第31話 生き残った者達

 タエコ、イサミ、マコト、サキの四人が死亡した。


 リコとサナエは、エリカの治癒が間に合って、ぎりぎりで息をしている。

 ヨーコという少女は壊れた人形のように手足を投げ出して床に座り、虚ろな表情で俯いていた。


「あいつは、どこから?」


 俺は砕いて砂状にした白い珠だったものを、小瓶に納めながらエリカに声をかけた。


「いきなり、どこからか現れました。まるで・・まるで、私の瞬間移動みたいに」


 エリカは、泣き腫らした顔のまま、リコとサナエが横たわる寝台を見つめていた。


(・・仲間を失ったのは初めてなんだろうな)


 俺はどう声をかければ良いか分からないまま、視線を別の寝台へ向けた。

 そちらには二人の女が寝ている。赤子も何とか無事だった。


(身なりは良い・・)


 片方の女は鍛えた体をしている。護衛役なのだろう。

 赤子を抱いていた方は二十五、六か。護衛の方はもう少し下くらいだろう。持っていた武器は念の為に取り上げてあるが、細身で弧を描いた片刃のサーベルだった。布地に縫い込むような細い鎖を編んだ帷子を衣服の下に着込んでいた。すでに神眼で鑑定してあり、普通の人間である事は確認してあった。


 誰も動かないのを見て、俺は神眼・双で自分を鑑定した。



****



 固有名:シン


 性 別:男性

 種 族:花妖精種


 生命量:7(39,667/39,667)

 魔力量:3(3,357/3,357)



 生命力:9

 魔法力:5

 筋 力:8

 持久力:9

 回復力:9


 加 護:耐久防壁

    :不撓不屈


 習得技能:飢餓耐性8

     :打撃耐性9

     :蹴撃耐性7

     :拳撃耐性7

     :刺突耐性8

     :斬撃耐性9

     :投石耐性8

     :冷熱耐性8

     :爆音耐性8

     :汚辱耐性8

     :威圧耐性9

     :疫病耐性7

     :感冒耐性8

     :寄生耐性9

     :不眠耐性7

     :睡眠耐性7

     :恐怖耐性9

     :吸血耐性5

     :魅了耐性9

     :支配耐性9

     :心傷耐性9

     :幻覚耐性8

     :呪怨耐性9

     :死霊耐性7

     :屍鬼耐性8

     :悪臭耐性9

     :窒息耐性7

     :毒霧耐性7

     :毒食耐性9

     :腐蝕耐性5


 習得魔法:風刃Ⅹ

     :閃光Ⅹ

     :探知Ⅹ

     :付与・聖Ⅹ

     :付与・光Ⅹ

     :付与・蝕Ⅰ

     :付与・毒Ⅰ

     :付与・速Ⅰ

     :消臭Ⅹ

     :消音Ⅹ

     :清浄Ⅹ

     :洗浄Ⅹ

     :排泄Ⅹ


 固有武技:細剣技:9*19mm(15/15 *6/h)

     :細剣技:5.56*45mm(20/20 *6/h

     :細剣技:7.62*51mm(960/960 *4/h)

     :細剣技:12.7*99mm(1,100/1,100 *3/h)


 固有魔技:反撃*Ⅵ(100,115/999,999)

     :神眼・双

     :無限収納

     :吸命・爪

     :操辱・指

     :海兎*Ⅰ(001/999)


 固有特性:自己修復Ⅵ(9,001/9,999)

     :物防特性Ⅹ

     :物攻特性Ⅹ

     :再生阻害Ⅳ(1,851/9,999)

     :補助命力Ⅰ(001/999)

     :望遠阻害Ⅰ(001/999)

     :完全隠密Ⅰ(001/999)


****



 あの妙な敵を倒した時、光が飛び出して来たから何か増えただろうとは思ったが、色々と増えていた。

 

(俺は治癒は覚えられないのか・・)


 少女達を四人も死なせた。あれは、彼女達の落ち度じゃない。俺が判断を誤ったからだ。島からの脱出を考えたら、小船を手に入れた時点で館に引き返すべきだった。漂流者を捜して少女達から離れた俺が間抜けだったのだ。


 俺も治癒魔法を使えれば、エリカにだけ負担をかけさせずにすむのだが・・・。

 

(いや、まてよ・・)


 俺の無限収納に何か助けになるものは入っていないか?

 正直、記憶にはそれらしい物は無いが・・。


(駄目か、くそっ・・)


 素材としては何かあるのかもしれない。しかし、俺は薬品の調合などできない。


(・・ん?)


 ちょっとした違和感を覚えて、俺は収納から小楯を取り出した。

 形状が変化していた。

 小さな楕円形をしていたのに、騎士楯を一回りの小さくしたような方形楯になっている。鈍色にびいろをしていたのに、いつの間にか銀色になっていた。縁を文字のような模様が飾っている。端より、中央部がやや盛り上がって厚みがあるだろうか。


(軽くなったよな?)


 大きさや厚みは増したのに、重量は逆に軽くなっている。


(まあ、リアンナさんが秘蔵していた品だからな)


 何があっても驚きはしない。あの人が、ただの楯を贈るわけが無い。


(あ・・・?)


