第33話 海からの訪問者

「天空人ですか? やっぱり、普通の人間じゃ無かったんですね」


 エリカが小さく頷いた。


 俺は迷惑な漂流者から聴きだした情報を、エリカとヨーコに話して聴かせた。リコとサナエが寝ている寝台の枕元だ。二人も眼を開けていて話を聴いている。


「弱体化した相手の能力を奪う力・・」


 ヨーコが瞳に昏い炎を灯して呟いた。

 

「魔人の時もそうだったが、天空人ってやつは死ぬと白い珠を遺す。これを放っておけば、いつか復活してしまうそうだ」


 俺は無限収納から小瓶を取り出した。中には白と銀の入り混じった粉が入っていた。


「珠を砕くと、悲鳴みたいな金切り声を残して砂みたいになる。魔人の場合は、血魂石と呼ばれていて・・あっちのは赤黒い珠だった」


 もう一つ、銀狼の血魂石の砂を取り出して見せた。


「人間もそうだが、魔人にも強い奴や弱い奴がいる。たぶん、天空人もそうだろう。ザリアス・モーダル・オーンという名前だったらしいが、あいつは弱かった。しかし、天空人には恐ろしく強い奴も居るんだと思う」


 俺の脳裏に、沌主を名乗った魔人が思い浮かぶ。あの圧倒的な強さ・・。未だに近づけた気がしない。刺突が徹るイメージが湧かないのだ。


「・・先生でも勝てませんか?」


 ヨーコが強い眼差しで見つめてきた。俺の鍛錬を受けるようになって、ヨーコは俺の事を先生と呼ぶようになった。


「軽々と遊ばれた事がある。強い魔人が居る・・俺の突きは全て弾かれた。掠り傷一つ付けられなかった」


「先生が・・!?」


 ヨーコが驚愕に眼を見開いた。


「たぶん、今の俺でも無理だ。だけど・・必ず辿り着いてみせる。あの化け物をねじ伏せられるくらいに・・もっともっと強くなる」


 俺はヴィ・ロードの容貌を思い浮かべながら唇を噛んだ。


「・・私も、もっと強くなりたい。弱い魔人や天空人に負けるようじゃ・・・情けないです!」


 ヨーコが両腕で自分を掻き抱くようにして震える声で言った。


 単純な疲労だけでは無い、骨折や内臓破裂寸前の打撲を浴びて何度も昏倒している。治癒の魔法は禁じてあった。自分の身体の回復力だけで耐えて凌げと命じてある。

それでも、弱音を吐かずに耐えている。


「相手の能力を奪う力・・その人が死ぬと、能力はどうなるのでしょう?」


 エリカが疑問を口にした。答えはみんな知っている。すでに経験済みなのだ。


「元の持ち主に戻るらしい」


 ヨシマサとマサミがそうだったように・・。


 そして、


(そいつを斃した時、行き場を無くした能力・・・元の持ち主が死んでいた時には、斃した者に宿るんだ)


 ヨシマサとマサミの時も、銀狼の時も、そして今回の天空人もそうだった。


 俺は多くの能力を手に入れた。

 使い方、使い所はこれからの戦いの中で考えていけば良いのだが・・。

 

 いつかは沌主ヴィ・ロードと対峙し、そして打ち倒したい。たぶん、魔技や武技だけでは届かない。基礎の体も鍛え上げないと駄目だ。わずかな差違だが、細剣技の威力が増してきている実感がある。このまま鍛えれば一つ一つの細剣技は、もっと高い威力を出せるようになるはずだ。足場の無い場所では威力が弱くなり、しっかりした足場があれば威力が増す。細剣技にも、色々と試行錯誤をする余地がある。


「先は長いか・・」


 俺は自分の手を見つめながら小さく息をついた。


「私はいつから参加できますか?」


 不意に、エリカが言ってきた。


「もう二人は大丈夫か?」


「はい。傷口は・・体の方は大丈夫です」


「そうか・・なら、基礎訓練に参加してくれ。武器は?」


「弓と短刀です」


離れて弓撃、瞬間移動して短刀と使いわけたいらしい。

エリカが収納から立派な造りの弓を取り出した。実地訓練の際に神殿で与えられたらしい。長弓の類いだろう。


「まだ満足に引けないんです」


 そう言って俯くエリカから長弓を受け取って弓弦を引いてみた。


(ふうん・・)


