第111話 カレナド島

「王子っ!」


 組み敷かれて甘く喘ぎながら身もだえしていた若い女が弾かれたように裸身を起こしていた。


 緊張に青ざめた初めて見るような形相で虚空を見回していた。

 ミアームと呼んでいる六つ名の天空人で、天空城に居た時から侍女として仕えてくれている美女だった。忠義心が厚く、キルイアの命令とあればどんな事でもやってくれる。


「・・どうした?」


 いきなりの事に、キルイアが戸惑いながら周囲へ視線を巡らせた。

 正式名を、デウゼ・ロン・ベルーカ・ラ・デウス・モード・キルイア。栄えある七つ名を許された王族の血を引く天空人だ。


「敵襲のようです。お着替えを・・」


 ミアームが豊麗な裸身を惜しげも無く晒したまま、キルイアの身支度を手伝って着替えをさせ、豪奢な武装を着せていく。


「これほどの敵か?」


 キルイアはミアームの感覚を信じて疑っていない。

 

「・・天空人であれば、私と同格か、それ以上の存在を感じます」


 ミアームが散乱した下着はそのまま捨て置き、裸身に上着を羽織ると、神性の帷子を着込んでいった。


「ゲッカイ!」


 ミアームが部屋の外へ向けて鋭い声を掛けた。

 すぐさま扉が開かれて初老の男が姿を見せると床に跪いた。武装を整えて兜を脇に抱えている。


「海? 空?」


 ミアームの問いかけに、


「海のようです」


 低頭したまま答えた男に、


「掃討に出なさい」


 ミアームがマントを羽織りながら命じた。

 直後、ミアームが無言で身を翻すなり、キルイア王子に抱きつくようにして床へと身を伏せた。


「ミアーム!?」


 キルイアが声をあげた時、部屋中を埋め尽くさんばかりの劫火が噴出していた。

 床に伏せた2人の背中すれすれを、ほぼ水平に何かが擦過して抜けて行く。咄嗟の動きで、抱えていた兜を楯代わりにしたゲッカイという初老の男が血煙をあげて床へ転がっていた。


「・・ここは崩れます。練兵場へ移りましょう」


 ミアームが囁くように提案し、


「よし!」


 キルイアはミアームを脇に抱えるようにして転移術を使った。

 間一髪、今度は部屋が上下に縦に寸断されていた。


「王子っ・・」


「えっ!?」


 転移直後、ミアームに突き飛ばされて、キルイアが地面を転がっていた。


「ミッ・・ミアーム!?」


 慌てて身を起こしたキルイアの視界を、撥ね斬られたミアームの首がゆっくりと回転しながら跳んでいった。


 壊れた人形のように倒れ伏すミアームの傍らに、長柄の曲刀のような武器を手にした甲冑騎士が立っている。


「よ、よせっ!」


 制止の声も虚しく、長柄の曲刀がミアームの胴体を帷子ごと切断していた。

 

「おのれっ、貴様ぁっ!」


 キルイアは、怒声を張り上げて長剣を手に跳ね起きた。

 途端、鋭い激痛が足の裏に爆ぜた。

 苦鳴を噛み殺して己の足を見ると、尖った槍穂のような物が足の甲を破って上へ抜けていた。両足共・・である。

 地面から何かが突き出したのだ。

 

「ぐっ・・がぁっ!」


 身をよじって懸命に足を引き抜こうとするが、両足が地面に縫われたように固定されて身動きが取れなかった。


 その横で、長柄の曲刀を持った騎士によって、ミアームが斬られ突かれている。

 もう、再生も回復も間に合わない。


「おのれぇっーーーー!」


 キルイアが絶叫をあげて、怒りにまかせて腕を伸ばして騎士に掴みかかろうとした。

 寸前で、どこからとも現れた別の甲冑騎士と共に消えてしまった。


 伸ばした腕は虚しく空を抜け、キルイアが両足を地面に縫われたまま、前のめりに四つん這いになった時、不意に地面に影が落ちた。

 

 何かが上から迫っているっ!


 手足は届かないが、魔法は放てる。

 キルイアは上空を振り仰ぎざまに、無理な体勢から青炎の柱を噴出させた。


 確かに、そこに何者かが居た。

 だが、青炎が届く寸前で消え去っていた。

 代わりに、キルイアの喉を黒々とした矢が貫き、斜めに地面へと縫い刺しにしていた。

 足を固定され、喉を縫われ、斜めに身をよじった形で地面に縫い付けにされたまま、キルイアは何とか身を起こそうと腕に力を入れようとした。


「ぁ・・」


 気が付くと、腕が肩から無くなっていた。自分の目の前、首を縫い刺しにされて動かない視界の中に、ぽつんと腕が転がっているのが見えた。


「な、なんで・・」


 何かを言いかけたキルイアの側頭部を、短刀が貫いて固定したかと思うと、もう1本の短刀が襟首から一刀で首を断っていた。


 即座に短刀から振り落とされて頭が転がり落ちる。

 不気味に転がったキルイアの顔が驚きに目を見開いたまま崩壊していった。後を追うようにキルイアの体も崩れて消える。



「こっちが当たりだったか」


 雑魚を殲滅しながら回ってきた俺達が到着した時、エリカとリコとヨーコが白い虚命晶を三つ並べて待っていた。

 

「先生、お願いします」


 ヨーコが神妙な面持ちで頭を下げた。


「サナエ」


「はい!」


 布の手提げ袋に入れていた他の虚命晶をごろごろと転がして並べる。

 全部で76個になった。


 ふふん・・とサナエが胸を張ったが、

 

「まあ、五つ名しかいなかったけどな」


 俺が言うと、


「ですよねぇ・・」


 がっくりと肩を落とす。

 

 このカレナド島に封印されている間に大幅に力を減じてしまうらしい。回復までには半年は必要になるそうだ。

 

「同じ五つ名でも、ターエルは強かったけどな」


「サリーナっていう四つ名の人も・・」


 4人が頷いた。


「それじゃ・・」


 一言断って、俺は76個の虚命晶をほぼ一息に貫き破壊した。


「・・見えないし」


 リコがぼそりと呟いた。細剣の動きが眼に映らなかったらしい。


「眼で見るんじゃ無い。心で感じるのだよ、リコ君」


 サナエが威張る。


 当然のように反撃に出たリコとサナエがいつもの漫才を始めたところに、無数の光が浮き上がってぶつかってきた。

 

「奪う能力がある奴だって聴いていたが、これは・・・凄いな」


 無数の光が乱舞するように周囲を埋め尽くして、いつものごとく、主に少女達を中心に吸い込まれていった。

 そして、いつものように、ラースやバルハル、まさかのタロンにまで少なくない数が吸い込まれていった。


(・・・・なぜだ!?)


 俺に入って来たのは、わずかに二つだった。

 あれだけ舞い飛んで、たったの二つだ。

 2個だけだったのだ。

 

 4人が華やいだ歓声をあげて賑やかに盛り上がる横で、俺は両腰に手を当てたまま地面を見つめながら長々とした嘆息を漏らした。


 ともあれ、九つ名の天空人・・・ラキン皇国の皇太后を名乗る女から受けた依頼は完遂した。

 

「島の遺産、遺品を根こそぎ貰うぞ!」


 はしゃぐ少女達に声をかけて、俺はヨーコが寸断した獄舎に向かって歩きだした。

 この悲しみは、採集活動にぶつけるしかあるまい!


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