第125話 刺客選定
「厳しかったか?」
俺は地面に転がった血魂石を拾いながら、ヨーコ達を見た。
「・・はいっ、悔しいですけど」
ヨーコが唇を噛んだ。リコも大きく息をついている。
「だけど、今度はちゃんとリコを護れただろう?」
俺が笑みを向けると、ヨーコが表情を明るくして何度も頷いて見せる。
「ちゃんと体を張って、リコやサナエが魔法を使う時間を稼いだんだ。まずは胸を張れ。反省は後で良い」
「・・はいっ!」
ヨーコが大きな返事をしながら頭を下げた。
「反射は・・新しい技か?」
俺の問いかけに、リコが頷いた。
天空人が時々やっていた呪技のような効果を発生する魔技らしい。かなりの魔力を消費するようだが、いざという時の備えとしては優秀だ。
「こいつで、どのくらいなんだろうな?」
アイーシャの説明では、蛮王、狂王、覇王・・と強さの桁が上がっていくそうだが・・。蛮王程度では無いと思うが、神眼では名前しか見えなかったのだ。
「それはそうと、オリヌシは大丈夫か?」
問いかけるとエリカが大きく頷いた。
サナエの治癒で怪我が治り、城塞に立てこもって、せっせと魔物を狩っているらしい。連れていた獣人の女達も皆無事らしい。
「なら、この辺の魔物を駆逐しながら、あいつの顔を拝みに行ってみよう」
遠巻きに怯えた眼を向けている魔物達を見回し小さく笑みを浮かべた。
「リコ・・」
「はい!」
応えると同時に、地表に炎獄が出現していた。
圧され続けた巨人との戦いの鬱憤を晴らすように、見渡す限りの大地を灼き払う。
たちまち、方々から魔人の絶叫が聞こえ始めた。
魔物達が、小さな水音を遺して蒸発して消えていく。それほどの高熱を一瞬で生み出し、"眼"で見える範囲を灼き尽くすのだ。
「みんな確実に強くなってる。さっきの巨人くらい、すぐに片手で始末できるようになるよ」
俺は苦笑しつつ言った。
地面も燃えているが、リコもかなり激している。巨人との戦いで圧された事が、よほど不満だったのだろう。
「今だって、4人が揃っていれば、あの巨人くらい狩れたと思うぞ?」
サナエが加わって治癒を主担しつつ、エリカが不意打ちで巨人の動きを抑制してやれば、ヨーコとリコはもっと攻撃寄りに動けたはずだ。1人1人の負担が減ることで、巨人に当たる攻撃は増えるし、受ける手傷はもっと減らせる。
「まあ、それでも時間はかかっただろうけど・・」
俺は不満そうに唇を尖らせたリコの背を叩きつつ、ヨーコとエリカに合図して集まった。
次の瞬間、エリカの瞬間移動でオリヌシ達が立てこもっている城塞へと跳んだ。
「おうっ! 大将っ、久しいな!」
豪快な声をあげたのは、今となっては懐かしさすら感じる巨漢戦士だった。
「傷は?」
「サナエ殿に治して貰った! もう動けるぞ!」
「そうか」
ちらと視線を向けた先で、棘球をぶら下げた片手棍棒を手に、サナエが暴れ回っている。聖術を使っていないのは、言いつけを守っているというより、肉弾戦が大好き!・・だからだろう。
「味方は?」
「獣人ばかり、500人ほどだ」
「よし」
俺はリコとヨーコ、エリカに頷いて見せた。
「魔族を掃討する」
「はいっ!」
3人が鋭く返事を返し、即座に踵を返して方々へと散って行く。何しろ気合いが入っている。対する魔族達には悲劇的な状況となった。
「わははっ! 魔物なんぞ、千が万でも問題無さそうだな!」
「当たり前だ。1人で5万、10万の魔物を片付けられるように鍛えてある」
俺は軽く鼻を鳴らして、小高い建物の上へと跳んだ。
数は少ないがそれなりに腕の立つ獣人の戦士達と、数に物を言わせて押し込む魔物達という構図らしい。
「雑魚ばかりだな」
「おうよ! 向こうでお主が仕留めたのだろう? 儂よりデカイ奴がおったが、あやつに手こずっておったのだ!」
「あの一つ目か?」
「何人か魔人を従えとったが、そいつらは別段どうということは無い。あのデカイのが厄介でな。正直、手をやいとった!」
「ふうん・・」
俺はオリヌシに神眼・双を向けた。
やはり強くなっている。相当に鍛錬したのだろう。
全体的に、ヨーコの五割増しといったところだ。
それでも苦労していたというのだから、あの巨人はなかなかの魔人だったらしい。
「どうだ? おぬしの邪魔になりそうか?」
オリヌシが問いかけてきた。
「いや・・」
俺は獣人の女達を視た。
こちらは、まだまだ脆弱だ。だが、驚くくらいに武技や魔技が増えている。地力も底上げがされていた。
「俺達と来るか?」
「おう! 儂を・・ロドのオリヌシを雇ってくれ! もう、おぬしの他に雇われるのは
「なら、今から、おまえは俺の傭兵だ。連れの女達はおまえが面倒を見ろよ?」
「おうっ! やったぞっ!」
オリヌシが吼えるように歓喜の声をあげて、大剣を片手に魔物のただ中へと突っ込んで行った。
「感謝致します!」
「ありがとう御座います!」
2人の獣人の女が低頭して、すぐさま身を翻してオリヌシを追いかけて行った。
(もう1人はどうなったのかな?)
