第30話 妖人の襲撃
「サナエ、リコはどうっ?」
「あいつ、どこっ?」
少女達が林の立木を背に、周囲を見回しながら荒い息をついていた。
「なんか強いよ・・当たらない!」
治癒魔法で漂流者を介抱していたら、いきなり刃物を持った男が現れて襲ってきたのだ。
最初の犠牲者は、怪我人を介抱していたリコという眼鏡の少女だった。背後からの不意打ちで頸動脈を切り裂かれ、大量に出血をしながら倒れている。サナエという少女が付き添って名を呼びながら懸命に治癒魔法をかけ続けていた。
「き・・来たっ!」
上半身を揺らすように頼りない足取りで若い男が近づいて来た。
二十歳そこそこに見える青年だった。整った容貌に、うっすらと笑みを浮かべたまま歩いてくる。
木立の合間に身を潜ませた少女達が左右から、炎の魔法で狙い撃った。20メートル近く離れた場所からの攻撃だった。
しかし、男はわずかに身を逸らせるだけで魔法を回避していた。
「ヨーコっ!」
木立の間から炎魔法を撃っていた少女達が慌てた声をかけた。リコとサナエを護る位置に立っていた少女に、青年が異様な速さで近付いて行ったのだ。
気が付けば、剣を振りかぶった青年が少女を見下ろすように立っていた。
「ぁ・・」
ヨーコと呼ばれた少女が握っている短槍は、半魚人が落としたものだ。本能的な動きで、その短槍を頭の上に持ち上げた。激しい衝撃と共に、ヨーコの手から短槍が吹っ飛び、青年に腹部を蹴られて地面を弾み転がった。
「ヨーコっ!」
リコを治癒していたサナエが
直後、光る矢を避けて身を沈めた青年の長剣が、サナエの首を顎下から跳ね斬っていた。血泡を吐きながら、サナエが裂けた喉元を抑えて転がった。
「・・サナエっ!」
悲鳴をあげた少女達が林から駆けだしてくる。
それへ向かって、青年が身を翻して走った。
「駄目っ、マコト・・サキ」
林から飛びだした二人の少女が、二人とも肩口から脇腹まで深々と断ち割られて倒れた。
青年が笑みを浮かべたまま、ヨーコの方を振り返った。
そこへ、激しい雷鳴と共に
直撃だった。
じっと潜み続けていた少女が放った一撃だ。
さらに、真横から風の槍が連続して放たれて青年を撃ち抜いた。
「ヨーコっ・・ぁあ・・サナエっ!」
二人が駆け寄ってくるなり悲痛に顔を歪めた。
「ごめん・・サナエが・・リコも」
ヨーコが短槍を拾いながら項垂れた。
「マコトとサキも・・」
少女達が涙を浮かべて俯いた。
その時、
「なかなか愉しませてくれるね」
ひどく近い所で青年の声が聞こえた。
「え・・ああっ!」
雷魔法で撃たれ、風魔法で貫かれたはずの青年が悲嘆にくれる少女達の輪に加わるかのように、寄り添うように立っていた。
・・にぃ
青年の口元で笑みが大きくなるのが見えた。間近で見ると、異様なほどに肌が青い。瞳は赤々と血の色を透かして光っていた。
「良いねぇ、君達ぃ・・」
青年の手が、恐怖で動けなくなった二人の首を掴んだ。
静まりかえった林に、硬い物が砕け潰れる音が二つ鳴った。
「た・・タエコ・・イサミ・・そんなっ、そんなぁっ!」
ヨーコが声をあげて短槍で突きかかった。
「ああぁぁ・・良いねぇ、良いよぉ・・なんて良い顔なんだ」
惚けるように目元を緩め、青年がうっとりと溜息をつきながら、ヨーコの捨て身の短槍を指で摘まんで止めていた。
「うっ・・ううううぅっ!」
ヨーコが必死の形相で槍を突き出そうと踏ん張る。
「ああ、僕は君達人間のそんな顔が大好きだよ・・とても美しい・・そして儚い」
なんとか短槍を動かそうと体を振るヨーコを愛おしげに眺めつつ、青年は空いている右手の指を揃えて見せた。その指先から真っ赤に色づいた爪が針のように伸びていく。
「さあ、君の悲鳴を聴かせておくれ。僕の愛しいお人形ちゃん・・」
青年がうっとりと微笑んだまま静かに手を前へと突き出した。
瞬間、
・・パキッィ・・・
硬質な破砕音と共に、青年の爪が折れ飛び、
「ヨーコっ!」
宙空から、エリカが姿を現すなり、ヨーコを掴んで再び宙へと消えて行った。
「あれぇ・・?」
青年が面白そうに眼を和ませながら、林の中を振り返った。
「魔人・・とは違うようだ」
俺は、細剣に軽く振りをくれながら林から出て来た。
「へへぇ?・・君ぃ、魔人を見たことがあるのかい?」
薄ら笑いを浮かべたまま無防備に立っている青年を前に、俺は細剣を眼前で直立させた。
「魔人は名乗った。おまえは名無しか?」
「・・そうだねぇ、でも死んじゃうのに聴いてどうするの?」
「なら・・いい」
俺は兜の面頬を落とした。
瞬間、まっすぐに突いて出た。もちろん、付与・聖と光を使ってある。
「おぉっと・・なかなか鋭い」
青年が楽しげに声をあげて身を仰け反らせる。反応は速いが、まるっきり素人の動きだった。
そんな姿勢で避けると、わずかな間だが死角が足元に出来る。俺がその両膝を細剣で貫くと、青年は尻餅をつくように座り込んだ。
「刺さるのか?」
俺は不思議そうに呟きつつ、滑るように地を蹴って距離をとった。
いつぞやの魔人と同じように皮膚で弾かれるのだと思っていたが・・。
意外なくらいに脆く、無防備だった。
「・・痛いなぁ・・とっても痛いよぉ」
青年が歌うように言いながら、まだ余裕ありげに笑みを浮かべていた。
しかし、
「その傷は塞がなくて良いのか?」
俺の言葉に、青年の双眸がわずかな怒りを浮かべる。
膝の治りが悪いのだ。
(犬・・銀狼だったか、あんな程度のやつか?)
人のような姿をしているが、ダメージを受けると何かの魔獣にでも変じるのだろうか。
「・・あれぇ?」
青年が不思議そうに自分の両膝を見ていた。
(ザリアス・モーダル・オーン? 長い名前だな)
神眼・双で、これから斃す相手の名前を調べてから、
「とりあえず、行くぞ」
「ま・・ちょっと待ってよ」
何やら言いかける青年の顔面を細剣で貫き徹した。さらに、喉、胸、腹と連続して貫く。
(おかしい・・どこで変化してくる?・・どういう攻撃をやってくるんだ?)
あまりの手応えの無さに不安を覚えながら、俺は青年の両肩、両肘を貫くと、細剣技:7.62*51mm に聖と光を付与して連撃を開始した。その場に足を止め、動かない的をめがけて冷え切った双眸を向けながら打ち続ける。
「えっ・・」
いきなり、どっと熱い熱が体に入ってきた。
ぐずぐずの肉塊になった青年だったものから光が浮かび上がって、立ち尽くす俺にぶつかってきた。
(これは・・?)
呆然と見守る俺の視線の先で、青年だったものが崩れて消えていった。
遺されたのは、白っぽい珠である。
(血魂石とは違うのか・・?)
そう思いながら、俺は細剣で貫き徹した。
キィィィアァァァァァァッァアーーーーーー
身を擦られるような悲鳴が辺りに響き渡った。
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