第114話 耐性獲り

『どちらの言い分を是とするかは裁判で決める』


 強烈な思念による一方的な宣告がなされた。天空人とやらが出しゃばって来たのだ。随分と高圧的な声だった。


 今回の転移騒動をやらかした天空人が、あまりに多くの兵士を死なせたことで別の勢力から突き上げをくったらしいく、カレナド島で天空人を殺した罪を糾弾するために、俺達を拉致しようとして、無思慮に抵抗した俺達によって兵士達が犠牲になったと・・そういう理屈を申し立てているそうだ。


 何しろ、散々に抵抗して、途中からはほぼ一方的に天空人を殺害している。その数は百や二百では無い。執拗な天空人の追撃に応戦しながらも、とうとう追い詰められて魔導的な牢獄の中へ強制転移させられて・・・といった様相になっている。襲ってくる天空人達がなりふり構っていられなくなり、大掛かりな魔導装置による強制転移を行ったらしい。特に抵抗せずに転移を受け入れてみたら、乳白色の壁をした備品の無い部屋に収容されたのだった。館を背負ったバルハルも居たが、今は全員が館から出ていた。


「死ねば良いのに・・」


 俺は素直な気持ちを吐露した。

 これを聴くなり、お茶をしていた少女達が一斉に立ち上がって武装を整え始めた。


『・・・今、何と申した?』


「死ねば良いな・・と」


『我等が天空人に対する発言と受け取って良いのだな?』


「天空人全体に対する思いだ。もちろん、あんたも含まれている」


『・・・無思慮というのは事実のようだ』


「カレナド島で80匹ほど、今回の騒ぎで800匹ほど羽虫を潰したのも事実だな」


『まさか、下界の賎民ごときに侮辱されようとは・・・この世のどこにも逃げ場は無いと知れっ!』


 怒りの思念がぶつけられる・・と、ほぼ時を同じくして周囲一帯が転移術に覆われた。そういう仕掛けの部屋らしい。


「司法の何某なにがし・・だったな?」


 俺はヨーコ達を振り返った。


「六つか、七つくらい名前がありました・・ね?」


 ヨーコが長柄の曲刀の具合を確かめつつ、エリカに話を振る。


「ニンカード・フィス・モンラール・オン・タマーロ・パダン・・でした」


 同じく長弓の弦を透かし見ながら、エリカが答えた。

 さすがの記憶力である。


「今度は、講堂みたいな所ですよぉ」


 サナエがきょろきょろと周囲を見回しながら嬉しそうな声で報告した。


「みんな、耐性の効きはどうだ?」


 渡界耐性・・越界による能力の減衰に対する耐久力のことだ。


「だいぶ良いです・・今、また練度が上がりました」


「このまま滞在し続ければ、もっと練度が上がりますかね」


 リコとエリカが頷いて見せる。


「よし・・全員、面頬を下ろせ。ここは敵地だ。一瞬の油断で命を刈られるぞ」


 俺は鬼面を封じながら告げた。


「はいっ!」


 4人が揃った返事をしつつ、金属音を鳴らして兜の面頬を下ろす。


「ヨーコとサナエ、リコとエリカ。打ち合わせ通り、2組での連携を意識し続けろ。万が一、俺が斃されるような相手が現れたら、4人が連携をしながら対処しろ。単身だと瞬殺されるぞ」


「はいっ!」


「魔法や武技、魔技は封じられる可能性を考えておけ。斬っても突いても相手は死なないものだと思っておけ。悲鳴や苦鳴は、お前達を油断させるための演技だ。首だけになろうが、胴が二つになろうが、虚命晶になるまで相手は無傷なのだと、肝に命じておけ」


「はいっ!」


「負傷時は回復を最優先。4人で防陣を築いて回復の時間を稼げ」


「はいっ!」


「よしっ・・裁判とやらを受けてやろうか」


 俺は窓の外へ眼を向けた。やけに豪奢な衣装を着た若者が8人、近付いて来ていた。全員が筒状の棒を捧げ持っている。


(・・また耐性の練度があがった)


 渡界耐性というものは練度が上がりやすいのかもしれない。

 これだけ簡単に練度が上がるようでは、越境してきた魔人や天空人の能力が減衰していると決めつけて考えるのは危険だろう。


(五つ名ばかりか)


 近づいて来た8人は、全員が五つ名だった。随分と下に見られたものだ。


「裁判という茶番劇は、この場で行われるのか?」


 ぐるりと高い壁に囲われた円形の闘技場のような場所だった。とはいえ、塀の高さは10メートル程度。軽々と飛び上がれる高さしかない。


「口を慎め下人めがっ・・」


 天空人の1人が声を荒げかけて、ヨーコの拳で腹部を殴られて床に転がった。

 

「やれそうだな」

 

 俺は他人事のように呟いた。

 

「はい、大丈夫そうです」


 ヨーコが籠手を着けた手を握りながら頷いた。

 現状で、力の減衰幅はぎりぎり許容範囲内といったところか。

 慌てて手にした棒を構えようとする男達に、ヨーコ、エリカ、サナエ、リコ・・と殴りかかって、拳の一撃で殴り伏せていた。


「何をしているっ!」


 観客席のようになっている塀の上から怒鳴り声が降ってきたが、俺は無視を決め込んで、床に転がした8人に細剣を向けた。


「ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエル・・・このまま高みの見物を決め込むなら、まずこの8人を殺す!さっさと姿を現せっ!」


