第139話 瓦礫の散策

 かつて栄華を誇った魔導帝国、その帝都は壊滅した。跡形も無く消え去った。文字通りの消滅である。

唯一、無事に残っていたのは、巨大な石柱が円形に突き立てられた、見るからに訳ありな地下施設だった。石柱それぞれに何かの模様が彫り込まれ、所々に魔素で造られた玉が埋め込まれている。


「まあ、転移とか、召喚なんかの魔導装置だよな」


 このところ魔導の道具造りに凝っていたおかげで、ざっと模様を見ただけで、何を意図した魔導の回路なのか理解できた。アイーシャが描き変えたという魔法陣の一つかもしれない。


「ですよね・・」


誰が見てもあからさまに怪しい。リコの眼で周辺を見て貰ったが、他には同様の施設が残っていないようだった。

 いや、ここにもう一つ、別の魔導路が隠されているようだ。


「床の下・・床石の裏側かな? 魔導の仕掛けがあるな」


「飛ばされる系です?」


 エリカが床を見回しながら訊いてきた。


「どうだろう・・」


 床に手をついて、魔導回路を感じ取ってみる。


(・・生きてるな)


 回路の中を微弱だが均一の魔力が巡回し続けている。単独の魔法陣なのか、何かに連動して起動する魔導回路なのか・・。


(結界・・・封じ込め?)


 違和感を覚えながら、なおも魔導の流れを見つめていると、ようやく仕組みが理解できてきた。


 魔法陣が幾層にも重なるようにして描かれていた。しかも、上下層の魔法陣文字が入り組むように層と層の間を縫い合っていて、一見すると一つの魔法陣・・・それも、別の発動結果を思わせる文字列に整えられている。


(まあ、人間・・・だろうな)


 これを組み上げたのは魔族では無いだろう。どこか人間臭い思考を感じる仕掛けだった。ただ、アイーシャの使う魔法ほど洗練されていないようで、どこか無駄の多い・・くどい感じのする法陣だった。


「先生・・?」


 リコが声を掛けてくる。


「麻痺毒の噴出・・足下が泥沼になる・・その上で召喚だな・・・召喚されるものは何か分からない」


「罠ですか・・悪魔が手をつけていなかったのは不気味ですね」


「うん・・よほど強力な麻痺毒なのかな? 召喚されるものが手に負えないほど危険なのかもしれない」


 召喚に使用する魔力量は膨大だ。数値にすれば、タロンに食べさせている量と同等か、少し多いくらいだろう。


(どこかに貯蔵でも?・・いや、俺みたいなのから吸うのか?)


 ただ、魔法陣には魔力を吸い上げるようなものは無い。


「先生ぇ・・なんとなくですけど、こっちに細い流れがあるみたいですぅ」


 サナエが地面にしゃがみ込んで目の前を指さしている。


「なるほど・・」


 これは、思ったよりも壮大な仕掛けだ。

 魔力を集めるための仕掛けは、旧帝都の町があった場所に張り巡らされている。人間が住んでいた時は住人から、悪魔の居城となってからは悪魔か、魔物達から・・微量ずつ吸い上げてくる仕組みらしい。


「なんというか・・・ここじゃない何処かへ送られているみたいだ」


 集められた魔力が"この世じゃない"場所へと流れるようになっていた。

 

 まだ、これだけの魔法陣は俺には描けない。


(・・色々と参考になる)


 じっくりと回路を観察し、制作者の意図するところを想像しながら低く唸る。


「放っておいても、いつかは何かが召喚されるんだな・・これ」


 数ヶ月か、数年かは分からないが、そう遠くない将来に発動しそうな気配だった。


「何が召喚されるんでしょうか?」


 エリカがきょろきょろと周囲を見回しつつ全員の位置関係を頭に入れていた。オリヌシとアマリス達、ゾールとリリアン、バルハルと館の中のタロン、姿を消しているがラースも近くに居るはずだ。


「先生、何か転移してきます」


 リコが警戒の声をあげた。

 

「召喚とは別だの・・」


 オリヌシが大剣を手に周囲へ視線を巡らせつつ、アマリス達を館へと入らせた。すでにゾールがリリアンを連れて館へ入っている。背負っているバルハルはもちろん、中に居るタロンには館を護るよう命じてあった。下手な城よりも堅牢な城塞と化している。


