第34話 強敵

「シンさん!?」


「・・先生!」


 凄まじい衝撃音を聞きつけて、武装した少女達が断崖上に集まって居た。病み上がりのリコとサナエは館に残っていた。


 ありえない光景がそこにあった。


 陽光にその身を輝かせる巨大な海竜が海中から伸び上がり、高速で海中へと潜って消える。三つ叉の槍を手にした巨躯の怪人が、海面を沈まずに走って、突き、薙ぎ、打ち払う。さらには海面から無数の氷槍を突き出して襲う。

 怪人は、二足歩行の恐竜を想わせる姿に、甲冑を纏い、頭部の双角には装飾品らしきものが輝いている。背には一対の翼、頭頂から背、そして長く伸びた尾にかけて背びれがあった。


 その攻撃を、シンが小楯で受け、細剣で巻き払いながら、わずかな飛沫、突き出した氷槍を足場にして海上を跳ねて戦っていた。

 海面すらも、足場にしているらしく、戦っている怪人と同様に、水面を走って斬り結んでいる。

 

 どちらも手傷を負っていた。


 手数では、シンが。攻撃の圧では、怪人か。

 

 そして、海中から襲いかかる巨大な海竜が水流を吐き、避けたシンめがけて紫色の雷を放つ。さすがに回避できずに動きを鈍らせるシンめがけて、竜頭の怪人が三つ叉の槍を連続して繰り出す。


 崖上で見ていた少女達が悲鳴を呑み込んだ。


 次の瞬間、小楯に三叉槍を受けながら、その衝撃を利用して、シンが身を捻って攻撃の間合いから逃れ出ていた。逃れるだけで無く、分身でもしたのかと思うほどに、無数の残像を残して、怪人めがけて刺突の雨を降らせている。


「・・凄いっ!」


「本当に凄いよっ! 先生・・」


 エリカとヨーコが拳を握りしめてシンを応援していた。


「頑張って!」


「先生、負けないでっ!」


 数百メートル離れた海上の事だ。

 声など届くはずがない。それでも、エリカとヨーコは声を張り上げて応援していた。


 

 右へ左へ、どれだけ速く動いても、竜頭の怪人は正確に三叉槍で突いてくる。

 

 すでに何度か避けきれずに肌身を引き裂かれていた。これほど傷を負ったのはいつ以来だろうか。


 俺は折れた細剣を捨てて、次の細剣を取り出しつつ、ぎりぎりまで穂先を引きつけて小楯を合わせながら、左へ逃れ出た。三つ叉の穂先が大きいため、逃げる方向を間違うと、避けたつもりが別の穂先に引っ掛けられることになる。


 そして、


 カァァァァァァァーーー


 竜頭の怪人が口を開いて真っ白い炎を吐いた。

 

 迂闊に近寄れば、やたらと範囲の広い炎を吐いてくる。しかも、この白い炎は俺の冷熱耐性が通用しないのだ。

 色が白っぽい煙のようで、どこまでが炎か見難い上に、触れただけで帷子や胸甲が蒸発するように溶けて穴があいてしまう。


 単純な腕力なら、俺の軽く10倍以上あるんじゃなかろうか。

 小楯に感じる衝撃を懸命にいなし、俺はしだいに追い込まれていた。夜半から始まった戦いで体力の消耗が激しい。少しでも避け方を誤れば即死するかもしれない攻撃だった。


 魔人や天空人の時のような名乗り合いなど無かった。

 夜の海上で唐突に始まった戦いだ。

 

(管虫、食べてて良かった)


 これで空腹だったら耐えきれなかっただろう。


 細剣技:12.7*99mm を五発ずつ途切れ途切れに打つ。ほとんどが弾かれるが、たまに鱗を割って傷を負わせることがあった。手持ちの細剣技で唯一、竜頭の怪人に通用していた。


(掠り傷程度なのが・・問題だっ!)


 真下から大口をあけて海竜が襲いかかって来るのを、ふわりと竜の鼻面へ手を当てながら身を捻り、擦過する竜鱗を小楯で滑らせて避ける。


 ここで狙い澄ました三叉槍が来るのは予想通りだ。


「・・ハッ!」


 鋭い気合いを発して、俺は細剣の刺突を三叉槍の穂先へ合わせた。


 点と点の刺し合いだ。

 

「ちっ・・」


 物悲しい音を立てて俺の細剣が折れて飛んだ。


 無論、それを想定して回避している。それでも、突き勝った三叉槍によって、肩口を抉られてしまう。


 ここからは、小楯での防戦一方になった。


 なにしろ、この竜頭の怪人には閃光が効かない。目眩ましが無意味なのだ。

 付与・聖、光も意味を成さず、付与・蝕だけは少しは効いているようだが、目に見える効果は感じられない。

 風刃の魔法は当然のようにかき消された。


(・・くそっ)


