戦士が、晩年になってようやく辿り着く境地・・。


 いったい、どれほどの修羅場を潜れば、これほどの胆力が練り上がるのか。

 埋めようのない圧倒的な力の差がありながら、なお平然と怖れを見せずに立ち向かってくる。武技も魔技も通用しない。魔法も無効化される・・それが分かっているというのに・・。


(隠れて狙撃してきた奴か?)


 あの黒矢を射てきた奴に期待しているのだろうか? あれが何かの援護になるとでも? あの矢が仮に当たっていたとしても、かすり傷しか与えられないというのに・・?


(分からん・・なぜ、こいつらは逃げ出さない?)


 もしかしたら、まだ大勢の援軍が来ているのだろうか?


(・・こやつらほどの者が? まさかな・・)


 天空人とは戦い慣れている。呪技の潰し方は熟知していた。自身に返される以上の攻撃を加えれば、あの眼鏡の少女を殺せる。その時には、巨人もそれなりの手傷を負ってしまうが・・。それでも、薙刀の少女1人くらいは問題無く片付けられる。


 しかし、その後はどうだ?


 まだ隠れているかもしれない少女の仲間はどのくらい居るのか?

 1人や2人なら何とでもなる。だが、10人、20人と・・この強さの奴が群れているようなら、かなりの消耗戦を強いられるだろう。


(これが、人間共の・・勇者とかいう連中か?)


 かつて、無謀にも北の魔族領へと攻め込んで来た人間の軍勢を率いていた"勇者"と称する数人の強者が居たらしい。数人の狂王によって討ち取られたそうだが・・。


(この小娘共なら狂王を狩れるだろうが・・)


 だが、所詮は人間だ。

 信じ難いほどに鍛錬を積み、よく武技や魔技を練ってあるが、巨人との地力の差は圧倒的だった。


(なぜ、絶望しないのだ・・)


 どうして、ここまでの闘志を保てるのか。どんなに粘っても、勝ち目など存在しないというのに・・。


(まず、その眼を絶望に染めてやろうぞ!)


 巨人は身震いをするようにして巨体から殺意の大渦を噴き上げた。


 その時、


「こいつか?」


 不意に、年若い男の声が聞こえた。

 思わず肝を冷やしたほどに、ごく身近な場所だった。

 単眼の巨人が振り返ると、そこに華奢な体を禍々しい黒鎧に包んだ妖精種の男が立っていた。


「貴様は・・」


 何かを言いかけた巨人だったが、いきなり腹部に男の拳を叩き込まれて身を折っていた。いや、身を折って反射的に手でさすろうとした腹部が無くなっていた。


「ぁ・・?」


 巨人が間の抜けた声を漏らした。

 その甲冑に包まれた巨体に、大きな穴が開いてしまっている。

 

 ゾブッ・・・


 生々しい音が鳴って、巨人の両足が切断されて転がった。それを成したのは、黒鎧の男の手刀だった。


 巨人の上体が仰向けに地面に落下した。

 直後に、真上から黒鎧の拳が振り下ろされ、単眼もろとも巨人の頭部を粉砕してしまった。


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