第183話 ゴートゥーヘヴン!
目が覚めた時、館の中は静寂に包まれていた。
おおよその状況はキルミスから聴かされていたから、少女達が戦いに出かけているのだろうと理解はできたが・・。
「パパッ!」
いきなり、鉢金がぶつかってきた。咄嗟に抱き止めたが、位置がやや高かった。
カァーーーン・・と頭の辺りに良い音が鳴った。常人なら頭蓋骨をやっていたかもしれないくらいの衝撃である。
「タロン・・心配かけたらしいな」
俺は苦笑しつつ、両手に抱えたタロンを見た。
「パパ・・ダイジョウブ?」
「ああ、大丈夫だ」
笑って見せながら、撫でるついでに鉢金頭に魔力を注いでいく。
「・・パパ、マリョク、カワッタ」
「そうか?」
「マタ・・モット、オイシクナッタ」
「はは・・不味くなるより良いだろ」
笑いつつ、部屋を出て階下へ降りると、居間に置かれたソファーでリリアンが眠っていた。物音に気がついたらしく、すでに眼を開けている。
「タロンのパパ・・げんき?」
「もちろん、元気だ。ゾールは、出かけているんだな?」
居れば、
「うん、わるものたいじ」
リリアンが自慢げに言った。
「そうか。タロン、リコ達の場所は判る?」
「アッチ」
タロンの小さく細い手が指し示したのは、東南東である。
「距離は?」
「ニヒャクキロ」
「よし・・」
俺はタロンとリリアンをそれぞれ腕に抱えて外に出た。
途端、銀毛の魔獣が姿を現した。
館を背負っている透明な神獣もにじり寄ってくる。
「待たせたな」
タロンとリリアンを地面へ下ろし、片手から雷撃棒を、口から龍炎を吐いてラースとバルハルに与える。
「パパ、テノイロ、チガウ」
「手の色・・そうだな」
厄災種によって真っ黒く染まった左腕も、薔薇の聖瘡で刺青を入れたようになっていた右腕も、何事も無かったかのような元の肌身の色合いに戻っていた。
「背中は・・?」
着ていた上着を脱いでタロン達に見せると、
「バラ、アル」
「とても、きれい」
無情な答えが返ってきた。
「・・・まあ、良いか」
上着を整えながら、俺は上空をゆっくりと見回した。
「様子を見てくる」
「ハイ、パパ」
「いってらっしゃ~い」
タロンがリリアンを連れて館近くまで退いた。代わりに、ラースがすり寄るように身を寄せて地面に蹲った。
「夜までには帰る」
空を見ながら告げると、ラースに命じて上空へと駆け上った。
「リコ達の所へ行け!」
命じた途端、ラースが爆発的な速度で疾走を開始した。
(ゾエ・・)
『御館様』
(色々と変わった。馴染むまで苦労をかける)
『どうか、御存分に』
微笑の波動が伝わってくる。
(存在の在りようが変わったらしい。人でも、妖精でも無くなったようだが・・これからも頼む)
『勿体無き御言葉・・身に余る光栄に御座います』
(まずは、魔王というのを始末し、合成体を生み出す道具を破壊する)
『畏まりました』
(その後は・・まあ、成り行きだな)
『ゾエは御身を護りし鎧兜に御座います。御身と共に世界の果てまでも』
(はは・・本当に、世界の果てに行くかもしれないな)
俺は軽く笑い声を漏らした。
行く手に、戦闘光らしい炸裂光が瞬いているのが見える。まだ距離はあるが、大量の魔神種を相手に奮戦している少女達が見て取れた。
4人の再生速度以上の攻撃を受けているらしく、癒えきらない傷を負っての戦いを強いられているようだったが、まだ余裕はありそうだ。
(造り物だと馬鹿に出来ないな・・)
『上位種のようです。あの数は侮れませぬ』
(まあ、放っておいても大丈夫そうだが・・)
俺は、4人の戦いぶりを眺めながら少し考え、
「鬼装」
漆黒の鬼鎧を身に纏った。
上位種だという造り物の魔神に混じって、カンスエルが魔技による邪魔を入れている。転移の阻害、魔法の霧散、魔法陣の破壊・・・リコやエリカを牽制しながら、サナエの回復魔法の阻害も行なっているようだ。4人の魔技、魔法を完全には防げないが、遅延させたり、威力を弱めたりは出来ている。
(神を名乗るだけはあるか・・)
取り囲んでいる魔神は800体ほどか。合成体を生み出す道具は見当たらないが・・。
相当な数の魔神を斃しているようだが、やはり数による圧力というものは馬鹿にならない。見え隠れするカンスエルの存在に、4人が注意を払い過ぎている。少しずつだが、連携にズレを生じさせられているようだ。
(まだまだ・・だな)
カンスエルごときに手間取る少女達も未熟だが、その少女達を指導している俺もまた未熟という事だ。
(あれが、御所か)
俺は、30キロほど離れた場所にある古びた石造りの構造物を眺めた。幻視の結界があるようだが程度は低い。張り巡らされた位相の罠にしても同様だった。
俺は、右手を前に突き出した。
「風刃・・」
呟きと共に、か細い魔法の風が御所に向かって進んでいき、幻視の結界をすり抜け、位相の罠を素通りして石の建造物へと到達する。
直後、内から爆ぜるようにして無数の風刃が荒れ狂った。
結界も、位相の魔導陣も、石の構造物も・・・総てが切り刻まれて爆散した。
土石の粉塵が立ち昇った様子を見ながら、無限収納から細剣を取り出して切っ先を御所へと向ける。
細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M830HEAT-MP-T を選んだ。貫通力は M829A3 に劣るが、命中後に爆発するため、とりあえず様子を見るための攻撃手段としては優秀だ。
(付与・聖、光、蝕、毒、速、魔、闇、重、双、震、貫、裂、衝、回、吸、喰・・・
付与を終えつつ、宙空に浮かんだラースの襟首から上空へと跳び上がった。
「出て来い、魔王」
短く呟きつつ、初撃を打ち放った。
派手派手しい火煙が噴射される中、双撃が異様な音を鳴らして遙かな御所へと吸い込まれて消える。
命中音はかなり遅れて響き渡った。
(次・・)
やや間をおいて、
ガチンッ・・
重たい金属音が脳裏に響いた。
直後に、打ち放つ。差し伸ばした細剣が火煙を噴出して視界を埋める。腹腔を叩くような爆発音が轟いた。
(次・・)
冷徹に見つめる視線の先で、粉々に飛び散った御所だった構造物が空高くにまで巻き上がり、大地が野太鼓のように殴打されて悲鳴をあげている。
下方から、悲壮な形相をしたカンスエルが上がって来ているのが見えたが・・。
(次・・)
俺は、御所だった場所を狙って、細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44:M830HEAT-MP-T を打ち込み続けた。
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