 大きく引き絞り、元に戻す。


「結構な強弓だな・・これだと籠手をつけないと弦が当たるだろう?」


「・・凄いですね。簡単に引けるなんて・・」


「良さそうな弓なのに使えないのか?」


「はい」


「基礎の基礎からだなぁ・・まあ、仕方が無い。島に居る間はできる限り体を鍛えて貰おう」


「はい!」


 エリカが真剣な顔で頷いた。


「珍しい魚や貝は獲れるし、果物や茸、食べられる草も沢山ある。住むだけなら問題無い・・良い島なんだけどな」


 俺は島を出るために、船を修理していることを告げた。


 座礁していた小船だ。

 二十人は乗れる大きさがあるし、傷みも少なかったので修理だけなら簡単だったが、何しろ操船に関しては全員が素人だ。簡易的な帆もあるが、櫂で漕ぐ場面も多くなるだろう。その手の力仕事ができるのは、今のところヨーコとリーラ、そして俺くらいだろう。

 できれば、エリカやリコ、サナエにも船が漕げるくらいの力は付けて貰いたい。

 

 半魚人の大群との戦闘で、みんな体の力があがっていた。

 召喚された者の成長は早いらしい。

 体の使い方さえ覚えれば、水夫の真似事くらいやれるだろう。

 

「あのご婦人から、おおよその方角だけは掴んだけど・・」


 どこまでが本当なのか怪しいものだ。

 向かいたいのは、西大陸のエンランという港町らしい。それは本心のようだった。

 ただ、送って行って、めでたし、めでたし・・とはならないだろう。武装した連中に待ち構えられていたり、船ごと沈められたり・・あまり良い予感はしない。


「まあ、何があっても生き延びる・・そのための体作りだ」


 俺は立ち上がった。


「ぁの・・あの・・」


 掠れた声で呼ばれて足を止めた。


 見ると、リコが体を起こそうとしていた。隣でサナエまで体を起こしている。


「私達はいつから参加できますか?」


「リコ・・もう喉は良いの?」


 エリカが心配そうに声をかけた。


「大丈夫・・みんなに迷惑かけてばかりで・・なんとかしたい。私も訓練させて」


「私もお願いしますぅ。強くなりたいんです!」


 サナエが寝台の上で身を折って頭を下げた。


「身体の調子を見ながら訓練に参加して貰う」


 俺は、明日から全員で訓練をすると告げ、少女達の部屋を出て一階へと降りた。


 夜中は自分自身の鍛錬だ。


 ちょろちょろと見張るように彷徨いているリーラを置いてけぼりにして、例の断崖下の隠れ家へ向かった。


 海面すれすれにある断崖の裂け目。その裂け目の奥に作った隠れ家は少しずつ手を入れて、より快適に過ごせるようになっていた。岩の天井から吊ったハンモックがあり、外へ光が漏れないようにする布で壁を作ってある。

 魔法や武技の試しは、人目の無いところでやりたい。

 明らかに猛毒だと分かっている魚の内臓や貝など食べたり、炎で自分を焼いたりして耐性上げをしたり・・。外海に面している一帯は、強烈な麻痺毒のあるクラゲが多く、これも耐性上げに役立った。食味も悪くない上に、触手の中に芯を持っている個体が混じっていて、この芯がゴムのように伸び縮みして素材として面白かった。なので、俺の収納はクラゲでいっぱいだ。


 あとは、亀裂の奥、水の溜まりがほとんど無くなる場所に、眼の見えない長細い管虫がいっぱい巣くっている。この管虫は血の臭いに凄まじい反応をする。体に傷をつけて、この群れの中に飛び込むと、もう狂乱状態になるのだった。どうやら、邪な生き物らしく、聖を付与した短剣で切り裂くと、あっけなく灰になるので斃すのは簡単だった。全滅させたつもりでも、一晩経つと何処からか湧き出るようにして数を増やしている。面白い生き物だった。

 食べてみたが、これは美味しく無かった。

 

 さすがに、こうした耐性上げを少女達にやらせるのは気がひける。


(あとは、巻き貝だな・・あいつが出て来てくれると良いんだけど)


 毒を吐き、触手や針のようなのを飛ばし、しかも俺の武技を八割近く弾くほどの硬殻を持っている。身の部分は俺の再生阻害をもってしても完全には防げず、数十秒ほどの時間を与えると蘇生してしまう。厄介な魔物だった。


 だが、訓練相手としては上物だ。

 半夜がかりで戦いを繰り広げることになる。


(なにより、内臓が美味い)


 少し痺れるような苦みがあるが、生食をすると堪えられないような滋味を感じる美味しい貝だった。


(ぉ・・?)


 探知魔法に何か引っかかった。すぐさま、神眼・双を起こして見つめる。


(新顔か・・?)


 数は・・・二体だけ。

 

 まだ海に居るが、まっすぐにこの亀裂を目指して向かってきている。

 3メートル前後の大きさをした奴と、50メートル近い大きさのもの。

 これまでの、半魚人や海蛇では無いようだが・・。


 ざっと把握をして、俺は収納から武具を取り出して身につけていった。


(・・強敵だ)

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