 円形の室内に俺の声が木霊して響く。


「・・では、まず1人」


 細剣の5連撃で、頭部、喉首、胸、腹部、股間・・と貫かれて、天空人が断末魔をあげながら崩れて虚命晶になった。その虚命晶も即座に貫いて破壊する。


 イギィィアァァァァァーー


 甲高い悲鳴が響き渡る。


「次・・」


「貴様ぁっ!止めんかっ!」


 叫び声が聞こえるが、すでに俺の細剣は放たれた後だ。

 あえなく、2人目が死亡して消えていった。


「次・・」


「おのれっ・・」


 怒声をあげて塀の上から壮年の天空人が武器を手に飛び降りてきた。続いて、9人の天空人が続く。

 しかし、その全員がヨーコ達に殴られて床に転がった。


「順番は守れ。お前達は、こいつらの後だ」


 俺の細剣が3人目を仕留めた。


「ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエルっ!いつまで、こんな茶番を続けるつもりだっ!」


 叫ぶ俺の足元で、4人目、5人目と死体になっていく。虚命晶の絶叫が何度も何度も響き渡り、そのまま誰の制止も無いままに、8人全員が死んでいった。


「次はお前達だな」


 俺は一呼吸で、床の10人を貫いて虚命晶に変えた。

 直後に、10個の虚命晶が叫び声を残して砂状に崩れ去る。


「耐性はどうだ?」


「・・7です」


「8になりましたぁ」


 リコとサナエが自分を鑑定しながら答えた。エリカとヨーコも、7になっているらしい。俺の方は、サナエと同じで、Ⅷに上がっていた。理由は知らないが、サナエ達の熟練度は1、2・・と表示され、俺はⅠ、Ⅱ・・となっている。それに、以前にマサミ達が言っていたレア度という物も、少女達には表示されているらしかった。鑑定眼と神眼の差違なのか、召喚された者達が特別なのか・・・。


(これで、戦えそうだな)


 万全とはいかないまでも、さほどの違和感なく体を動かせる状態だ。

 

「ヨーコ」


 俺は前方の壁に向かって顎をしゃくって見せた。


「はい!」


 ヨーコが長柄の曲刀を一文字に一閃させた。

 壁のように見えていた場所が音も無く消え去り、代わりに数十名近い天空人の兵士達が首や胴体を切断されて床に転がっていた。


 神眼持ちの俺に幻術とは怒りを通り越して笑えてくる。


「バルハル、行くぞ」


 館を背負った神獣に声をかけて、俺は散乱した虚命晶を砕きながら歩きだした。

 ヨーコ、サナエ、リコ、エリカが左右背後へ視線を配りながら続く。


 円形の部屋から伸びる1本道・・幅は、館を背負ったバルハルがぎりぎり通れるくらいだった。道の左右は暗く濁った液体で満たされていて、底の方には、バルハルに似通った姿の生き物が居るようだった。ただ、バルハルに比べれば遙かに小さく、牛や馬くらいの大きさしかなかった。


(反応無しか・・)


 こちらへ近寄って来る気配は無い。あるいは、バルハルが何かをやっているのだろうか?

 

「リコ?」


「・・見えませんね」


「何かで妨害されている?」


「いえ・・見えているんですけど、どうも嘘っぽいんです」


 リコの"眼"によって周辺の構造物が見えているのだが、誤認させられている感じがするらしい。


「さっきの壁だって、直前まで本当に石の壁でしたし・・面倒な造りみたいです」


「・・部屋や廊下の位置が変化し続けているのか。直接干渉されている感じはしないし、そういう事なんだろうな」


 こちらには干渉せず、建物に干渉して変化させる・・魔法なのか、装置なのか。


「まあ、転移除けか・・こちらを逃さない算段でもやっているんだろう」


「転移だけ防げば良いですか?」


 エリカが小声で訊いてきた。


「うん、どうせ、いつまでも誤魔化してなんかいられなくなる。迷宮にでも閉じ込めたつもりかもしれないが・・」


 俺は薄らとした笑みを浮かべて周囲を見回した。

 明らかに、こちらを警戒して守りに入っているやり口だ。こちらを圧倒する力を持っているなら、こんな面倒な手法を選ぶはずが無い。


(あの皇太后の力は本物だった。だが・・さっき片付けた連中は雑魚ばかりだ)


 五つ名、六つ名が混じっていたが、どう考えても五つ名だった剣のターエルより弱い連中だ。

 

(名前の数が強さを表すというのは、間違いかもしれないな・・)


 それに、ここへ俺達を転移させた司法がどうたら言っていた連中は、皇太后とは全くの別口なのかもしれない。

 自ら下へ降りて来て討伐依頼をした皇太后が、こんな数頼みの雑魚を配したやり方はしないだろう。


(こいつらの独断・・いや、別の国の連中か?)


 下界と同じように多くの国があると言っていた。仮に、ラキン皇国だとしても、内部の政争という事もあるか・・。


「先生?」


 ヨーコが顔を覗き込むようにして声をかけてきた。


「いや・・色々ありそうだけど、やることは同じだ。頼みもしないのに転移をさせた連中を根絶させないと、何度も同じ事が起きる」


 俺はあれこれ考え過ぎた頭を冷ますように軽く振り、右手の細剣に軽く振りをくれた。


「少し、耐えてくれ」


 4人に一声かけて、その返事も待たずに全身から殺気を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る