第140話 人喰い

(こいつは・・化け物だな)


 押し寄せて来る強者の気配に、久しぶりに背筋が震えた。


 召喚されて出現したのは、姿だけを見れば少年のようだった。人間なら、12歳くらいの華奢な体付きをした少年だ。肌の色は青銅色、瞳は金色の光彩を放っている。長い髪は銀色をしていた。

 湯気のような白っぽいものが背から立ちのぼっていて一対の翼のように見えている。


「エリカっ!」


 鋭く声を掛けながら、俺は騎士楯を手にエリカを庇う位置へと跳んだ。

 誰1人、油断をしていなかった。

 新しく現れた強敵に注意を払い、身構えていたというのに・・・。


 ほぼ身動きできないまま、エリカの右肩から先が消し飛んでいた。今の一瞬で、少年の鼻の下、その口元から顎にかけてが軟体の触手のように伸びて、リコの腕を食いちぎったのだ。まるで蛙の舌のように一瞬の内に伸ばされ、そして元のように戻っていた。

 その動きを眼で追えた者が何人居ただろう。


 俺ですら、エリカの頭を狙って食い付いた少年の口を、騎士楯をぶつけながら逸らすのが精一杯だった。


「エリカの手当を優先・・すぐに後退だ。みんな、家の中に待避しろ!」


 振り返る余裕無く、俺は楯を手に少年を見たまま指示を出した。


「タロン、家を守れ! バルハル、ラース、家を守りつつ後退しろっ!」


 矢継ぎ早に指示を出しつつ、ありったけの殺意を少年に向けて放つ。

 神具の籠手ごとリコの右腕を咀嚼していた少年が、ようやく俺の方を向いた。金色の瞳孔で俺を捉えたまま、風船のように不自然に頬を膨らませた少年が、ゆっくりと味わうように口を動かしている。


 俺は無言で鬼面を閉ざした。細剣を腰元へ引き、騎士楯を前に突き出すようにして構える。


 次の瞬間、俺は大きく右へ跳びながら背中から迫った何かを騎士楯で受けた。



 チュイィィィィーーーーー



 激しい擦過音が楯の表面に鳴って、黒々とした尾のようなものが視界を奔り抜けていった。


 それが、上空に居た魔龍族による攻撃だと理解する間も無く、今度は細剣の連撃を放ちながら、飛来した無数の光輪を弾き飛ばした。そのまま圧されるようにして後退する。そこへ、恐ろしい速さで少年の口が伸び、大口を開けて食い付いてきた。



 ゴイィィィィィン・・



 楯に響いた鈍い衝突音と共に、大きく仰け反るようにして弾き飛ばされた。

 

(・・細剣技:12.7*99mm )

 

 弾け飛ばされながら、身を捻りつつ2体の魔龍族それぞれに向けて細剣技を放つ。無論、手持ちの付与を全てのせてある。


 魔龍族ギュンドウ・クローラという大きい方には9割方を弾かれた。わずかに数発は徹ったようだった。魔術師らしい魔龍族アイール・ファービス・モルーランは何かの防御術を使ったようだが、半数以上が貫通して血煙をあげて苦鳴を放っていた。


 どちらにせよ一発でも効いたのなら、付与:光・聖・蝕・毒が継続的にダメージを与え続ける。その上、付与:吸が相手に与えたダメージの1割程度だが、俺の生命量と魔力量を回復させてくれる。


 俺は魔技で空を駆け上るなり、巨人の魔龍族の背後へと回り込んで、騎士楯で殴り飛ばした。油断なのか、単に反応できなかったのか・・。巨人が為す術無く殴られて、そのまま下に見える少年めがけて吹っ飛んでいく。


 俺はそのまま、もう1人の術者ふうの魔龍族めがけて襲いかかった。

 自身の手当と、吹き飛んだ巨人の方へ注意を削がれていた魔龍族の術者が、慌てて呪を唱えようとするが、委細構わずに細剣の連撃で穴だらけにして仕留めると、左手でトカゲのような喉元を掴んで爪を立てた。

 吸命爪で、残りわずかだった命力を根こそぎ吸い上げる。


 振り返ると、

 

(・・仲間じゃないのか)


 俺に殴り飛ばされた魔龍族の巨人が、少年によって捕食されていた。

 

 形こそ、人間の少年のようだったが、中身は全くの別物らしい。

 巨人を掴んでいる両手にも口らしき物が開いて、ボリボリ・・骨を噛み砕く音を鳴らして食べている。少年の口元は、大きく膨らんで巨人の頭部を丸ごと飲み込んでいた。


(ゾエ・・)


『御館様、あれは魔神種で御座います。お気をつけ下さい』


(魔神種・・か)


 やはり、ただの生き物では無い。根本的な何かが異なっている。


 俺は、細剣技:12.7*99mm をまだ見えている巨人の胸めがけて打ち込んだ。硬質の派手な音が鳴り響いたが、すぐに貫通し始め、瞬く間にずたずたに穴を開けていった。


(・・よし)


 やや遅れて大量の熱が流れ込んで来た。

 光の玉は舞い散らなかったが・・。


(お・・)


 手元で命を吸われて絶命していった魔龍族の術者から大量の熱と共に、いくつかの光る玉が飛び込んで来た。


(12.7*99mm は効かないか・・)


