第141話 宴もたけなわ

 前後左右どころか、頭上からも足元からも襲いかかってくる触手のただ中で、俺は舞うようにして攻防を繰り返していた。


 触手の速さ、衝突の強さには慣れた。

 

 攻撃に工夫が無い。同じように触手を生え伸ばして襲って来るだけだ。

 だから回避できている。

 鬼鎧で防げる程度の細い触手は避けずに受ける。中には鬼鎧を貫き、食い破る触手もあったが、最小限の傷で抜け出し、特性によって自己修復されるのを待つ。


 こちらの攻撃は、ほぼ通用していない。

 

 細剣は徹る。

 感触としては、重たい砂袋に突き入れているような異様な手応えだ。表皮よりも内部の方が硬かった。生え伸びる触手の方が柔らかい。

 距離をとって触手だけを相手にすれば傷は負わないだろうが・・。


(・・こっちも届かないからな)


 脇腹を貫き徹した触手を細剣の柄元で叩き切りつつ、背から襲い来る複数の触手を半身に振り返りながら騎士楯で防ぎ止める。そのまま突いて出ようとするが、足元から触手が跳ね上がって来て仰け反らされた。


(くそっ・・)


 動きが読めない。

 まるで意図が感じられなかった。少年の姿をした化け物からは、生き物としての意思のようなものが感じ取れない。すべての攻撃が不意を突いてくる。

 どこからでも曲がり、枝が生え伸びてくる。

 先端だけでなく、表面のどこにでも口が開くのだ。


 放っておけば、その口が伸びて食い付いてくるから、細剣で狙って突いていく。

 おかげで、本体を狙った攻撃は手数が減るばかりだった。


(だけど・・それで良い)


 途中から考え方を切り替えていた。

 自分の損傷度合いを確認しながら戦っているが、傷を負った瞬間こそ、ごっそりと生命力を削られるものの、すぐに自己修復Ⅹによって回復できている。おかげで1秒間に2回までなら触手の攻撃に耐えられる。


 どれほど経ったのか、


(電撃・・魔技か?)


 黒っぽい雷のようなものが触手の表面で弾け始めた。

 戦闘を開始してから、やっと起きた変化である。

 触手を相手にしながらでは、魔技までは回避できないだろう。

 受けると、どの程度のダメージを負うのだろうか?

 

(・・しかし)


 あれは魔素を使った技だろう?


 黒いものが表面を覆ったままということは・・。


 俺は触手を打ち払いながら風刃を撃ち放った。

 

(よし・・)


 喰われること無く、魔神種の少年に風刃が届いた。皮膚で爆ぜ散らされていたが、魔素を使った技がそのまま届くのなら・・。


 細剣技:12.7*99mm に、聖・光を除く全ての付与を乗せて打ち込んだ。


 無数の刺突が少年の皮膚を穿って拳大の穴を開ける。初めて、魔神種の少年が身じろぎをして嫌がった。


(ちっ・・)


 少年の身体を覆っていた黒い雷のようなものが消えた。途端、12.7*99mm が弾かれて徹らなくなってしまった。

 少年が魔素を使う何かの技を準備している時は、こちらの魔技、魔法がそのまま当たるらしい。


(・・50発以上は打ち込めた)


 引き続き襲い来る触手の乱攻撃をほぼ足を止めて細剣で迎え撃ち、再び、膠着状態に突入する。


 こちらを警戒しているのか、明らかに襲って来る触手の数が減っていた。

 その触手も、髪の毛のような細分化はせず、ある程度の威力を保てる太さまでしか枝分かれさせなくなった。

 おかげで、今までよりも、さらに距離を詰めることが出来る。

 無尽蔵とも言える数の触手を、同様に、無尽蔵の細剣による刺突で迎え撃つ。俺が触手に食い付かれるより、細剣が少年を捉える回数の方が勝り始めていた。


(相変わらず、表情は分からないけど・・)


『御館様・・』


(ゾエ?)


『この者・・どうやら、魔神種の集合体のようです』


(集合体?・・魔神種が集まって居るのか?)


『合成獣に近い魔素の組織を感じます』


 先ほどの黒い雷を纏った時に、そうした気配が漏れ出たらしい。


(しかし・・魔神の種というのは、こんなにも数があるものなのか?)


『おそらくは、分裂種・・・かなり特異な存在です。一個の核種が魔素を餌にして分裂を繰り返した結果だと推測されます』


(・・放っておけば、魔素を喰ってどんどん増えていくわけか)


『襲って来る触手・・あの口のような部位全てが魔神種のようです』


(なるほど・・)


 ただ、分裂種の方はどんどん威力を落としていっている。


『御館様の武技による効果が出始めているか・・分裂種を生み出すだけの魔力が不足し始めたのでは無いでしょうか』


 ゾエが楽観的な推測を語るが、


(あるいは、こちらを誘い込むための擬態かな?)