「人ではありませんね」


 リコが眼を凝らすようにして上空を見上げていた。


 姿そのものは、魔人の中にも見かけた四本腕の巨人だった。身の丈は7、8メートルといったところか。びっくりするような巨体では無い。全身を紫がかった鱗が覆っている他は人間に近しい外見だった。

 黄金色の総髪の間から捻れた双角が生え伸び、背には龍翼のような形状をした6枚の翼が生えていた。


「・・手強いの」


 オリヌシがぼそりと呟いた。

 強敵に特有の、ひりつくような殺意が吹きつけてくる。リコ達が兜の面頬を落とした。すでに防御と回復の継続魔法を使用し、武器には付与が乗せてある。


「リコ・・」


 俺の警告に、


「はい」


 リコが準備の結界魔法を展開した。

 直後に、上空の巨人とは別方向から襲って来た紫雷が結界を粉砕して貫き徹してきた。逃れようが無いほどの広範囲を呑み込む紫雷の奔流だったが、リコの結界を破ったところで霧散するようにして消え去っていた。

 言うまでも無く、ラースが喰ったのだ。


 余波のように降り注いだ雷流は結界の内に張られていた魔法防壁によって防ぎ止められていた。

 リコの防御方法は多種の魔法による組み合わせだ。様々な効果を持たせた薄い膜を幾重にも展開する。一つ一つを破るのは難しく無いが、すべてを一度で貫き徹すのは困難だ。

 

(ラースが喰ったから、程度を計り損ねたけど・・)


 防御膜をどの程度まで貫くのか見ておきたかったのに・・。


「・・まんま、魔法使いって感じ」


 ヨーコが感心したように呟いた。

 紫雷の魔法を放ってきた相手を見ての感想だった。黒々としたローブ姿で、つばの広い三角に尖った帽子を被っている。人間の女のような身体をしているが、首から上は白っぽいトカゲのようだ。


 その時、不意に激しい金属音が鳴った。

 身を翻したヨーコの薙刀が、首筋を狙った一撃を弾いた音だった。


 気配を殺して忍び寄っていた小柄な影が、身軽く宙へ跳んでヨーコの攻撃を回避して逃れる。額に細い一角のある蛙のような姿をしていたが、両手にはカマキリを想わせる鎌のような形状をしていた。

 姿を見て取れたのも一瞬のこと、すっ・・と溶けるようにして地面に染み込んで消えていった。


「上の奴の連れかのぅ」


 オリヌシが大剣を振りかぶって、地面めがけて振り下ろした。重々しい震動と共に、地面に大剣が食い込んで止まる。その瞬間、オリヌシの身体から激しい殺気が噴き上がり、すぐに霧散して消えた。


「9体ですね」


 ヨーコが薙刀を構えたまま言った。

 オリヌシが地中めがけて放射した殺気に、地中へ潜んでいるものが反応した。その数を数えたのだ。


「先生・・見えます?」


「上の大きいのが、魔龍族ギュンドウ・クローラ。帽子のトカゲが魔龍族アイール・ファービス・モルーラン。地面のやつは使い魔らしい」


 どいつも最初の攻撃以降、距離を取ったまま動きは見られない。


「魔龍族って初めてですね」


「そうだな・・・起動を始めた」


 俺は今まで調べていた魔法陣を見つめながら、細剣を足下へと突き入れた。実体化しかかっていた角付きの蛙のような使い魔を頭から串刺しにしている。通常の魔物とは違って、魔人のように砂状に崩れて消えていったが、血魂石は残さなかった。


(使い魔は、みんなこうなのかな?)


流れ込んでくる熱は微妙だったし、相手にするだけ無駄かもしれない。


「召喚陣が完成したみたいです」


リコが呟いた。

この場に居る者なら見れば分かることだが、気づいた者が口に出して報告するのが、うちの決め事になっている。滅多に無い事だが、1人だけが気づいて、他の誰もが見落としている可能性があるからだ。重複しても、互いに報告し合うよう決めてから1年くらいかかったが、ようやく習慣化してきた。


「何かは分からないが、俺達に被害をもたらす何かが召喚される。決めた通りの順番で、状態異常の確認と対処をしてくれ」


「はい」


「分かりましたぁ」


リコとサナエが頷いた。


(さあ、何が起こる?)


 俺は騎士楯を手に、魔導回路を巡る歪な力場の高まりを見守った。


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