 相変わらず、強敵を相手にしたときの攻め手に欠ける。

 これ以上、竜頭への攻撃を意識し過ぎれば、海竜の不意打ちを捌ききれなくなる。

 バラバラに動いているようで、要所要所で連携してくるので厄介だった。


 水流を噴射して攻撃していた海竜が海中へと消えた。


 柄元しか残っていない細剣を手に、竜頭の怪人めがけて、細剣技:12.7*99mm の連撃を加えた。昨晩からの戦いの中で威力がじわじわ増してきている。今、一番頼りになる武技だった。


 自分の防御に自信があった様子の竜頭の怪人も、頭部や胸元に浴びないよう回避の動きを取るようになっている。とは言っても、鱗を貫けたのは7発だけだったが・・。


 わずかに退いて距離を開けた竜頭の怪人に代わって、俺の斜め後ろから海竜が襲いかかって来た。


 細剣は折られたが・・。


「ハッ!」


 海面を割って飛びだした海竜めがけて、俺は小楯を腰だめにして突っ込んだ。

 ゴツゴツと突起のような小角の並んだ少し上、眼の間めがけて俺は小楯を全力で叩きつけた。反撃という魔技がある。これは、受けた衝撃を相手に返す技だ。最初はわずかな量しか返せなかった。今は、反撃*Ⅵまで練度が増している。


 俺が受ける打撃が減るわけでは無いが・・。


 俺に与えた打撃の六割近くが相手に返される。敵にとっては鬱陶しい技だ。


 ここまで温存していた魔技だった。

 傷ついて警戒心を持った竜頭が距離を取り、海竜だけが猛って襲って来た・・この時こそが俺が狙い続けていた好機だ。


(ぐぅっ・・ぁ・・)


 衝撃で小楯を握る左手が肘も肩も捻れて折れていた。

 危うく右手で楯を支え、跳ね飛ばされる勢いをそのままに、竜頭の怪人を視線で抑える。



 ゴアァァァッァッァ・・・



 海竜が苦鳴をあげて吼え猛りながら海中へと没していった。海竜の頭蓋を割った手応えはあった。大量の血液を浴びていたが、魔物にしては珍しく血液は毒でも酸でも無いようだった。


 激しく泡立つ海面に不気味な色の稲光が奔り抜け、明滅を繰り返している。


(斃せなかったか・・)


 体に熱が流れ込むような感覚は無い。

 海中に潜んで回復を待つつもりだろう。


 そうと分かっても、今の俺には追撃の手段が無かった。

 海兎という魔技は、あくまでも水面を跳ぶための技だ。海中には行けない。


(だけど、これで一対一だぞ)


 俺は、新しい細剣を取り出して顔の前に直立させた。

 わずかな間に、左腕は小楯を握れる程度まで回復してきている。自己修復Ⅵは伊達じゃ無い。


 何を考えているのか、じっと海中の白泡を見ていた竜頭の怪人が、ゆっくりとした動作で俺に向かって三叉槍を構えた。


「・・上等」


 俺は海面に立ったまま、小楯を脇に引きつけ背を正した。


 正面からの刺し合いで二度も遅れをとるつもりは無い。

 

 付与・蝕、付与・毒、付与・速を細剣に載せ、神眼・双を起こす。

 

 三叉の槍は俺を貫くかもしれない。だが、俺の細剣は必ず竜頭の心臓を破壊する。

 避ける間は与えない。

 俺も避けない。

 

 ここで俺が殺られると、残った少女達が皆殺しにされるだろう。


 必ず殺す!


 覚悟を決めた俺の全身から青白い光のようなものが揺らぎ立ち始めた。

 

 互いに睨み合い、突き合う切っ掛けを探るような静止した世界・・。


 それを打ち壊したのは、海中からの乱入者だった。

 

(・・海竜っ!)


 激しい咆哮と共に、視界を埋め尽くさんばかりの雷撃に包まれて俺は後退するしかなくなった。

 さらに追い討つように、白炎が襲ってきた。


「ちっ・・」


 大きく跳び退りながら、見失った敵めがけて、細剣技:12.7*99mm を打ち込んだが、これは手応えが無かった。


 海面を蹴って大きく跳びながら岸壁際まで下がりながら、俺は竜頭の怪人と海竜を見失っていた。


(・・・逃げられた)


 一晩かけて戦って、結果がこれでは情けない。


 俺は力なく首を振って大きな溜息をついた。

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