第137話 浮き城
悪魔の居城と化した旧帝都への攻撃は、7日目を迎えていた。
城壁周辺にあった呪陣は粉砕し、城壁そのものも消え去っている。城下町も消えた。タロンの召喚した“シータ”によって薙ぎ払われたのだ。ほぼ更地となった広々とした荒野に、50層もある縦に高い城が浮かんでいた。
「あれ、100メートルくらい浮いちゃってますよ」
ヨーコが呆れたように呟いた。
「どこから材料を持って来てるんですかねぇ」
壊しても壊しても復元される城に、サナエも呆れ顔でぼやいている。
「打ち込んだ魔法を吸ってエネルギーに換えてるとか?」
「私達の魔法はともかく、先生やタロンちゃんのは無理っしょ」
「・・そうね・・」
反呪のような魔導の仕掛けでは無さそうだ。実際に、一度壊れて、それから復元されている。
リコとサナエが腕組みをして考え込む横で、俺はタロンの煎れてくれたお茶を飲んでいた。
変わった城だったが、まあそれだけだ。ただ浮かんでいるだけの城だった。移動して来ても良さそうだが、こちらへ向かってくる様子は見られず、何か攻撃を準備している気配も感じられない。
(高みの見物をしてる奴がいるんだろうな・・)
舌に残る渋みを味わいつつ、タロンを抱き上げて膝に乗せると鉢金頭に手を当てて魔力を注いでやる。
「パパ、オイシイ」
「忙しくなるから、お腹いっぱい食べておけ」
「アリガトウ、パパ」
タロンの鉢金が淡い金色に輝き始める。
「良いなぁ・・先生、良いなぁ」
ヨーコが羨ましそうに見ているが、こればかりは代わるわけにはいかない。必要量が半端ではなく、軽く100万から200万は吸われるのだ。
「パパ、ダイジョウブ?」
「心配するな」
俺は笑って見せた。
たかだか200万くらい、気になるような魔力量では無い。おまけに、こうして座っているだけで5分もあれば完全に回復するのだ。まあ、タロンの食べる量がだんだんと増えてきているので、将来的にどうなるかは未知数だったが・・。
「先生じゃなかったら、干物になっちゃいます」
リコがタロンが着ている服の襟元を整えながら、
「これ、タロンちゃんに。新しい服ができたから後で着せてあげてください」
テーブルの上に畳んだ小さな服を置いてみせた。
「ああ、ありがとう」
「アリガトウ、リコ」
タロンが頭だけを倒すようにお辞儀する。
「・・それと、その・・先生にも服を縫っているんですけど」
リコがやや早口に言いつつ、ちらとこちらを見てくる。
「おれに?」
頼んだ覚えは無かったけど・・。
「素材とかも決まったので、今度、ちゃんと身体の大きさを測らせて貰えませんか?」
「採寸?・・そういうのは初めてだ。なんか楽しみだな、お願いするよ」
採寸というのは町のちゃんとした仕立て屋では当たり前にやっていることだが、ごく普通の庶民は、古着を買ってきて縫い直して着るのが一般的だ。少し暮らしに余裕のある家でも、新しく仕立てるのは晴れ着くらいだ。
なんといっても、リコは裁縫の腕が良い。どんな衣服ができるのか楽しみになる。
「やったじゃん!」
「リッちゃん、ナイスゥ~」
ヨーコとサナエが両側からリコに抱きついた。軽く眼を見張るようにして俺の顔を見つめていたリコが2人に乱暴に揺すられ、ズレそうな眼鏡を抑えながら2人を相手に何やら小声で言い返していた。
「私達、先生に八つ当たりしちゃったり・・色々と迷惑かけちゃってるから何か恩返ししたいなって・・リッちゃんの提案なんですよ」
エリカが何やら嬉しそうに笑みを浮かべつつ説明してくれた。
「八つ当たり・・?」
覚えの無い話だったが・・。
「ずうっと前の事ですから」
「ふうん・・よく分からないけど、その・・俺が無理矢理にさせてることだから、変に恩義に感じたりする必要なんか無いぞ?迷惑に思ったことなんか無いし・・」
逆に迷惑を掛けているという自覚はある。だが、止める気は無い。
「良いんですよ。こういうのは、御礼を言って喜んで貰えたら、それが一番なんです」
「・・そうか。まあ、楽しみだし・・良いけど」
みんなして楽しそうだから良いんだろう。
「そういうことなら、ここはさっさと終わらせた方が良いな」
このところ、連戦に次ぐ連戦で・・まあ、こちらから襲いかかっているのだが、ほぼ毎日が戦闘続きになっている。落ち着いて縫い物などやる暇が無かっただろう。
(息抜きも必要だからな・・)
神眼・千で観察しながら、悪魔の城を攻撃していたのは、回復の仕組みや程度を確認するためだ。
あそこで浮かんでいる城を墜とすのは難しくない。その後は、乱戦になりそうだが・・。
(ゾエ・・)
『御館様?』
(あれは、起こった事象を戻している・・ということで良いのか?)
『その通りで御座います。逆巻きの呪・・呼び名は様々でしょうが、そうした呪術の一つです』
ゾエの説明によると、どんなに壊されても"壊れてない状態"へと逆戻りをする呪術で、時間を戻すようなものでは無く、術者か、呪法具が覚えている状態へと復元する・・・そうした技らしい。
(呪術者か、その呪法具を破壊するしか止める方法は無い?)
『膨大な魔素を消費するので、魔素切れを待つという手も御座いますが・・霊峰跡地のような魔素溜まりを使っている場合、長期戦になってしまいます。術者を狙う方が確実でしょう』
(なるほど・・向こうは、呪術者を斃しに来る俺達を待ち伏せているんだろうな)
城を放置して立ち去るというのも選択肢の一つだが・・。
『差し出がましいことを申しますが・・神眼をお持ちの御館様には別の手段も御座います』
(・・別の?)
『ゾエを纏っておられる時に、御身自身を鑑定なさって下さい』
「・・鬼装」
小さく呟いて鬼鎧を装着した。
それを見て、
「先生っ!?」
少女達が大急ぎで神具の鎧を装着すると、武器を手に窓から外を見回し、防御と探査の魔法を唱え始めた。
「いや・・・ちょっと鎧を鑑定してみようと思っただけなんだ」
大慌ての少女達、緊張した面持ちのオリヌシ達が動きを止めて、大きく眼を見開いて熱く見つめてくる。これは謝罪が必要だな・・と、確信した。
「すまなかった。あの城を破壊する手段がありそうなので・・」
俺は全員を前に深々と頭を下げた。
「もうっ!先生っ!本気でびびるから・・」
苦情嘆願の声が賑やかにあがる中、
「パパ、サキニ、イエバ、ダイジョウブ」
膝の上で、くるりと鉢金頭を回転させたタロンが、諭すように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます