第182話 白い世界

『やあ、こんにちは~』


 真っ白い世界に、涼やかな少年の声が響いて、見覚えのある綺麗な顔立ちをした少年がどこからともなく現れた。



「・・キルミス・・だったか?」


 俺は眩い光に眼を眇めながら声をかけた。


 この真っ白な世界に閉じ込められてから幾日経ったのか・・。

 音も無く臭いも無い・・足場すら感じられない世界だった。

 浮かんでいるようでもあり、立っているようでもある。


 

『そうだよ。久しぶり~』


 にこやかに笑いながら白金髪の美少年が近づいてくる。



「ここに閉じ込めたのは、おまえか?」



『え? 自分じゃん? ここって、シン君の世界だよ?』


 キルミスが、きょとん・・と眼を見開いた。



「そうなのか? ここが、俺の・・?」


 俺は改めて真っ白な世界を見回した。



『しっかし、何にも無い所だねぇ・・・これだけ真っ白なのって初めて見たよ』


 キルミスが感心したように言う。



「俺の世界・・世界とは何だ?」



『そうだねぇ・・どう言えば伝わるかな? 君の・・宇宙? 未来?』



「宇宙・・未来?」


 宇宙というのは分からないが、未来がこんな真っ白では問題だろう。



『あはは、気にすることは無いよ。ずうっと先の話なんだから』


 キルミスが笑った。



「先の?」



『言えることと言えないことがあるから、もどかしいんだけど・・・本当に、ずうっと、ずう~~っと先の事なんだ』



「そうなのか」



『そんなことより、今の状況を知りたくない?』


 近寄ってきたキルミスが、覗き込むようにして下から見上げてくる。



「・・教えてくれ」



『シン君の中に、色々なものが取り込まれて、それがどういう形になろうか迷ってる・・って感じかな?』



「取り込んだものが・・それは、厄災種の触手で喰らったものか?」


 俺は自分の体を見回した。



『うん、そうだね。あとは、口から食べた物、鼻から吸ったものなんかも含まれるよ』



「・・・確かに、色々と体に取り込んだかもしれないな」



『だよね?』



「それが争ってる?」



『う~ん・・・と言うより、混ざり合うのを怖がってるかも?』


 キルミスがこちらを眺めながら首を捻った。



「・・なんとなく分かるな」



『まあ時間が経てば、なるようになるんだけどね』



「それはそうだろう」



『だけど、時間が無いっぽいよ?』



「俺に?」



『シン君は時間いっぱいじゃん。のんびりしてれば良いんだけどさ。シン君の女の子達を放っておいたら駄目でしょ?』


 苦笑気味に言ったキルミスの言葉で、唐突に脳裏に4人の少女達の顔が浮かび上がった。



「・・ああ、みんな・・そういえば、あの子達はどうなった?」



『健気に頑張ってるよ? あっちこっちに行って戦ってる』



「戦う? あの子達は何と戦ってるんだ?」



『魔王だよ?』



「・・魔王・・・ああ、レイジとかいう魔王か」


 妙な演説をやった男の顔が想い出された。



『今のところは、カンスエル・ドークを相手に頑張ってるねぇ』



「カンスエル・ドーク・・あいつか」



『ちょっとしたインチキがあってね、カンスエル・ドークは僕達が創った道具を盗み出したんだ』



「道具? キルミスの創った?」



『僕のお仲間の作品さ・・小さな肉片からでも全身を復元しちゃったり、いくつかの肉片を混ぜると別の生き物を創り出しちゃったりする道具』



「・・合成体」


 魔神や魔人の合成体が次々に生み出されていたのは、カンスエルという男だけの力では無かったのか?



『そういうこと』



「盗んだ?」



『・・って、言ってたけどね。まあ、本当のところは分からない。案外、こっそりとあげたのかもしれないし・・』



「なるほど・・」


 ありそうな話だ。小さく頷きつつ、俺はキルミスの眼を見た。


 こいつではないのか?


『あはは・・僕じゃないよ? 本当だよ~?』



「そうか?」


 疑わしいことだ。



『いや、僕もそういうの大好きだけどさ? 今回は出し抜かれちゃったかなぁって悔しくてね』



「・・それで?」



『僕の頼み事を聴いてよ』


 笑顔のまま、単刀直入にきた。


 何かしらの用事があったから姿を見せたのだろう。初めから、何かあるだろうとは思っていたのだが・・。



「条件次第だ」


 こちらも真っ直ぐに返す。



『ここから出してあげる』



「不足だ」


 俺は首を振った。



『新しい魔法が使えるようにしてあげる』



「足りない」



『・・魔王鏖殺の特性をあげようかな?』


 準備してあったのだろう条件を口にして、キルミスがこちらの表情を窺う。



「そちらの頼み事は?」



『新生した魔王を殺して、カンスエルという男が持ってる道具を壊してよ』



「なぜ、自分でやらない?」



『えぇ~、だってさぁ~・・いつも自分でやってたら面白くないんだもん。たまには、他の人がやってるところを見物したいじゃん?』


 キルミスが唇を尖らせながら子供のような事を言い出す。



「俺は、お前の仲間を喰ったはずだ」



『あれは凄かったねぇ。何人かは消滅しちゃったけど、まあ多過ぎるくらいだったし、良かったんじゃない?』



「俺が得た知識は消されるのか?」


 キルミスの世界の人間を喰ったことで、俺の中にはおそらくは禁忌に触れるだろう知識が納まっている。無論、ほんの一部なのだろうが・・。



『僕にはそんな権限も、そうする力も無いなぁ~ まあ、その内、誰かが思いつくかもしれないけど・・それまでは良いんじゃない?』


 キルミスが悪童そのものといった顔で口元を綻ばせていた。



「・・そうか」


 別の何者かに知識を取り上げられる前に使ってしまえと言っているようだ。


「新生した魔王の討伐と、合成体を生み出している道具の破壊・・だけで良いな?」



『うん、それで十分さ』


 キルミスが笑みを消した顔で見つめてくる。


 その顔をじっと見つめてから、


「引き受けよう」


 俺は小さく頷いた。

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