第112話 ただ今、バルハルで移動中なり。
「どうやって報告するんですか?」
エリカがもっともな疑問を口にした。
言うまでも無く、カレナド島の天空人を討伐したことを、ラキン皇国の皇太后へどうやって報せるのかという質問である。
「さあな・・」
俺は濃緑色をしたお茶を啜りながら、視線をそっと窓の外へ向けた。
正直、何も考えていない。
放っておいても、勝手に分かるんじゃないかな?
・・・そんな気はしている。
「それより、いくつか分かった・・というか、確認できて良かった」
天空人は下界に降りると、大幅に能力が減じるのだ。数値化された情報では無いが、体感で五分の一くらいにまで落ちるという。これは、カレナド島の看守を務めていた天空人が自分で試しながらの考察と実験を繰り返した結果である。面白い人物だったらしく、魔力や生命力の量の変化、回復速度や量の変化といったものから、味覚や嗅覚、視覚などへの影響・・・他にも、ヨーコ達が大騒ぎしていたが、女体を相手に触覚の鋭鈍まで懇切丁寧に実験を繰り返して記録してあったりもした。
その考察の中では、魔族もまた同様に、魔界を出てきている時点で大幅に力に制約がかかり、魔族領の境界を越える・・すなわち越境者となると、元の能力の十分の一以下になっていると書いてあった。
逆に、下界の民・・これには人間、獣人、妖精種を問わず、天空人と魔族を除いた総ての種は、天界や魔界へ行くことで激しく衰弱してしまい生命の危機に陥るそうだ。実際、愛人になった人間を天界へ連れて行って、危うく死なせそうになったらしい。
「おかしいとは思ってた」
「そうですよね。私達も鍛錬はしていますけど・・」
いくらなんでも、天空人や魔人が弱すぎる。種としての能力差は絶望的なまでに開きがあるはずだ。
「でも、ラキン皇国の皇太后って人は、とんでもない感じでしたけど?」
ヨーコが言った。
「つまり、そういうことだろう」
「・・・下界に降りてきて、大幅に力を制約されていて・・アレってことですね?」
リコが呟く。
「単純な地力の差がありすぎる。魔技や武技は便利だけど、根本の基礎体力作りからやり直した方が良い気がするな」
カレナド島で見つけた宝玉を調べながら、俺は鍛錬方法を見直すべきだと考えていた。迂遠かもしれないが、徹底した基礎体力作りを主眼に据えて、一から鍛え直した方が良さそうだ。
「少しは強くなったかと・・浮かれすぎてたなぁ」
俺はやや乱暴に頭を掻きながら伸びをした。
この先、どう鍛錬したものか。
もちろん、日々の基礎訓練、模擬戦は継続する。ただ、もっと何か無いだろうか? 取り入れた方が良い鍛錬方法が他にもあるんじゃないか?
「魔族領や天界へ出向くのは・・危険ですかね?」
エリカが大胆な提案をする。
「ぞろぞろ魔人がやって来て、ボコられる絵しか見えないぃ~」
サナエが首を振る。
「・・境界ギリギリで出入りすれば?」
ヨーコは魔族領に行ってみたい様子だ。
「越境時に負荷がかかるらしいから、何かちょっと間違えれば死んじゃうかも・・誰かが」
リコがちらとサナエを見た。
「リッちゃん、サナは死なんよ? この世の終わりまで生きるんだから」
「あんた、本当に生き延びそうよね」
リコが溜め息をつく。すぐに、エリカとヨーコが加わって、ぎゃーぎゃー賑やかに騒ぎ始めた。
(確かにな・・)
つられて納得しつつ、俺はこみ上げる笑いをかみ殺しながら窓の外へ眼を向けた。本当に、この4人は仲が良い。まあ、模擬戦になれば、拳で殴り合い、剣だの槍だの弓だので血塗れになるのだが・・。訓練が終わって治療が済めば、けろりとして笑い合っている。
(ゾエ・・)
『御館様?』
(天界や魔族領に行ったことはあるか?)
『御座います』
(やはり手強いか?)