 俺の方は、そこまで楽観視はしていられない。この状況になるまで、いったい何時間を要しているのか。幾度となく死を覚悟させられ、自己修復が間に合わずに騎士楯による防御一辺倒に追い込まれた瞬間もあった。忘我の中で細剣を繰り出し、騎士楯でぎりぎりの生を拾って、やっと今の状況を作り出せたのだ。


(だけど・・吸えてるぞ? 今、俺はおまえの命力を喰ってるぞ?)


 一度、体内に打ち込まれた魔法効果までは打ち消せないのか、付与・吸によって魔神種の生命力が吸い上げられ、俺の中に流れ込んできていた。


 どれほどの時を生きているのか知らないが、これまでは魔神という強靱な肉体のみで、相手を喰らい尽くして来たのだろう。それは戦いでは無く、ただの捕食行為だ。戦い方など考える必要が無い、絶対的な強者として、あらゆるものを捕食する存在として、虚も実も無い、愚直に手数を増やし続けるだけの襲撃しか考えてこなかったに違いない。


 おそらく、もっと様々な力を有した存在のはずだ。

 だが、そうした思考・・工夫は退化してしまったか、そもそも考えようとしなかったのか。

 宝の持ち腐れという表現は、この魔神種の状態にそぐわないだろうが・・。


(むっ!?)


 不意に、触手による攻撃が止んだ。

 咄嗟に、騎士楯を前に、細剣を手元に引き込むようにして身構える。


 次の瞬間、魔神種の少年の頭が伸びて襲ってきた。

 激しい衝撃を騎士楯の表面に滑らせ、横合いから弧を描いて襲ってきた少年の両腕に細剣の刺突を合わせ打つ。まともに受ければ、生命量の8割、9割をもっていかれるだろう一撃一撃だったが・・。


 初見でこそ対応に苦慮した触手の攻撃も、それぞれが別個の魔神種として存在するのだと認識していれば対処は難しく無い。無闇に枝分かれをしなくなった今なら尚更だ。


 基本的には細剣の刺突で弾き逸らし、踏み込むタイミングがあれば騎士楯で受け流しながら前に出る。


 当然、手足や首といった部位だけでなく、腹部や背などから触手が伸びることもある。だが、俺に・・ゾエの防御を破れるだけの威力のある触手となると相当な太さが必要になっていた。


 それが付与・吸によるものか、他の付与による結果か。

 魔神種の力が落ち、俺の力が増していっている。

 ひたすら防戦するしか無かった戦闘当初とは逆転し、俺の刺突を防ぐために触手が放たれるようになっている。



****



「先生っ・・すごい!」


 エリカが声を震わせた。


「本当に強いわ」


「・・さっすが先生っ!」


 リコとヨーコが手を打ち合わせて安堵の笑顔を見せる。


 すでに、勝敗の帰結は見えたと言って良い。今でこそ、ぎりぎりの拮抗を保っているが、もう時間の問題だった。


「うははは・・こっちのターンだっ! カモンっ、シン先生ぇっ! ぼっこぼこに、やっちゃってぇ~!」


 大興奮のサナエが棘玉付きの片手棍を振り回して跳びはね、大はしゃぎをしている。


 それほどまでに危なかったのだ。

 危険な相手だった。

 余裕無く追い込まれていたのが分かる死闘だった。魔法を喰う魔神種を前に、支援の魔法は使えず、変に遠距離攻撃を与えれば場の動きを乱してしまう。回避できていたものが避けられなくなるかもしれない。集中を乱さないように声を潜め、互いを抑えるようにして動かず、ただただ戦況を見守り続けていたのだ。

 反動で、サナエが少しばかり弾けるのも無理は無い。

 

「さすがだのぅ・・」


 唸るオリヌシの横で、


「お見事です。我が君」


 ゾールが眠っている愛娘を抱いたまま呟いている。


 そわそわと立ったり座ったりを繰り返していた銀毛の魔獣も、ようやく腰を下ろして激しく尻尾を振り始めた。


「あれは・・武技じゃないよね?」


 呟くヨーコが眼を凝らす先で、彼女の先生が無数に分身して魔神種の少年めがけて全周から刺突を打ち込んでいた。


「うははは・・圧倒的では無いか、我らが先生はぁ~!」


 サナエが両腰に手を当ててふんぞり返っている。


「タロンちゃん?」


 リコが館を振り返った。

 2階に突き出た出窓・・そこに、鉢金頭が覗いていた。常ならば、誰かに呼ばれなければ待機して動かないのだが・・。


「もう、大丈夫よ」


「ウン・・パパ、ダイジョウブ・・パパ、ツヨイ、ツヨイ・・・トテモ、ツヨイ」


 くるりくるりと鉢金を回転させて、なおも戦いを見ていたようだったが、


「タロン、タイキスル」


 そっと出窓が閉じられた。


「・・いったい何連撃なんだろう」


 エリカ達が見守る先で、5日間に及んだ死闘に幕が下りようとしていた。

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