第113話 拉致


「・・・拉致ですね」


「こんな事も出来るんだぁ・・」


 リコとサナエが窓の外を眺めながら呟いた。


 レンステッズを目指して移動を開始した直後に、唐突に転移術によって周辺の大地ごと運ばれてしまったのだ。下草の生い茂った地面が円錐状に切り取られて転移させられていた。その場に居た蝶々も運ばれたようだが、飛ぶ力を失って落ちてしまっていた。


「だいぶ・・削られるな」


 俺は神眼・双で自身の状態を確認しながら顔をしかめていた。10分の1どころでは無い。100分の1くらいになっていた。

 

 ここは天空界だ。

 天空人が下界と呼ぶ場所から転移術で掠われて来たのだった。おかげで、命力量や魔力量などが大幅に減衰し、拳を握った感じからしても、筋力なども弱まっている。


(これは・・殺されるかな)


 場所が不利、数が不利、能力が不利・・。

 こちらに優位な点が見当たらない。


「囲まれています」


 エリカに言われるまでも無く、バルハルに背負わせた館の周囲を武装した天空人だろう兵士達に取り囲まれていた。


「動けるか?」


「なんとか・・でも、これ・・戦えないです」


 ヨーコが悔しそうに自分の身体を見回しつつ言った。全員がそうだろう。むしろ、体調不良で昏倒していてもおかしくない。


「みんな、短剣か短刀だけを所持。鎧は着るな・・礼服とまではいかないまでも、ちょっと小綺麗な服に着替えよう」


 俺の指示に、4人が小さく頷いた。

 すぐさま、各人の個室へ戻って手早く身なりを整える。

 と言っても、カリーナ神殿の神殿騎士が着ていた騎士服を参考に町で仕立てて貰ったもので、白絹のシャツに、銀糸で装飾された群青色の胴衣とズボン、黒革の長靴といった恰好だ。これに、白い長マントを羽織っている。腰に巻いた銀鎖に短刀を吊ってあった。少女達も似通った意匠の服で、ズボンの代わりに丈の長いスカートを履き、腰を白銀の鎖で絞っていた。

 まさか天空界で着るとは思っていなかったが・・。


「・・とりあえず、最初は大人しく。まあ、エリカが前に言っていたように"尊厳"というやつが穢されそうになったら仕方が無い。暴れるだけ暴れてやろう」


 玄関扉を前に整列した少女達を見回して、俺は苦笑気味に声をかけた。


「はいっ!」


 4人が明るい顔で返事をする。さすがに4人とも肝が据わっている。気後れした様子はまったく無い。


「じゃ、行こうか」


 俺は静かに扉を開け放った。


 流れ込んできた空気は、どこかひんやりとして清涼な感じがする。


(毒の類いは紛れて無さそうだな・・)


 こちらの館を中心に幾重にも取り囲んでいる兵士達を見回し、俺は石英のような色合いの石床へと降り立った。

 続いて、4人が後背へと並び立つ。


(さて・・・どうくる?)


 押し包んで身柄拘束か、取り囲んだまま連行か・・。


(・・身の内を削られるようだ)


 能力の減衰というのは、この場に居る限り、延々と継続するものらしい。

 

「この場所が、そういう所みたいです」


 リコが囁くように言った。

 俺達が立っている床一面が、能力を減衰させる魔法陣のようなものらしい。天空人の兵士達も同じ床に立っているが・・。


「あっちには効かないみたいですね。私達だけとか、なんか狡いな」


 ヨーコが両腰に手を当てて周囲の兵士達を睨み返している。


 その横で、


「このまま、干物になるまで立たされるのかなぁ」


 サナエがぼやいている。


「やります?」


 エリカが冷え冷えとした双眸で兵士達を眺めながら訊いてきた。

 この娘、物静かな顔立ちをした少女だが、結構、剣呑な性格をしている。


「強制的に連れて来て、囲んだまま黙ってるだけか?」


 俺は兵士達に向かって声を掛けてみた。

 わずかに身じろぎした者も居たようだが、これといった返答は返らない。


「駄目だな、これは・・リコ?」


「閉じた空間みたいですね」


「ふうん・・閉じ込めて様子見か? 天空人というのは陰険な生き物だな」


「エリカ?」


「転移できます」


「よし、戻ろう」


 俺の指示と同時に、エリカが転移術を完成させ、周囲一帯を丸ごと元の下界へと転移させていた。

 下界はこちらのフィールドだ。

 今度は、能力の減退が天空人を苦しめている。


「鬼装・・」


 俺は少女達に聞こえるように呟いて、ゾエを身に纏った。

 直後に、付与を総盛りにした細剣技:7.62*51mm で、一緒に転移させられて動揺している天空人の兵士達を薙ぎ払っていった。


「煉獄っ!」


「影矢散雨・・」


 劫火で包み、矢の雨を降らせ、


「ホォォ~~リィィ~~・・ナッコォォォォーーー」


 聖光の拳による乱打が降り注ぐ。


 リコ、エリカ、サナエとたたみかけたところへ、ヨーコが長柄の曲刀を手に大きく一文字に振り抜いた。白刃がキラリキラリとそこら中に舞い散って、天空人の兵士達が無惨に刻まれて崩れていく。燕舞という武技らしいが・・。


 およそ200人近く居た天空人が一瞬にして灰燼となり、虚命晶がそこら中に散乱していた。膨大な力が体に押し寄せ、流れ込んでくる。


「エリカ、再転移だ」


 俺の声に、


「・・はいっ!」


 リコの手を握って構えていたエリカが、即座に周辺一帯を再び転移させた。天空界の術者が転移術を使おうとしたのを察知したから先んじて転移したのだ。

 転移は転移元の精密な座標認識と、転移先の座標認識の両方を同時に把握しなければ成立しない。リコとエリカが組んで行う転移術の成立速度は尋常じゃ無い。


 出現と同時に、俺は虚命晶を片っ端から貫き砕いて回った。

 

 甲高い苦鳴の大合唱となった。


「完全武装で待機」


 俺の指示で、少女達が大急ぎで甲冑を身に着けていく。

 

(・・光の球は出なかったけど)


 俺の中に、新しい耐性が生じていた。

 思わず口元が綻ぶ。


「どうだ?」


 俺の問いかけに、


「渡界耐性ですよね?」


「あっ、ある!」


「本当・・耐性つきました!」


「耐性げとぉぉーー」


 4人が喜色を浮かべて俺を見て頷いた。

 この耐性を得るために、能力を減衰させる床の上に長々と立っていたのだから・・。



「エリカ・・また、向こうの術者が、こっちの座標を探ってる」


「たぶん、大丈夫。今ので、さらに上位の転移術が出たから」


 エリカが口元に笑みを浮かべた。


「できたら、先に防ぎたいねぇ~」


「効くかどうか分からないけど、位相技・・使ってみようか?」


 ヨーコが提案した。自分の位置を敵対者に誤認させる武技らしい。本来は、相手がはっきり見えている中で使う技らしいが・・。


「・・やってみて」


 リコが頷いた。


 直後、ヨーコが長柄の曲刀を体の左右でクルクルと回転させて足元へと突き立てた。小さな震動が波紋となって周囲へと拡がり、虫の羽音のような微音が耳をくすぐった。


「相手が転移術使ったよ」


 エリカが声を潜めるようにして囁いた。

 しかし、こちらには何の影響も起きていない。


「・・効いた?」


「みたいね」


 ヨーコとリコが視線を交わして頷き合った。


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