第138話 逆巻封じ
呪術者や呪法具の記憶をあやふやにして"復元"を不完全な状態に終わらせる・・・それを狙える技があった。
相性が良い相手にしか通用しない技らしいのだが、俺には魔族に対して圧倒的に相性が良い"魔族鏖殺"という特性が顕現している。
鬼鎧を着ている状態で自分を鑑定すると、固有魔技の欄に、"百鬼乱眼"という技が見えた。
ゾエの説明によると、同等以上の神眼を所持した者には効果が無いらしいが、その他の者になら、自分以外が全て鬼に見えてしまい、鬼の大群に襲われる幻覚、鬼に破壊され、喰われる悪夢に苛まれる事になるそうだ。被害妄想を増幅、脚色する類の効果らしい。
「ジチョウ、ダイジ、トテモダイジ」
例によって、サナエが何やらぼやいている。
「もう、人類の敵、確定コースですね」
エリカまでが呆れた口調で呟いていた。
「・・・時間です。午前の模擬戦をやりましょう」
リコがオリヌシ達に声を掛けて、館の外へと出て行った。毎日の日課として、個々の鍛錬、知識の擦り合わせ、そして模擬戦が繰り返し行われている。
俺が参加できるのは、リコ達とオリヌシ、ゾール、ラースとバルハル、タロン・・リコ達が言うところの一軍との模擬戦だけなので、しばらくは出番が無い。
「さて・・」
百鬼乱眼というのが効くかどうか試しておこう。
俺は、天狼の魔技で空へと駆け上がると、神眼を起こしつつ浮遊した悪魔の城を眺めた。
距離は変わらず4キロ弱・・。
遠間でどのくらい攻撃効果が期待できるのかを試していたが、防御魔法が張られた旧帝都を破壊する程度の打撃力を保有していることは把握できた。
あとは、百鬼乱眼が届く範囲と指向性だが・・。
『対象を視線で繋ぎますので、目視できる距離が有効距離ということになります』
(つまり、対象以外には影響を出さずにやれるんだな?)
『はい。例え視界に居ても、対象として意識しなければ除外されます』
(よし・・)
使い勝手は悪くなさそうだ。
高空へと駆け上がった俺は、おもむろに無限収納から手鏡を取り出した。やや大ぶりな自作の手鏡だ。まだ面頬を下ろしていない顔を手鏡に映し見る。
すぐに手鏡を収納し、代わりに細剣と騎士楯を取り出して装備した。
「・・効いたらしい」
口元に笑みを浮かべつつ、背後をゆっくりと振り向いた。
そこに、恐怖を露わに苦悶する蜘蛛のような姿の生き物が浮かんでいた。身の丈は2メートル足らず。青黒い繊毛に全身を覆われた足が細く長い蜘蛛だったが、蜘蛛ならば小さな頭部と牙があるだろう場所に、人のような禿頭が生えている。のっぺりとした顔面には大きさの異なる無数の眼が開いていた。
(なるほど・・・悪魔だな)
神眼・千ではっきりと見透せた。
固有名は、オド・ピュール。種族は悪魔となっていた。
こいつが、ずっと背後に潜んでいたのだ。
どういう技なのか、振り向く視線の先から巧みに姿を眩まし、常に背後に居続けながら、俺を観察していた。
試しに、模擬戦の中で、リコの炎を浴びてみたりしたが、どうやら魔法の耐性が抜群に高いらしく、なかなか追い払えなかったのだが・・。
手鏡越しに"百鬼乱眼"を浴びせることに成功した。
効果は抜群だ。
苦悶して多節足を痙攣させたまま身動きが取れないまま、無防備に俺の前に浮かんでいる。
「運が無かったな」
呟きつつ、俺は細剣技:12.7*99mm で蜘蛛の全身を打ち砕いて粉々にしていった。
(再生阻害も・・乗せた付与も、ちゃんと効果があるな)
砂状に崩れていく蜘蛛のような姿をした悪魔を観察しながら、流れ込んでくる力の奔流を感じていた。血魂石と一緒に、半透明な玉がいくつか落ちて行ったのを見送りつつ、旧帝都の方で起こった異変を感じて振り返ると、
(・・呪法も、この蜘蛛みたいな奴だったのか)
荒野となった旧帝都の上空に浮かんでいた城が瓦解し始めていた。
じっと見ているが、崩落する城から脱けだしたような飛影は見当たらない。
(空城・・いや、蜘蛛の奴が時間を稼いでいる間に逃げたのか)
こちらが武技や魔技を使う時は、どうしても探知が乱れるし、爆煙やら炎光が飛び交って視界も悪い。乗じて脱出するくらいはやれただろう。
(魔界という場所へ転移したのかもな)
俺は模擬戦を止めて崩落する城を眺めている少女達の方へと降りていった。
地面に転がった血魂石や半透明の玉はヨーコが一箇所に集めてあった。
「先生っ、どうやったんですか?」
「悪魔を斃した」
「・・それは分かったんですけどぉ、その悪魔さんはどこに居たんですかぁ?」
「背中だ」
「へっ!?」
ぎょっと顔を強ばらせて互いの背中を見合う少女達に、ざっとあらましを話して聴かせた。
「・・それで手鏡ですか」
リコが納得顔で頷いた。少し前に、魔導具造りの見本にしたいからと、リコが使っている手鏡を借りた事があったのだ。
「ぼんやりしとしか感じ取れない気配が、ずっと背後にあったからな・・・それにしても見事な消え方だった」
視界にまったく入らず、幾日も消え続けるというのは簡単じゃない。
ラースとタロンは方法は違うが、そういう敵の存在を察知する能力に長けている。
(まあ、あいつは何か感じていたみたいだけど・・)
ちらと凶相の男へ眼を向けると、
「わずかな違和感は覚えておりました。ただ、場所の特定までは・・」
ゾールが小さく首を振って見せた。
無理も無い。取り憑かれていた俺自身が確信を持てないほどの希薄さだったのだ。
「コンペイトウみたいですねぇ」
サナエが地面に転がった血魂石を見ながら言った。
「こんぺいと?」
「そういうお菓子があるんです。あれを小さくしたような形の・・」
すかさずエリカが説明してくれる。
あれ・・と言って指さしたのは、サナエの片手棍にぶら下がっている棘鉄球だった。
「・・なるほど」
地面に転がっている血魂石も、中央の大きな玉にいくつもの小さな玉がくっついたような形だ。
息づいているように、表面に赤黒い筋が浮かび上がっては消える・・を繰り返していた。
「こいつにも・・」
効くのかなと思いつつ、"百鬼乱眼"を試してみる。といっても、効果のほどは判らないが・・。
念には念で、付与を双盛りにしてから細剣で小さな玉と大きな玉をほぼ同時に貫き徹した。
耳に障る金切り声がいくつも重なって響き渡り、コンペイトウの形をした血魂石が崩れて散った。
「あ・・出た!」
ヨーコが声をあげた。
胞子が噴き出すような感じで、小さな光の玉がいくつも舞い上がり始めた。眺めていると、少女達やオリヌシ、ゾールはもとより、ラースやバルハル、タロンやアマリス達、さらには眠っていたリリアンにまで飛び込んで行ったようだった。
(・・あぁ)
とうとう零か・・と嘆息しかけた時、彷徨うように漂っていた小さな光の玉が遠慮がちに飛んで来て俺の中へと消えて行った。
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