 俺はもう一度、自分を鑑定した。


 習得魔法の欄に、神楯・魔法防壁というものが顕れていた。楯を外してみると魔法が消えた。楯を装備している間だけ使える魔法らしい。


 色々と仕掛けのある楯らしい。


(そういえば、神具がどうとか言ってたっけ)


 俺は低く唸りながら、小楯を収納した。


「シンさん」


「ん?」


 呼ばれて顔をあげると、エリカが目顔で部屋の奥を示した。

 

 女が起き上がっていた。護衛役の方だ。

 まだ意識が戻らない女と赤子を背に庇うようにして座っている。

 いきなり襲って来るような無思慮な感じはしない。


「前後の事情は、そちらの二人が起きてからにしよう」


 俺はまずそう声をかけた。


「俺達は海で鮫に襲われていた貴方達を助けた。その際、四人が命を落とし、二人が重傷を負った」


 俺の言葉に、わずかに女の表情が動いた。


「恩義を感じろとは言わない。ただ、もし治癒術を使えるなら負傷した2人を助けてくれないか?」


先に鑑定した際に、習得魔法の欄に、治癒魔法と火魔法がいくつか視えていた。


「・・シンさん?」


 エリカが俺の袖を引く。


「治癒の魔法は・・奪われた。今の私は・・」


 女が悔しげに顔を歪めた。


「奪った奴が、あのにやけた男なら、俺達が始末した。魔法や武技は元の持ち主に戻っているはずだ」


「ぇえっ!?・・あっ! ほ、本当に・・戻っている! 戻った!」


 女が驚愕に眼を見開いて自分の手の平を見つめるようにして声をあげた。

少し大袈裟なくらいの声のあげ方だった。わずかに違和感を覚えたが、これという根拠は無い。


(こいつも鑑定持ち?)


 召喚された者には見えないが・・。


「それで、治癒の手助けはやってもらえるのか?」


「・・無論だ。これ以上無い恩義・・手伝おう」


 女が武人のような口ぶりで言いながら身軽く立ち上がった。


「こちらの、エリカの指示に従ってくれ」


「分かった」


 エリカが診ていたリコとサナエの傍らにしゃがみ、目顔でエリカの許可を求めながら二人の容態を見始めた。


(・・大丈夫そうだな)


 俺は、生気を無くしたヨーコの方を見た。ひょろりと背丈のある少女だ。今はまだ俺の方が背丈があるが、数年後には追い越されているかもしれない。


「ヨーコ・・だったよな?」


 声を掛けると、しばらく間を置いて、少女の疲れ切った瞳が俺を映した。


「あの2人は助かる」


「・・ぁ」


「四人は殺された。君を含めて四人だけが生き延びた。次、同じような奴が襲ってきた時、ああいう奴の動きを抑えて、みんなが魔法を使う時間を稼ぐ前衛役。それが出来るのは、もうヨーコしかいなくなった」


 俺は、床に蹲っているヨーコの前にしゃがんだ。


「ぁ・・たし・・私は・・」


「俺は治癒の魔法が使えない。だから、今の俺は役立たずだ。ヨーコも役立たずだ」


「・・私は何もできなかった」


「次、同じように何もできないままだと全員が死ぬ。ああいう手合いは、魔法だけじゃ止められない。術とか技とかじゃ無く、体を張って力ずくで抑えないといけない場面はたくさんある。君はもっと鍛えないと駄目だ」


「シンさんはっ・・シンさんは強いから・・だからっ!」


 激した感情をぶつけるようにヨーコが顔を跳ね上げた。俺はその喉首を乱暴に掴んで引き寄せた。間近に瞳の奥まで覗き込む。心の奥底に青白い刃物が突き付けられたような、本能的な怖れを感じてヨーコの身体が震えた。


「旅をする間、俺に弟子入りする気は無いか?」


「・・シンさんに?」


「槍を持った様子は、結構さまになっていた。ああいう武器が馴染むんだろう?」


「・・前の・・向こうに居たとき、ナギナタをやっていたんです」


「なぎなた?」


 知らない武術らしい。

 俺はヨーコの喉元から手を放した。


「えと・・槍のような長柄で、先には切るための刃物が付いているんです」


「・・なるほど。主な動きは突き? それとも振り回して切るのか?」


「どちらかと言うと突きは見せかけにして、踏み込んでくる相手の足を薙ぎ切ったり、剣を握る手首を切ったり・・そういう動きが多いです」


 わずかだが説明に熱が籠もる。歳が歳だけに、精通しているというほどじゃないだろうが、かなり熱心に習っていたのだろう。


「護りが目的なんだな。良いじゃ無いか」


「でも、私はそういう武技とか持っていません」


「武技? そんなの無くても普通にやれるぞ?」


 と言うより、武技持ちの方が少ない世の中だ。


「そうなんですか?」


「向こうでやっていたんなら、体が動きを覚えているな?」


「・・はい、小さい時からやっていましたから」


「なら、なぎなた? それでいこう」


 俺は立ち上がった。


「シンさん、私は・・」


「まずは・・ヨーコ。向こうが回復したら、エリカや・・」


「リコとサナエです」


「うん・・リコとサナエを加える。しばらくは、あの半魚人が持っていた槍をナギナタの代わりにして訓練だ。化け物を相手にすることもある。人間相手の動きや技だと通用しないこともあるから、その辺はどんどん変えさせる」


「・・はい!」


 へぇ・・と見直すくらいに、腹の底からの返事だった。


「のんびりした時間は無いからな。お前が死にたくなるくらいに鍛え抜く。言っておくが、半魚人に苦戦するようじゃ、どうしようもないぞ?」


「はい!」


 真っ直ぐな気性そのままに瞳を滾らせ、ヨーコがまなじりを吊り上げて大声で返事をした。

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