 いつぞやの沌主と同様に、命中はするが全てが弾かれてしまっていた。

 こうなると、細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 が効くかどうかも怪しい。


 遠い場所の敵を狙うなら細剣技が必要だが、相手は今のところ肉弾戦型で手の届く所に居る。直接、細剣が届くなら、細剣技に頼る必要は無い。


(まぁ・・細剣が徹るとは限らないけど)


 後退しつつある少女達の気配を背中に感じながら、俺は騎士楯を左手に、右手に細剣を握って前に出た。

 幸い、魔神種だという少年は、待避する少女達に注意を払っていない。金色の瞳は、俺を見つめたままだった。巨人を喰い終わった口元から涎のように糸を引く液体が漏れ出ている。整った顔の作りをしているだけに不気味だった。


 思わず声を漏らしつつ、ぎりぎりで身を捻って細剣を傾ける。激しい衝撃が細剣をきしませ、俺の肩先を少年の口が涎を散らしながら貫き伸びて過ぎていた。

 

(・・速い)


 今のは眼で追えていなかった。

 感覚による咄嗟の回避だ。


(恐らく、あの手や足も伸びる)


 あるいは、身体の何処からでも口が生えて襲って来るかもしれない。


 牙の無い。人の歯のような物が並んだ大口・・。

 人の形を作る必要があるのだろうか? 少年の姿に何か意味があるのか?

 

 魔龍族を始末し、これで少年のナリをした魔神種だけを相手にすれば良い。


(ゾエ、気づきがあれば何なりと言ってくれ)


『畏まりました』


 鬼鎧と化した相棒の返事を聴きながら、俺はゆっくりとした足取りで魔神種の少年に向かって距離を詰めていった。


 食い付いてきた口を防いだ時、楯越に受けた衝撃は予想の遙か上をいっていた。

 楯で防いだ腕そのものが負荷に耐えきれずに砕かれそうなほどだった。

 ただ単純に攻撃を楯で受ければ良いという戦い方は通用しない。おまけに、まだ身体の部位を触手状に伸ばして食い付いてくる攻撃しか見ていない。


(他には何をやってくる?)


 身体の形や大きさは参考にならない。

 わずかでも動きの自由度を失う 細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 は使用を控えるべきだろう。


(それにしても・・)


 この威圧感は何だ?

 俺の耐性値なら、どんな威圧だろうと恐怖だろうと薄れさせてくれるはずなのだが・・。

 ともすれば、呑まれて動きを阻害されそうなほどに精神的な圧迫を感じていた。


(・・負ければ、こいつに喰われるのか)


 自分の鼓動が高鳴っているのを感じる。本当に久しぶりに感じる死の恐怖だった。


「さあ・・・やろうか」


 自分を鼓舞するように口に出して呟き、俺は大きく前に踏み出しながら身を沈めた。頭上を大口を開けた触手が擦過して伸びる。

 直後に、頭上を過ぎた触手から枝分かれして真下にいる俺めがけて別の口が噛みついてきた。


 下から上へ、掬い上げるようにして騎士楯をぶつける。

 激しい衝撃と共に、口のついた触手が殴り上げられて撓る。そう見えた瞬間、針のように細い触手が無数に生え伸びて俺の周囲に散開しつつ包み込むようにして襲ってきた。


 ほぼ同時に、それら全ての触手を、俺の細剣が突き刺し貫いていた。

 ある程度予想した上での反射の動きだ。


(・・ちっ!)


 さらに細く、細分化した触手が髪の毛のように宙空へと拡がり覆い被さってくる。


(ゾエ?)


『属性を調べます。あえて、お受け下さいませ!』


(よし・・)


 俺はわずかに腰を落とすと、肘から先だけの動きで細剣の連撃を繰り出した。

 極細の触手全てに剣先を合わせて貫いていく。

 ただ一筋だけ、細剣を握る腕の籠手に受けた。軽い衝撃があり表面を削るように喰われたものの、中までは徹らない。

 素早く払い除けつつ距離を取って回り込む。


 左手に少年を見ながら、細剣技:5.56*45mm の連打を顔面めがけて打ち込んだ。


(あの顔も作り物だろうけど・・)


 どこか嫌がる部位があると良いのだが・・。

 眼や口中にも命中したようだが反応は無かった。


『魔神種なのですが・・光聖属性です』


(聖に・・光? この化け物が?)


 思わず驚きに眼を見開きながら、地中から足を狙って食い付いてきた触手を回避する。さらに、枝分かれして追尾する触手を騎士楯で打ち払い、風刃の魔法を叩き込んでみた。


(・・喰うのか)


 風刃の魔法というより、その魔力を喰われたらしい。

 細剣による刺突や細剣技は喰われない。だが風刃は喰われた。

 ただ霧散したのでは無い。触手の先にある口が食い付いた様子が見て取れた。


(魔法が駄目なのか、風刃だから駄目なのか・・まさか、付与した魔法も喰われている?)


 細剣技が効かないのは、付与を失っているからかもしれない。

 魔法と魔技が効力を失うと仮定すると手札は減る。

 加護と特性を信じて、完全なる肉弾戦を挑むしかない。


(細剣を突き入れてからの武技が効くかどうか・・)


 試してみるしか無いだろう。

 

 ウネウネとこれ見よがしに触手の数を増やしていく魔神種の少年を見つめながら、俺は細剣を眼前に直立させた。


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