第32話 事情説明
「シン殿・・我が主人が挨拶をしたいと申しております」
護衛役の女、リーラ・ターエルが呼びに来た時、俺はヨーコに重たい棒を持たせて素振りをさせている最中だった。
「お子さんは?」
あれはまだ乳飲み子だった。
「今は眠りましたが、お元気そうでした」
「では・・」
俺はヨーコに素振りを続けるよう言って、館へ向かった。
「あれは・・よろしいのですか?」
リーラが後ろを振り返りながら訊いてくる。長柄の武器で、ゆるゆると型をなぞるように遅い素振りをさせていた。もう、二時間近いだろう。全身から汗を流しながら歯を食いしばって続けていた。
「ええ・・」
俺は素っ気なく応じた。
「・・サリーナ様」
リーラが扉前で声をかける。二階の一室を割り当ててあった。
「どうぞ、お入り下さい」
扉越しだが、声に力が戻っている。回復してきているのだろう。
リーラが先に中へ入り、扉脇へ退くようにして俺を招き入れた。
「シン殿・・先日は十分な礼を述べられず非礼を致しました。お詫び申し上げます」
「お子さんの容態は?」
俺はちらと隣に寝かされている赤子を見た。
「ええ、おかげさまで・・熱も下がり、体に力が戻っているようです」
「良かった。海から拾い上げたかいがあった」
「・・シン殿は・・いえ、お嬢様方も、みなさん鑑定技能を持っていらっしゃいますよね?」
「俺は違いますが・・全員が召喚されたらしいです」
「ならば、変に隠し立てしても意味がありません。まず、私はサリーナ・レミアルド。この子は、コール・レミアルド。カレナド島を統治しているレミアルド家に由来の者です」
「紋章は?」
「この・・指輪の紋です」
指輪を外して石が光に透けるように持ち上げて見せた。
「船の旗は、剣に蛇でしたが?」
「レミアルド家に嫁いでくる前の実家・・つまり、私の生家の家紋です。ルカートという商人が集まって作った国です。剣に蛇は、その国の海軍旗です」
「・・俺が見た時、燃えながら船を傾けて航行していましたが」
「貴方が倒してくださったという天空人・・あれに襲われて航行が難しくなり、潮流に流されるままに南下していたのです。そこで、半魚人の大群に襲われました」
「なるほど・・」
天空人・・? あの、にやけた男の事か?
「魔人は斃すと黒い石を遺しますが、天空人は白い石を遺すんですね」
この女が天空人とは思えないが、一応、表情の動きを注視しながら訊いてみる。神眼による鑑定を信じ切るのは危険だと思っている。仮に、この女達が神眼持ちなら、俺と同様に偽装している可能性だってあるのだから・・・。
「・・そうなのですか。お恥ずかしい話ですが、我が国では、天空人を斃せた者がおりません。斃すと石を遺すということは初めて聴きました」
そう言って、サリーナ・レミアルドがカレナド島の事やルカート商国の事など話してくれた。南辺の辺境しか知らないから、聞かされる内容全てが面白かった。
「俺達も島に漂着していたので、船が見えた時は大喜びだったんですが・・」
「抜け出す方法はありませんか?」
「・・ありますが、準備に時間がかかります」
ほぼ博打のような方法だったが・・。
「それは・・どのくらいでしょう?」
「1ヶ月くらいでしょう」
「・・ルカートへ・・いえ、ルカートの商船に連絡が取れる所まで送っていただけませんか?」
「対価は?」
訊いた俺に、
「今は・・」
すぐさまサリーナが悲しげに視線を伏せた。
「まさか、成功報酬ですか?」
「・・あ、情報はどうでしょうか?」
「情報?」
「カレナド島というのは、何も無い島ですが天空人の資料が多く残されているのです。統治者は代々その資料を護る役目を担っています。外から嫁いだ私には、さっぱり価値が理解できませんでしたが・・」
「情報が対価・・しかも、価値が理解できないもので?」
「ああっ、もちろん、ルカートに着いた後はしっかりとした支払いをお約束しますよ?」
「それ、報酬の代わりに刺客が来るやつですよね。面倒なんで勘弁して欲しいんですが・・」
俺が言うと、サリーナが小さく笑いながら下を向いて表情を隠したが・・。
図星だろう。
「・・お若く見えますけど、よく見ると妖精族?・・少し耳の形が違うのかしら?」
「少し強引な話の逸らし方ですねぇ・・・まあ、可愛らしい妖精種なのは間違いありませんよ」
「・・・リーラぁ?」
サリーナが甘えるように護衛役に声を掛けた。
「無理ですよ。私ではどうにもできません。三秒どころか、半秒もかからず刻まれてしまいます」
「まぁ・・」
サリーナが眼を丸くした。本気で驚いた顔だ。
「ですので、ルカート行きの船に乗せるまで俺達を護衛に雇いませんか?」
「ええっ?・・それは、もちろん、願っても無いことですけど」
「護衛なら成功報酬でしょう?」
「え・・・ぁ、そうね、そうだわ・・護衛ですもの」
「ちゃんと支払って貰えるのかどうか不安ですから、まずは前払いで、その無価値な情報を聴かせて下さい。今は外の話に飢えていますので」
「・・やっぱり、ここって退屈ですよね?」
「食べて寝るしか無いですから・・たまに、大きな虫や半魚人や海蛇が遊びに来るぐらいです」
「・・早く出たいです」
「ルカートの船はあれだけですか?」
「護衛が四隻居たのですが、沈められてしまいました」
「へぇ・・」
俺はちらとリーラを横目に見た。
この女護衛、無表情に見えて結構顔に出る。
見栄を張ったという感じか・・。
(たぶん・・あの一隻しか来なかったんだな)
俺は少し考えてみた。
危険の多い航海だ。海賊はもちろん、魔物だって多い。実際に、半魚人だの海蛇だの山のように襲って来る。そんな海を渡るために、実家から一隻しか迎えが来ない・・?
サリーナ・レミアルドという女性は、ルカートという商人の国では、その程度の扱い・・そのくらいの地位ということか。
カレナド島での事情は知らないが、"返品"されたんじゃなかろうか?
どちらにせよ、ただの可哀相な女性と赤子という訳では無いのだろう。現に、他の水夫や水兵は命を落とし、この女達だけは、けろりとして元気なのだ。
「う~ん、天空人の情報は・・売れるかもって思って、いっぱい持ち出して来たんだけど」
サリーナが腕組みをして唸っている。
「それ・・・船ごと、沈んだんでしょ?」
カレナド島の皆さんに土下座して謝罪すべきだろう。
「ええ・・あっ、でも少しなら覚えてますよ? もう嫌になるくらい何度も何度も聴かされましたから」
「じゃあ、それを聴かせて下さい。まあ、あまりネタが無いなら、ルカートとか、カレナド島の話でも良いですよ」
俺は水を向けてみた。この際、外の話は何でも聴いておきたい。できれば、この辺りの海の情勢・・国の位置や勢力図くらいまで聴けたら良いのだが、それは望み薄のようだ。
「じゃあ・・ええと、あのザリアスという天空人ね。あれはカレナド島が飼ってたのよ! あれ?・・逆かしら、カレナド島があいつの持ち物っぽい感じ?」
話ながら、サリーナ・レミアルドが頭を抑えて俯いてしまった。
まだ話し始めたばかりだというのに・・。
「支配していたのは、ザリアス・モーダル・オーンという天空人でした。いつも微笑を絶やさない青年の姿で・・数百年を生きていると」
リーラが補則説明してくれた。
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