第35話 出航

 いよいよ、無人島を出発する日が来た。


 サリーナ・レミアルドは今日か、明日かと騒いでいたが、俺は傷を癒やすため・・と断って船旅の準備と鍛錬を優先した。

 

 竜頭の怪人は強敵だった。

 撃退には成功したが、あのまま突き合って、斃し切れたかどうかは分からない。

 

「先生?」


 素振りをしていたヨーコが、ぼんやりと考え込んでいた俺の様子に気付いて声を掛けてきた。


「すまん・・ちょっと考え事をしていた」


 俺は素直に謝って、鍛錬場にしている林の中の広場を見回した。

 

 手製の薙刀を持ったヨーコ、長弓と短刀のエリカ、長剣のリコ、そして鎖付きの棍棒を持ったサナエ。

 わずかな期間だったのに、ずいぶんと強くなっていた。

 リコとサナエは俺のように円楯を使って、防御や回避をしながら魔法を使うことが出来るようになった。エリカは長弓の腕も上げたが、接近しての短刀の扱いの方が上達したようだ。そして、ヨーコは鍛錬そのものに鬼気迫るものがあり、この中で近接戦をさせたら文句無しに一番強い。薙刀、短剣、投げ小刀を使え、遅ればせながら治癒の魔法の代わりになる魔技を覚えたらしく泣いて喜んでいた。

 

「最後に、最初にやったやつを試すか?」


 俺が訊くと、それを待っていたかのように全員が返事をした。


「よし・・構えろ」


 そう声を掛けてから、俺は少女達に向かって殺意をぶつけた。

 そのまま全員を睨み付け、どんどんと殺意を高めていく。

 気を失って座り込んだり、倒れたりしたら殺意を外す。立っている奴へ向ける。

 遊びのようなものだったが・・。


(・・へぇ)


 ヨーコとリコがずいぶんと頑張っている。

 エリカとサナエが座り込んでから、さらに5分は粘っただろう。


「うん、良いな」


 俺は笑顔で頷いた。息苦しいほどの濃密な殺意の渦が消え去り、ヨーコとリコが崩れるように座り込んで荒く息をついている。


「一生懸命訓練してきた奴が、場馴れした山賊に殺されるのは、その場の空気に呑まれたり、相手の狂気に圧されて本来の動きが出来なくなるからだ。しっかりと相手を見て、落ち着いて対処をする。言葉で言うほど簡単にはできないけど・・」


 俺は身につけて居た武具を外して収納すると、代わりに小さな容れ物を取り出した。


「まあ、褒美だ」


 中に入っているのは砂糖漬けの果実だ。この島で採れた果物で、島に着いた頃に見付けたきり、他には見当たらなかったがわずかな酸味と甘みがあって美味しい。その果実を海賊船で手に入れた砂糖で漬けてみたら絶品の甘味に化けた。


「お菓子・・です?」


 少女達がそっと指で摘まんで口へ入れた。

 たちまち、眼を見開いて、ぎゃーぎゃー騒ぎ始める。


「全部食べて良い」


 俺は容れ物ごと渡した。なにしろ、俺は1人で夜な夜な食べていた。


「じゃあ、後で崖に集合だ。大丈夫だと思うが・・サリーナ、リーラ、あの赤ん坊にも注意をしろよ?」


「はいっ!」


 やたら元気になった少女達が明るい返事をするのに呆れつつ、俺は館の中を歩きながら板材や丸窓、扉や床板まで収納していった。最後に天井板を収納すると、かつての面影を取り戻し、古びた廃墟といった雰囲気になった。


「ようやく、出発ですね?」


 腰に手を当てたサリーナが不満を前面に出しながら声を掛けてくる。


「天気が悪いし、明日にします?」


「晴れてるじゃない! 雲一つ無いわよねっ?」


「そうですね・・じゃあ、そろそろ出発しましょうか」


「早くっ・・すぐ行きましょう!」


 苛々と騒ぐサリーナの様子を、赤子を抱かされたリーラが心配そうに眺めている。


「方角としては、こちらでしたか?」


「えぇ・・っと、とにかくルカートの・・交易船が泊まる港なら、もう何処でも良いわ!」


 鼻息荒く言い放つ。


「どこでも良いんですね?」


「ルカートの交易船が泊まる港よ?」


「で、どっちです?」


「知らないわよっ!」


 ついに癇癪を起こした。


「じゃあ、風任せですかねぇ」


「・・それで、ルカートに行けるの?」


「きっと大丈夫ですよ」


 俺は薄らと笑った。


「・・本当に?」


「大丈夫ですとも」


「い・・意地悪じゃないわよね?ちゃんと行けるのよね?」


「はいはい、はいはい」


 俺は笑顔で頷きながら、崖へ向かって歩き出した。


 そんな俺の笑顔を少女達が真っ青な顔で見守っていた。


「ヤバイんじゃない? 先生、キレてない?」


 ヨーコがエリカの袖を掴んだ。


「うん・・危ないかも」


「どうする?ねぇ、どうすんの?」


「どうしよっか?」


 こそこそと囁き合う少女達のところへ、リーラがさりげなく近づいて来た。


「あの・・シンさん、危険な感じですか?」


「かなり、危険な感じだと思います」


 エリカが答えた。


「・・まずいですね」


「うん、まずいよ。あのおばさん海に捨てられちゃうかも」


 リコが砂糖菓子を口の中で転がしながら言った。完全に他人事である。


「リーラさん泳げますぅ?」


 サナエが世間話でもするかのように訊ねる。


 次第に、リーラの顔色が青ざめていった。

 島に滞在中、心配していたような狼藉を働く様子は無かったし、食材は不足無く差し入れてくれた。昼間は、林の奥で少女達との訓練をやっていて、夜は館から居なくなる。何をしているのか・・と追いかけた事があったが、結局分からずじまい。

 先日、島の北側で何かと戦ったらしく、館にまで騒動の音が聞こえてきたが、サリーナを1人にするわけにはいかず様子を見に行く事ができなかった。


「あのぅ・・貴女達から取りなして貰えない?サリーナ様は、ほら・・ああいう方だし、誤解を受けやすいものだから・・」


「生意気言ったら殺されちゃうから、無理ですね」


 リコが素早く距離をとって歩いて行く。


「あの・・」


「この家とも、とうとうお別れなんですねぇ」


 サナエが廃墟を見回しつつ、リーラに背を向けた。


「エリカさん?」


「お金を積み上げると和解できるかもしれませんよ?」


 エリカが適切な助言をした。


「それは・・今は手持ちがありませんし・・」


「シンさん、先の約束なんか信じませんよ?」


「・・分かってはいるんだけど」


 リーラが俯いた。一切合財が船ごと沈んだのだ。


「じゃ、遅れると置いて行かれるので」


 エリカが去って行った。


「ヨーコさ・・・あ、あれ?」


 ヨーコの姿はとっくに消えていた。

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