『境界を越えた時点で能力が抑えられてしまうことが問題です。力そのものが減衰する上に、違和感と申しましょうか、体が覚えている感覚一つ一つがズレてしまうために苦労するようです』
(なるほどなぁ・・)
確かに、力が弱くなり、動きが遅くなっているのに、感覚は越境前のままだと、総てがちぐはぐになって戦闘どころじゃなくなるだろう。
『私を纏っていた方は魔族でしたので、お立場としては逆になります』
(・・そうか。その魔族はどうやって克服した?)
『先ほど、どなたかが仰っていましたが、実地にて慣熟行動を行っておりました』
ゾエが言うには、魔人による越境行為の大半は、そうした慣熟行動によるものらしい。いずれ、攻め入った際に備えての訓練を積んでいるということだそうだ。
(さすがだな・・侵略戦に備えての慣熟戦闘か)
『他にも人の間に潜伏しつつ、日常の中で慣熟行為を継続し、人の世の情報を集めている者達もおります』
(もしかして、俺達が知らないところで、人間の側も同じような事をやっているのか?)
『隠れながらの情報収集という点では考えられますが・・・人間では、身体能力が激減した状態で魔人の社会に溶け込むのは不可能でしょう。ちょっとした挨拶で肩を叩かれただけでも即死します』
能力が減じても人間より強い状態でいられる魔人とは、難易度が異なるというのだ。
(確かに、そうだなぁ・・)
元々の素体としての能力が違うのだ。魔人が筋骨隆々とした巨漢とすれば、人は生まれたての子鹿みたいなものだ。戦いにすらならない。
『互いの領域が混ざり合った緩衝地帯が御座います。その地であれば、双方とも、やや能力が減じた程度の状態で居ることが可能です』
(それは何処に?)
『先日、エリカ様が行かれた学園都市の北部、人の世で封魔の谷と称されている地域です』
(よし・・しばらく、そこを訓練場所としよう)
『くれぐれも、お気を付け下さい』
(ヨーコじゃないが、短時間で出入りをしつつ慣らしてみるよ)
『差し出がましいことを申しました』
(良い情報をありがとう)
すぐさま、俺は窓辺から立って部屋の中央へと歩を進めた。
他愛も無い雑談をしていた4人がどうしたのかと顔を向ける。
「ゾエから情報を貰った。魔族領との緩衝地帯があるらしい。互いの領域が混ざり合っていて、やや能力が減じるくらいで居られる場所だということだ」
「おおぉ・・」
サナエが勢いよく立ち上がった。
「当然、魔人との戦闘になる。同程度に能力が減じているのだから、本来の能力差がそのまま味わえる。とても良い訓練になると思う」
「着替えや薬などの準備をした方が良いでしょうか?」
リコが訊いてくる。
「エリカが跳んだ・・ミューゼル神官と会った街の北部らしい。まずは、あの街へ行って情報収集や採集品の売却、替えの装備などの準備を整えよう」
「あの街の北・・りっちゃん」
エリカに促されて、リコが虚空へ視線を向けた。
「谷のような場所らしい」
「谷・・ですか」
リコが宙空を見つめたまま呟く。
しばらく、そうしていたが、ややあって小さく頷いた。
どうやら見つけたらしい。
「谷というより、地面が断裂して断崖絶壁になっています」
「規模は?」
「幅が50キロくらい・・長さは・・・200キロくらいでしょう」
かなりの広範囲に渡るようだ。
「うわぁ・・ひっろいねぇ」
「見たところ、こちら側には見張り用の塔や砦が点々と設置されていました」
リコがわずかに眉根を寄せるようにしながら呟いた。
「断崖の下は?」
「何かに邪魔をされていて見透せません」
「ふうん・・向こう側も?」
「はい」
「それが境界ということか。その見張り塔や砦には兵士が見える?」
「・・・はい、あまり・・いい感じがしない人が多いですけど」
「危険地帯の見張りをさせられているんだ。減刑を対価に集められた罪人ばかりだろう。色々とやりやすくて良い」
リコが言うには、街からは30キロ足らずの場所らしい。
街か、その付近を拠点にして行き来するには丁度良い距離だろう。
「まずは街で情報を集める。事前の準備期間は1ヶ月を予定。売れる物は売って、買いたい物があれば買っておくように」
「はいっ!」
4人の返事が綺麗に揃った。
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