たしか、連れの女は3人だった気がしたが・・・。
(まあ、良いか・・)
オリヌシとの再会は、自分でも吃驚するくらいに気持ちを明るく弾ませてくれたようだ。ぶらぶらと宙空を歩きながら、俺はいつしか細剣を抜いて地上に見える魔物の大群めがけて細剣技を放ち始めていた。
細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M830HEAT-MP-T(500/h)
重々しい轟音を響き渡らせ、着弾と共に大地を陥没させて大量の肉片を撒き散らす。
その細剣技を気安げに宙空を歩きながら眼下へ向けて連撃し続ける。雷鳴よりも重たく腹腔を揺るがす轟音に魔物も獣人達も狂乱状態に陥っていたが、俺の方はお構いなしである。
小石でも投げ下ろすような気安さで、直径100メートル近い大穴を穿つ細剣技をドシドシと上空から打ち下ろす。細剣技は、付与魔法によって威力を増していた。もう発現当初とは完全に別物である。
負けじと、ヨーコが広域切断の武技を放ち、エリカの矢の雨が視界を埋め尽くして降り注ぎ、サナエが真っ白に光り輝く隕石を落下させる。そして、リコの劫火が地平の彼方まで灼き尽くしていった。
****
レンステッズ高原では2度も大軍勢を消失させられ、そして今度はドージェ山地において獣人王国を呑み込まんとした30万近い魔物達が殲滅させられることになった。
魔獣や魔虫、妖鬼ばかりでは無く、数千という魔人が命を落とした。それには、蛮王も狂王も、そして覇王までもが含まれている。
北域の魔族領にとっては、史上類を見ない悪夢のような大惨敗となった。
かつて南域で同様の惨事があった。
50年以上も前の話だ。
他領の・・とりわけ北辺の魔人達はそれを
生まれついての肉体強度も、生命量も、魔力量も、寿命も・・全てにおいて人間よりも魔人の方が優れているのだ。生誕して10年足らずの幼い魔人ですら、1人で千人の人間を殺せるくらいに圧倒的な力の差がある。
確かに、妖精族などのように魔法を巧みに操る者達は存在するが、それとて蛮王に届くか届かないか・・狂王を前にすれば人間の魔法など意味をなさない。
人喰い鬼だの、大鬼だのといった羽虫を相手に大騒ぎをする程度のひ弱な生き物であるはずだった。
いや、事実として、いくつもの人の城塞や街は半日もかからずに蹂躙していたし、獣人達の砦や妖精族の結界森も苦も無く焼き払った。西域と北域の魔族領の有志による共同軍である。参戦した魔人だけでも八千人近く、率いた魔物の数など数百万に及んだだろう。
邪魔者の天族共がどういうわけか大人しく、魔族達はやりたい放題に人々を蹂躙していったのだったが・・。
東大陸側の魔族は覇王以下、魔人の八割近くを斃されて総崩れとなった。
西大陸側は東大陸ほどには侵攻が進んでおらず、獣人達に手強く抵抗され、それでも数に物を言わせて押し込みつつあったのだが・・。
「・・南境の女皇では無いのか?」
問いかけたのは、若い女の姿をした大柄な魔人だった。額から一本の角が真っ直ぐに生え伸びている他は人間の女と変わらない容貌だったが、無論、ただの女のはずが無い。黒々とした肌身の露出が多いドレスを着て、豊麗な肢体を見せつけるようにして玉座に座っていたが、その場の誰1人として女の扇情的な肢体へ視線を向ける者が居なかった。
視線の先では大勢の魔人がひれ伏すようにして身を縮め、息を殺して身動き出来ずに居る。中には巨人や龍種の様相をした者も混じっていた。
「数名の・・少女のようであったと・・生きて戻った者が申しておりました」
平伏して居並ぶ魔人達の、やや右方に座していた白髪の魔人が静かな声音で告げた。
「・・その者は?」
「毒でも受けていたようで、その情報を伝える途中で絶命いたしました」
「ふん・・狩られた覇王は、ゾンカルクと申したか?」
「はっ」
「その領の領主はどいつだ?」
小欠伸を噛み殺しながら、女魔人が訊ねた。
「カイゴウ煌王に御座います」
「カイゴウ・・知らんな」
「御前試合でレミアーム煌王に勝利した功績により彼の地をお与えに・・」
「ふむ・・そうだったか。では、煌王としての武は持ち合わせておるのだな?」
「覇王の列より上にあることは事実かと」
「・・では、そのカイゴウとやらに手勢を与えて越境させろ。人間共を討つまで魔族領へ戻る事は許さぬ」
「はっ」
「越境による力の減衰は起きておらぬのだな?」
「魔人はもとより、小鬼ですら影響が御座いませんでした。実験は成功です」
「だが、おかげで我等、支配者は膨大な魔力を消失させられた。それで送り込んだ兵卒が人間ごときに返り討ちとは・・笑えんぞ?」
「・・はっ」
「潜伏させる者達は?」
「そちらは予定通りに各地へ」
「空の鳥共は?」
「動きが御座いませぬ」
「ふむ・・何かと出しゃばる奴等が・・姿も見せぬとはな」
解せない話だった。天空人達は何かにつけて魔族と敵対し、横槍を入れてくるのだが・・。
「忌々しい・・古の呪縛さえなければのぅ・・」
小さく苛立つように呟いた女魔人の眉間の肉が縦に裂け、黄金色の瞳を覗かせる。それまでの気怠い様が豹変したように、双眸に怒りを滾らせ、薄い唇を突き破るようにして牙が生え伸びる。
居並ぶ魔人達がいよいよ身を縮め、嵐が過ぎ去るのを待つように息を殺して平伏していた。
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