第136話 ゾール&リリアン
「一度ならず・・・娘の命をお救い頂き・・」
項垂れるようにして、凶相の男が低頭していた。その脇に縋り付くようにして幼い娘が不安げに身を寄せている。
「相手の身の上に立ち入れるほど余裕が無い・・そういう生き方をしてきたんだけど」
窓辺から旧帝都を眺めながら呟いた。
こちら側に見える城壁は崩落し、城下町の建物も壊滅状態である。奥に見えている巨城の外壁にも貫通痕があちらこちらに開いている。
付与・双によって倍数となった細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M830HEAT-MP-T と、Rheinmetall 120 mm L/44:M829A3 を全数打ち込んだ結果だった。
当初は、遠距離から挑発するように魔法の発動兆候が繰り返し起こっていたのだが、いつしか途絶えていた。リコが座標の把握を阻害する結界を巡らせているらしいが、予想の通りなら相手は悪魔達だ。魔法の腕は、あちらの方が上手だろう。
何か大掛かりな魔法を準備していると考えるべきか・・。
「先生?」
「・・ん?」
「途中になっちゃってますよ?」
エリカが苦笑気味に見上げて来る。
「あぁ・・」
そう言えば、なんだったか・・ゾールに言いかけていたんだった。
「そうだ・・つまり・・」
本気で忘れた。何を言っていたんだっけな?
「本来ならゾールさんの問題には関与しないところですけど・・と、今ここです」
ヨーコがにこにこと笑顔を向けてくる。
「う・・そう、そんな感じだ。それで・・ああ、そうだ。何度も何度も娘さんを可哀相なめに合わせていたら駄目だろう?」
まだ幼いというのに、初めて会った時には妖蟲を喰わされていたし、今度は魔界産の寄生生物を貼り付かせていた。
「はっ・・真に・・父親失格で御座います」
「奥さんの仇討ちだっけ?まだ終わらないのか?」
「仇とおぼしき者は仕留めたのですが・・どうも裏で糸をひいいていた者が別に居たようでして・・」
「それが、あの城の悪魔?」
「・・では無いかと、それを確かめるために忍び込んでみたのですが」
「娘さんに・・」
「先生、リリアンちゃんですよ」
エリカが小声で耳打ちする。
「逆に・・リリアンに寄生生物をつけられて監視されてたわけだ」
この危険な顔をした男の唯一と言って良い弱点をまたしても狙われた形だ。
「ゾール・・」
「はっ」
「こいつ・・オリヌシは俺だけの傭兵になった。そうだな?」
「おうっ!」
オリヌシが嬉しげに破顔する。
「ゾールも俺が雇う。拒否は認めない」
「・・はっ!」
「役回りは知識と情報の収集と提供、対価はリリアンの安全な食事と寝床だ」
「感謝致します!」
ゾールが床に膝を着いたまま深々と頭をさげた。
「俺達と居ても安全という訳じゃ無いんだけど・・・なんか、おまえと2人だけにしておく方が危ないらしい」
「己の未熟を痛感しております」
「そういうわけで・・・リリアン」
「・・はい」
「今日から、ここがリリアンの家だ・・・タロンっ!」
声をかけると、
「パパ・・」
宙空から染み出るようにして、鉢金頭のタロンが出現した。
「リリアンと・・ゾール。俺の仲間だ」
「リリアン、ゾール、トウロク、カンリョウ」
「ゾール、リリアン、これは・・タロマイトのタロン。俺の守り手だ」
「タロマイト・・」
ゾールがわずかに震えを帯びた声で呻くように呟いた。
「ゾールという。この子の・・リリアンの父親で、今日からシン様の家来に加えて頂いた」
「リ・・リリアン・・です。よろしくおねがいします」
ゾールとリリアンが、タロンに向かって挨拶をした。
「ドウゾ、ヨロシク」
タロンが、コクン・・と大きな鉢金頭を倒すようにしてお辞儀をしてみせる。
「ゾールハ、リリアンノ、パパ?」
鉢金が横に傾く。
「ぱぱ?」
リリアンが助けを求めるように視線をうろつかせる。
「パパというのは、お父さんという意味よ」
ヨーコとエリカが、リリアンとタロンを相手にあれこれ説明を始めた。
ちらと自分の情報を鑑定してみると、武技の使用可能回数が満量まで回復していた。
(少し増えたな)
何度か打ち尽くすことで、最大回数が増加するようだったが、まだ増加量や詳しい条件は分かっていない。何となくだったが、現状の回数を元に、何割か・・という増加の仕方らしいが・・。
「ゾール」
「はっ」
「今更だけど・・あそこに生きた人間は居ないよな?」
あそこというのは、悪魔の根城となった旧帝都のことだ。
「おりません。何らかの形で魔を憑かせた者しか・・瘴気の結界があるため、あの城壁の内では生きていけないのです」
「ふうん・・」
そういうことなら、これまで以上に遠慮無く攻撃をして良いわけだ。
「ただ・・あの城壁上には攻撃を送り返す・・送還の呪陣が敷かれていたようでしたが」
ゾールが刃物のような双眸で俺を見つめる。
「その手の呪は俺には効かない・・ようになった」
正確には、魔法なり呪術なりで跳ね返されたり、送り返されたりしているのかもしれないが、そうした反射技で返された攻撃を、さらに相手に返すという特性を会得してしまっていたのだ。鏡破応報という名称の特性で、あるのは知っていたが何の効果があるのか知ったのはごく最近の事だった。反呪によって返された攻撃だけを再反射するという特性で、リコ達が身につけたという反呪無効の特性と同系だろう。
「分厚い防御魔法と幻影魔法で包まれていますけど・・・先生ですから」
リコがちらと俺の横顔を眺める。
「パパ」
「どうした?」
「タイプシータ、エネルギー、ジュウテンカンリョウ」
「・・あいつか。あれなら・・奥に見える城を狙えるな?」
「ダイジョウブ」
「よし・・準備してくれ」
「ハイ、パパ」
タロンが外に向かって、細い手を振った。透明な身体をしているため、他の人間には、袖が持ち上がったようにしか見えない。
「あの時の・・ムカデっぽいのが、シータちゃんかぁ」
外を見ていたサナエが声をあげた。
霊峰跡地の地下、魔素の充満した地底で最初に交戦した巨大なムカデのような金属質の怪物・・。赤黒い怪光線を放つ化け物が窓の外に出現していた。
「何回放てる?」
「ヨンカイデ、カラッポ」
「俺が武技を打ち込んでから撃ってくれ。跳ね返しをされると面倒だ」
「ハイ、パパ」
「リコ、防御。ラース、中に入っていろ」
俺は声をかけながら外へ出た。すぐさま、リコの魔法壁がバルハルごと館を囲んだ。
固唾を呑んで静まりかえった屋内に、いつもの轟音が激しい震動と共に伝わってくる。
「ゾールさんってあそこに居たんです?」
エリカがそっと訊ねた。
「・・瘴気の壁を破る方法を見付けて、城の内部へ忍び込んだところだった。急に悪魔の魔人形が騒ぎ始めたので・・一度、撤退することにして城外へと逃れ出た」
「正解でしたね」
「・・ああ、危ういところだった」
直感には従うものだ・・と、ゾールが薄く笑った。
その時、
「ショウシャ」
タロンの声が聞こえた。窓の外が赤黒い怪光に包まれた。
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